01
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「そういえばさ、サソリとラインとかしてんの?」
あの日から2週間ほど経ち、私もなんとかクラスに馴染み始めた時分。
昼を共にしていた皐月が、突然そんなことを言い出した。
『なに?突然』
「いや…どうなのかなーと思ってさ」
皐月には珍しく歯切れの悪い言葉に疑問を抱きつつ、私はお気に入りのいちごミルクを口に運んだ。
『してないよ』
「え、うそ」
『だって赤砂くん、何かあったらっていってたし。別に何もないし』
「………」
皐月は固まったように私を凝視し、その後大げさにため息を一つ吐き出した。
「…さすがに可哀想じゃない、それ」
『え、なんで?』
「あいつ待ってるんじゃないの?美羽から連絡くるの」
そう、なのかしら?
首を傾げる私を呆れた様子で眺めながら、皐月もお気に入りの紅茶を啜った。
「私が知ってる限りで、サソリが自分から連絡先教えたのは美羽だけだと思うけど」
『そうなの?でも学校では全然話しかけてこないし、ただの気まぐれだったんじゃない?』
赤砂くんはあの日以来特に私のことを気にした様子もなく、本当にただのクラスメイトとして同じ教室にいるだけである。赤砂くんが自分に何かしらの感情を抱いているとは考えづらかった。
「ま、とにかく一回くらいラインしてみたら。社交辞令としてでもさ」
『…それもそうね。じゃ、そうしとこうかな』
何故皐月がそこまで拘るのかは理解できなかったものの、彼女の言葉は一理あると思った。
今日、一通ラインしておこう。
****
『こんばんは、月野です。連絡、遅くなって、ごめん…これから、仲良くしてくれると、嬉しいです……こんなところかな』
夜。お風呂上がりにベットに寝転がり、赤砂くんに送るラインの文章を打つ。色々考えてみたものの、結局無難なものになってしまった。
何度も何度も読み返して文章が変ではないことを確認し、送信ボタンを押す。
『ふー…これで大丈夫よね』
ライン一通にすら過剰に気を使ったためかどっと疲れてしまった。何か飲み物でも…とベットから離れようとした瞬間、振動するスマホ。まさかと思って覗いてみると。
『あ、赤砂くんだ。はやっ!』
時間にして1分も経っていない。即レスにもほどがある…と驚きつつ内容を確認してみると、そこには【暇?】とだけ記されている。
暇といえば暇なので、【うん】と返信。
すると今度はラインの着信画面に切り替わった。え、うそ、まさか。
『もしもし?』
「おせーよ馬鹿」
『え、ごめん。もしかして寝てた?』
「違う。そういう意味じゃねえよ」
2週間後にやっと連絡寄越すってどういうことだよ。
低い声でそう呟く彼に、慌ててごめん、と返す。
『何も用事がないのに連絡するのも迷惑かと思って…』
「………。まあいい。今日連絡してきたから許してやるよ」
皐月に促されなければそれすらしなかったであろうということは勿論言わないでおく。
「で?お前今何してんだ」
『今?えーと、お風呂から上がってゴロゴロしてたところ。何か飲み物飲もうかなーと思ってた時に、赤砂くんから電話がきたよ』
ふぅん、と赤砂くんが興味なさ気に相槌をうつ。
「コンビニ」
『え?』
「お前の家の近くにコンビニあったろ。そこで飲み物買え」
『えーと…お家に飲み物あるんだけど…』
「俺もコンビニに用があんだよ」
『へぇ…』
「今から行くから30分後に待ち合わせな」
『…えっ!?ちょっとまっ』
ぶつ、とそこで通話は途切れてしまった。繋がっていないスマホを呆然と眺めながら私は眉をひそめる。
『自分の家の近くのコンビニ行けばいいじゃん…』
****
『赤砂くん!』
コンビニに向かうと、既に赤砂くんが到着し退屈そうにスマホをいじっていた。
私の姿を認めても、彼は無表情である。
「おせぇぞ。3分遅刻」
『ごめんね。着替えてたら遅くなっちゃって』
赤砂くんは上から下まで、じろっと私を観察する。今の私の姿は薄手のシャツに、スキニージーンズ。コーディネートを考える暇もなかった。
赤砂くんは無言で自分が着ているジャケットを脱ぎ、私に手渡してきた。頭に?マークが浮かぶ。
「透けてる」
『うん?』
「…ブラが透けてる」
『えっ!?』
慌てて胸元を抑える。しまった。そこまで気にしていなかった。言われてみれば赤の派手な下着に白いシャツは禁忌である。
あわあわしている私に、赤砂くんは動揺した様子もなくジャケットをかけてくれた。
「着とけ」
『…ごめん。ありがとう』
