39
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
応援席に戻ると、オレに気づいたイタチに和かに出迎えられる。
「お疲れ様。凄かったじゃないか、流石だな」
「あー…まぁな」
言葉を濁すオレに、イタチは菩薩のような笑み。なにも聞かれないのは、つまり全て察されているからだろう。イタチはそういうところがある。大人びていて、全てを見透かしているような態度。そんなところが実は少し苦手だ。
気まずさを誤魔化すようにオレはグラウンドに目を向ける。現在は背中渡り競争が行われているようだ。
「得点はどうなってる?」
「んー…ガイさんとカカシさんのところが1年なのにやっぱり強いかな。あと3年のオオノキさんのクラス。うちもまぁまぁいい線行ってるとは思うけど」
そう言ってイタチはじっとオレを見つめた。オレの訝しんだ視線に、いや、とイタチ。
「焼肉……目当てじゃないよな、サソリは」
「あぁ?」
「美羽に何かあった?」
やはり全て見透かされている。誤魔化す気もなく、オレは頷いた。
「朝からずっと緊張してるみたいだから。あんまり接戦だとプレッシャーを助長させるかなと」
「あー…なるほど。最後のリレーだもんな」
「勝っても負けてもいいんだけどよ。あいつが責任感じるような展開は避けたい」
今年は綱手が賞品を用意したおかげで、例年とは比べ物にならないほど体育祭への注目度が高い。なにも今年からやらなくても…と恨めしく思ったところで現状が変わるわけでもない。
多くは願わない。できる限り穏便に、今日という日が終わって欲しい。
「できることならぶっちぎりで勝つか、話にならないほどボロ負けのどちらかがいい」
「難しいな、なかなか」
『………』
鋭い刃物のような視線を感じ、オレは振り返った。続いてイタチも振り返り、「あれ」っと声を漏らす。
「美羽?戻ってきたのか。お疲れ様」
そこには美羽がいた。わざわざ席の隅っこに座り、ジト目でオレのことを見つめている。
イタチに声をかけられ、無言で席を立つ美羽。オレの隣ではなくイタチの隣に席を移動する。わかりやすく反抗的な態度である。
「ごめんな、サスケが迷惑かけて。何か言ってた?」
『なんかよくわかんないけどめちゃくちゃ怒られたよ』
「あー…本当ごめん」
サスケに対する”お題”がなんであったのかもだいたい想像はつくが、どうせサスケも美羽に本当のことは言っていないだろう。しかし二次被害に遭いたくないので、余計なことは言わないでおいてやる。感謝しろよ、サスケ。
「気温だいぶ上がってきたな。きちんと水分補給しろよ」
『………』
ぷい、とあからさまに視線を逸らされ流石にムッとする。
「無視すんなよ」
『……』
「おい』
間に挟まれているイタチも苦笑いである。
「ここは暑いから。二人とも向こうで少し休憩してきたら?次の出番までまだ時間あるだろ」
イタチの提案にも美羽は無言である。オレは仕方なく、強引に美羽の手を引いた。イタチがこれまた生暖かい目をしながら手を振っている。
手を繋ぎながらしばし無言で歩く。彼女が怒っている理由は明確だが、あまり突っ込んで話したくはない。
なるべく自然な態度を意識して、オレは会話の封を切った。
「何か飲む?」
『……』
相変わらず無言。しかし首を縦に振って意思表示はしてくれている。とりあえず安堵して、自販機を目指して歩く。
少し離れただけなのに、人の声が昨日の様に遥か遠くに聞こえる。目的の場に到着し、お茶でいいか?と確認した刹那、心臓がキュッと跳ねた。
柔らかいものが背中に押し付けられる感覚。美羽はオレの耳元で『サソリ』と甘い声を出す。身体中の血液が沸騰しそうだ。
「お前…怒ってるんじゃないのかよ」
『私があんなことで怒るわけないでしょ』
「………」
『知ってた?サソリは私が機嫌が悪くなると、絶対2人きりになろうとするんだよ』
オレとしたことが彼女の掌の上で踊らされていたということらしい。動揺を悟られまいと、オレは紳士な男の仮面を被った。
「お前2人きりになると必ず襲ってくるよな」
『だめ?』
「別にだめではないが……」
時と場所を選んで欲しい、というのはオレの我儘なのか。しかし完全に獲物を捉える目をしている美羽にそんなことを言っても無駄だということもわかっている。ただでさえ体操服とポニーテールのコンボは破壊力が強いのに、今の彼女に勝てる気がしない。
オレは大人しく白旗を上げ美羽を更に人目のつかない陰影へ誘った。
