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息を切らせて応援席に戻ると、最前列に陣取っている皐月が私を認めて大きく手を挙げた。
「どこいってたのよ!もうサソリ始まっちゃうよ」
『ごめんごめん!』
慌てて席に座りサソリの姿を探す。
すると、だるそうにスタートラインに立っているサソリの姿を発見。今から走るとはとても思えないほど全くやる気なさそう。大丈夫なんだろうか。
『もー。あの人ちゃんと走るのかな…』
「うーん、大丈夫じゃない?ああ見えて負けず嫌いだし」
『まぁそうね…』
「サソリ先輩ーーー!!!頑張ってくださーーーい!!!!」
「カッコいいーー!!!」
「好きーーーー!!!!結婚してーーー!!!!」
相変わらずエゲツない女子人気である。
クラス対抗のはずなのに、学年クラス全く関係なく女子全体がサソリを応援しているこの感じ。他の出場男子がとんでもなく居心地悪そうで、何故か私がとても申し訳ない気持ちになる。
『………』
「こら正妻。サボってないでちゃんと応援しなさいよ』
『いや…これだけファンの応援があれば私要らなくない?』
ギロ、と数百メートル先にいるサソリに睨まれる。会話なんて絶対聞こえてないはずなのに見透かされてるのは何故なの。
仕方なく私は軽く手を上げてサソリに合図を送った。するとサソリは満足そうにニヤッと笑う。それと同時にキャーーーーっと黄色い声援。
笑うだけでこんなに喜ばれるなんて普段どれだけ態度が悪いということなんだろうか。それと世の女子はそんなにサソリを甘やかさないでほしい。調子に乗るから。
でも女子の気持ちもわかる。改めて見るサソリは童話に出てくるような儚げな王子そのものだ。イケメンと呼ばれるそこらの芸能人も裸足で逃げ出す美少年。そもそもオーラが桁違いである。
私は肩にかかる鉢巻きをいじりながらはぁ、と物憂げにため息を吐いた。
『可愛い…好き…』
「可愛い?カッコいいでなく?」
『あんなに男っぽくてカッコいいのに中身は甘えたでめちゃくちゃ可愛いの。母性刺激されて毎日おかしくなりそうよ』
「……母親?」
『なれるものならなりたい』
「いやなれないから」
皐月と雑談しているうちに、パンっとピストルの音が鳴る。歓声の中颯爽と走り出す男子たち。各々用意された紙を拾っている。
黄色い歓声の盛り上がりに騙されていたけれど、彼らの出場は借り物競走という体育祭の中でも一二を争う地味な競技だ。
「げー!?マジか!?」
「おかっぱ男!?ガイ先生ーーー!!ガイ先生どこですかーーーー!!!」
紙を確認した男子たちが、続々とグラウンドの海に散って行く。指定された物を取りに行ったのだろう。
そして、その波には乗らずに残された人物が一人。
「何やってんの!?早く探してよ!!」
皐月がイライラした様子でサソリに怒鳴っている。サソリは先ほどから紙を無表情で見つめて静止したままだ。
周りがザワザワとどよめいている。サソリは人の声も聞こえない様子で、相変わらず銅像のようにぴくりとも動かない。
私は前のめりになりながらズボンの裾を強く握り締めた。
『なんて書いてあるんだろう?』
「とにかく動かないと見つからないわよーー!!」
そこでサソリに動きがあった。しかし足ではなく、手。手を首元に当てている。彼のいつもの癖。相当困惑している様子だ。
そんなに困ることが書いてあるの?ただの借り物競走なのに?