美羽がオレの首に腕を回す。好きな女に食われるこの瞬間が、屈辱なのに妙に癖になる。
くっつけるだけのキスから、舌で唇を撫でられ深みを督促される。ねっとりと舌を絡み取られ、下半身に熱が集中した。必死に腰を引こうとしているのに、美羽が更に身体を押し付けてくる。見た目は草食動物なのに、中身は完全に肉食動物。このギャップは反則だろう。激情の沼にずるずると引き摺り込まれそうになる。
……が、ここは家でもベットの上でもなく学校、ましてや体育祭中だ。オレは理性を必死に呼び戻し、美羽の肩を押した。
「はい、おしまい」
『えー、なんで?』
「なんでじゃねぇだろ…」
『もう少しだけ。男臭いサソリ、たまんないんだもん』
美羽はオレの汗の匂いに興奮するらしい。よくわからない迷惑な嗜好だ。オレも人のこと言えねーけど。
首筋に埋まる彼女の小さな顔。オレは理性が決壊しそうになるのを必死に耐える。
「お前って……変態だよな」
『サソリに変態にさせられたの』
「人聞きの悪いことを言うな…」
もう一度キスをしてから、今度はオレの胸に顔を押し付ける美羽。灼熱の太陽の下、オレたちだけに訪れる陽だまりのような甘い時間。
『サソリとこうしてると、嫌なこと全部忘れちゃう』
「……」
『不安なことも、怖いことも。大丈夫だから、頑張ろう。そんな気持ちになれるの。私にとっての万能薬なんだよ。サソリって凄いね』
心臓を掴まれるこの感覚。人間の皮がずるずると破かれ、狂熱に取り憑かれる。ーー今すぐ壊してしまいたいくらいに。
美羽の肩を力の限り掴む。オレの心情を知らぬ彼女が、その制御されない力に僅かに顔を歪めた。
「なぁ、今日……」
「なんだこの体たらくは!!気合いが足りん!!!」
その時である。辺りを切り裂く雷鳴のような怒号。美羽が即座にオレから距離をとった。
悪霊に取り憑かれた獣も、はたと我に帰る。
「ボス、落ち着いてくださいよ」
「これが落ち着いていられるか!!ビーのやつはどこに行った!!」
「ビーさんは大抵こういう時に消えますからね」
「クソっ…ただでさえ千秋はマダラの野郎に取られているんだぞ。その上シーも今は居らんのに…んん?」
大男の視線がオレたちを捉える。美羽は目を見開いて硬直していた。先程オレに襲いかかってきた威勢はどこへやら、その様はまさにライオンに睨まれたウサギそのものである。
「あれ?美羽先輩とサソリ先輩だ。どーもお疲れ様です」
大男の後ろから、見覚えのある色黒の男二人がやってきた。
挨拶をしてきたのはオモイ。ダルイは大男の隣でいつも通りの困ったような笑みを浮かべている。
「ボス。生徒を怖がらせるのは問題ですから。とりあえず落ち着いて」
「ワシはいつも通りだが?」
「そのいつも通りが怖いんですって」
美羽は息を殺して唇を真一文字に結んでいる。そんな美羽を見て大男……2年B組の担任兼サッカー部の顧問、エーは面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「見るからに軟弱な奴らだな。貴様らマダラのクラスだろう?こんな奴らに負けているなんて情けない」
「2Aには千秋がいますからねぇ。アイツに運動で勝てるやつはまずいません」
「チィ…アイツを育てたのはワシなのに裏切りおって…」
その時、ギラっとエーの目が輝く。次の瞬間校舎裏に向かって持っていたボールをぶん投げた。ドスン!と信じられない程重い音がして、二人の影が八方に散る。
「こんなところでサボっていたのか!千秋!シー!!」
「ッ…相変わらずの馬鹿力…!」
シーが右手を庇いながら珍しく慌てている。
早瀬はそのままグラウンドに逃げようとしたが無事エーの魔の手に捕まった。
エーの太い腕が大蛇のように早瀬の首に絡まる。いつからここはサバンナの荒野になったというのだろうか。
「貴様…裏切っただけでなく優雅にサボりとはいい度胸だな」
「裏切ったんじゃなくて違うクラスなだけですって!!!」
「言い訳をするんじゃない!!!」
「言い訳じゃな…ッで、ででででで!痛いッス!まじで!死ぬ死ぬ死ぬッ…」
「ボス。殺さないでください。こんな奴半殺しで十分です」
「シー…お前覚えてろよ………?」
「あっ!あっちにビーさんが!!……いたようないないような」
「なにィィィ!!!逃さんぞビーーーー!!!!」
エーはオモイが指差した方向に向かって全速力で走っていく。乱雑に放り出された早瀬が見事にシーにヒット。まるで雪崩が起きたかのような音を立て、野郎二人が地面に身を伏している。……死んだんじゃねぇの?