『サソリーー!!頑張って!』
いても立ってもいられず、私は声を張り上げる。
そこでサソリに再び動きがあった。唇を噛み、いかにも不機嫌な形相でにこちらに近づいてくる。
サソリは私の目の前に立ち、無言で仁王立ちしている。
今度は私が困惑する番である。
『…何?私?なにを貸せばいいの?』
「………」
『なんて書いてあるの?』
私の言葉を無視して、サソリは私に向かってぶっきらぼうに手を突き出した。
「一緒に来て」
『えっ……』
察しのいい皐月がすぐに反応し、私の背中を押し出した。
「どーぞ!さっさと連れてって。一位取らないと許さないから」
サソリは低い声で「おう」と呟いた。同時に私の身体から重力が消える。
ぎゃあああああああああ!!!!と歓声……いや、悲鳴が上がった。もしかしたら死人が出たかもしれないと疑うくらいの絶叫。
「落ちねーようにちゃんと捕まっとけよ」
サソリはそれだけ言って私を抱えて走り出した。生暖かい空気が身を切る。頭も身体も沸騰したように熱い。周りの視線がナイフで刺されたように痛い。皆の声がサイレンのように遠く鳴り響く。
寸前のところで一番にゴールテープを切り、サソリはハァッと腹の底から空気を吐き出した。ドクッ、ドクッ、とお互いの心臓が胸越しに強く波打っているのが伝わってくる。
持ち上げる時は乱雑だったのに、サソリは私の身体を壊れ物を扱うかのように丁寧に地面に下ろした。それと同時に私もサソリの首からするりと手を抜く。
答えを求めるように、私はサソリの顔を見た。こんなに近くにいるのに、サソリはまるで他人のようにそっぽを向いている。
「怪我はないな?」
『え……うん』
「あ、そう。じゃ、おつかれ」
えっ、と声にならない声をあげる。ここでまさかの放置?呆然としていると、サソリがマダラ先生に首根っこを掴まれている。
「こら。早く紙をよこせ」
「なんでだよ…もういいだろ、オレが一番早かったんだから」
「借り物競走という趣旨を理解しているか?お前の持ってきた物が紙の内容と同一か確認しなければならんだろ」
サソリはお題の紙を握りしめ、まるで対岸の火事を眺めるような態度である。私は乱れた体操服の皺を伸ばし、先程からずっと持っていた疑問を投げかけた。
『なんて書いてあるの?』
「………別に」
『別にじゃないでしょ。なんて書いてあるのよ』
「………。”髪の長い女”」
『え、なに?』
『”髪の長い女”だって言ってんだろが」
髪の長い女?確かに私の髪は長いけど。それなら何故あんなに困惑していたのだろう。すぐに私のところに来ればいいのに。
不満顔の私をあしらって、サソリはマダラ先生に紙を押し付けた。
「問題ないだろ」
マダラ先生が受け取った紙に視線を落としている。数秒静止した後、先生は私たち二人を見て薄く笑った。
「確かに。お題通りだな」
「だろ。じゃあそういうことで」
サソリはさっさと歩き出してしまう。
マダラ先生が認めたということは、サソリの言う通りなのだろうか。…しかしなんとなく腑に落ちない。
「無理やり連れてきて悪かったよ。お前は早く戻れ」
連れてきたのは自分のくせに、サソリが私のことを面倒くさがっているのがわかる。というか、さっきから私の顔を一度も見てくれない。紙の内容は置いておいて、軽く扱われているようでなんだか不愉快だ。
『ねぇ、サソリ………、!』
背中を向けているサソリに近づこうとして、それは叶わなかった。
「見つけた」
グイッと二の腕が引っ張られる。振り返ると、そこには不機嫌そうなサスケくんの姿が。
先ほどのサソリとデジャヴを感じる。
『え。……なに?』
「一緒に来い」
『は!?また!?』
「悪い。この女借りるわ」
一応サソリに断りを入れ、しかし私の返答を待たず今度はサスケくんが私のことを抱え上げた。
反転した世界で、サソリが私たち二人の姿を見て目を見張っている。
…彼氏の前で違う男の子に樽のように抱え上げられる展開なんて、人生でもそうない経験であろう。
「ちゃんと捕まってろよ。つーかお前、見た目よりびっくりするほど重い」
もう少し痩せろ、とサスケくん。勝手に人を持ち上げておいてこのいい草。後輩のくせに本当に全く可愛くない。
……というか私の周りの男子。皆とんでもなく勝手。