「まーた派手にやって。すいません、いつものことだから。気にしないでね」
ドン引きしているオレと美羽にダルイがフォローにならないフォローをいれる。これがいつも通りなのか……。体育会系のノリは一生理解できないと悟ったオレたちであった。
『だ、大丈夫…?早瀬くん、シーくん』
放っておけばいいのに、世話好きの美羽は地面と一体化した野郎二人に駆け寄って行く。
「…大丈夫じゃねェよ…」
「マジで相変わらず容赦ねェ………、ごめんね、月野さんありがとう」
口では悪態をつきながらも、二人は早々に身体を起こした。早瀬に至っては美羽に手助けしてもらう程でちゃっかり手を握っている。
死んだかと思ったのに。どれだけ頑丈なんだコイツら。
ダルイがオレの肩にポンっと手を置く。
「うちのボスの辞書に”負ける”って言葉はねーからさ。ピリピリしてんのよ。ごめんね、逢瀬の邪魔しちゃって」
「いや。お互い癖のある担任持つと苦労するな…」
「今日の髪型可愛いね。自分で結ったの?」
『え…これ?皐月に結ってもらったの』
「そうなんだ。月野さんは可愛いからなんでも似合うね」
「こらそこ、ここぞとばかりに口説くんじゃねぇよ…」
油断も隙もない。早瀬と美羽の手を全力でブッチする。美羽は若干気まずそうだが当の早瀬は涼しい顔だ。
「本当のこと言ってるだけだから。こんなの口説くうちに入らないよね」
「女たらしめ…」
「赤砂にだけは言われたくないなぁ」
「障害物競争に参加される皆さーん、グラウンドに集まってください」
『…あ、次出番だ。行かなくちゃ』
招集の声に反応する美羽。元々出る予定ではなかったのに、彼女の練習に対する真面目な態度が評価されて出場する種目が増えた。…というのは建前で、病欠の女子の穴埋めを押し付けられたらしい。相変わらずの貧乏くじ体質である。
「オレも出番なんで一緒に行きましょうか」
オモイの言葉に頷く美羽。オレはここに来た目的を思い出し、自販機でお茶を買い彼女に手渡した。
「頑張れよ」
『うん。行ってくるね』
「………」
美羽は不思議そうな顔をする。オレの僅かな間に、何か伝えたいことがあるということを察したようだ。
少し悩み、しかし後で言える時間があるという保証もない。オレは彼女の耳元に口を寄せ、できる限り声のトーンを落とした。
「今日の夜いい?」
『え?なにが』
「………だけど」
『?』
『……抱きたいんだけど。いい?』
ぶっ、と思い切り美羽がむせた。
何か言おうとして、周りの目を気にして何も言わずに口元を押さえている。
狩られてばかりは男のプライドが許さない。オレは一層声を低くして、獲物を確実に捉える算段を立てる。
「煽ったのお前だから。責任取れよ」
『……』
美羽はオレから目を逸らしながら、考えとく、と小さな声で呟いた。
全身からYESのオーラが出ているのに焦らすのは彼女がオレと違って雌という生物だからだろうか。
「オレらもその次部活対抗リレーだ。行くぞ千秋」
「おー。負けたら殺されるから気合い入れねェとな…」
美羽とオモイに続き、皆続々とこの場を離れていく。現実に戻る時はいつだって一瞬だ。
もう少し涼んでいたいところだが、オレもそろそろ応援席に戻らねばならない。
「……はぁ」
今まで息を潜めて風景に馴染んでいた一人の寡黙な男。
随分久しぶりに発された声に、いつもより更に冷気を感じる。
シーはチラッとオレの顔を見た。
「……何度も言うけど家でヤれ」
シーはそれ以上何も言わず、さっさとその場を立ち去った。
……ごもっともすぎて何も言えねぇ。