素直にお礼を言って、前ボタンをしっかり締めた。とりあえず安心する。
赤砂くんはそのままコンビニに足を踏み入れた。大人しくそれに続く。聞き慣れた店内音が鳴り、いらっしゃいませー、の声。
赤砂くんは直ぐにドリンクコーナーに向かった。
「何飲むんだ」
『えーと…じゃあミルクティーにしようかな』
赤砂くんは無言でミルクティーとコーヒーを取り出した。赤砂くんはコーヒー飲むんだ。微糖より、無糖がいいんだ。
つかつかとレジに向かう赤砂くん。お財布を取り出そうとまたあわあわする。行動が早くてついていけない。
「肉まん」
『え?』
「肉まんとピザまんだったらどっちがいい?」
『…肉まんかな』
赤砂くんは店員さんに肉まんと、から揚げ棒を注文した。お金を出そうとしたところで、彼はさっさとカードを出してしまう。未成年なのにカードを持っていることに驚いた。
会計を済ませ、店を後にする。この間おそらく5分もない。とにかく行動に無駄がない。
「ん」
赤砂くんはコンビニ前のベンチに腰かけ、私にミルクティーを渡した。私は財布を取り出す。
『ごめんね、払ってもらっちゃって。半分出すね』
「いらない」
『え…そういうわけには』
私の言葉には答えず、赤砂くんはベンチの横をとんとんと叩いた。どうやら座れということらしい。
隣に腰掛け、ミルクティーを受け取った。既に赤砂くんはから揚げ棒を食べ始めている。
なんなんだろう。コミュニケーションをとれてる気が全くしない。
「ん」
赤砂くんは私の目の前にから揚げ棒を差し出した。どうやら、食べるよう促しているらしい。いいの?と聞けば、無言で首肯される。
棒を支えている赤砂くんの手に手を添え、から揚げを一つ口に挟んだ。噛みちぎるわけにもいかず、丸々一個口に入れる。思ったより大きくて、口の中でもごもごする。
その様を見て初めて赤砂くんが笑った。
「頬袋できてるぞ。ハムスターかよ」
『だって…!赤砂くんが無理やりするから。こんなに熱くて大きいの入らないよ』
赤砂くんの表情が固まる。私は口の中のものを必死に飲み下した。
サソリくんが、残りのから揚げを無言で口に放り込む。
「狙ってるわけじゃねぇよな…」
『何が?』
「いや…」
なんでもない、と赤砂くんは今度は肉まんを取り出した。丁寧に二つに割り、片方を私に差し出す。
「食える?」
『うん。ありがとう』
お礼を言って受け取り、二人で無言で肉まんを食べた。
赤砂くんはあっという間に肉まんを食べ切ってしまう。私は半分残った肉まんを持ちながら、聞いた。
『お腹空いてたの?』
「まあな。夜飯食ってないから」
『お母さん作ってくれないの?』
赤砂くんがジロっと私を見た。あ、地雷踏んだかも。と気づく。
「…いない」
『え』
「両親は事故で死んでる」
『……』
何もいうことができないでいると、赤砂くんはふぅっと息を吐く。
「気にするな。昔の話だし」
『……』
尚も無言な私に、赤砂くんは言った。
「可哀想だと思うならお前が作って」
『…』
「なんでも買えるし不便ではねーけど。学食不味いんだよな」
赤砂くんはちら、と私を見る。
「この前のアレ、手作りだったろ」
アレ、言われて直ぐに理解する。
赤砂くんはコーヒーを口につけた。
「少し驚いた」
『ご、ごめん…やっぱりまずかったかな』
自分なりには感謝を込めた意図だったけれど、やはり少しやりすぎたかもしれない。赤砂くんはいや、と答えた。
「美味かった。奴らも喜んでた」
お前からだとは言ってないけど。と赤砂くんは付け加えた。それに関して特に異存はない。よかった、と私は呟いた。
『私の母、料理が苦手で。自分でやってたらそれなりにできるようになったの』
「ふーん…」
赤砂くんは興味がないように相槌をうつ。というか、恐らく彼はこれがデフォルトなのだ。冷たいわけでも、興味がないわけでもない。これが普通。それがわかって、なんだか肩の荷が降りた気がした。
『赤砂くんはさ、』
「…その、赤砂くんっていうの辞めないか」
『うん?』
「サソリでいい。苗字で呼ばれるのは慣れない」
言われて、少し悩む。
『じゃあサソリくん、って呼んでいい?』
「……」
『呼びつけはなんだか抵抗あって』
サソリくんはまあいいけど、と言った。安心する。
「美羽」
『ん?』
「オレも美羽って呼ぶ」
『ああ…うん。どうぞ』
男の子に名前で呼ばれるのは初めてだ。くすぐったいような、恥ずかしいような。なんともいえない気持ちになる。
サソリくんは立ち上がった。私もそれに続く。
「あまり遅くなると親が心配するだろ。送ってく」
『え…いいよ。すぐ近くだし』
「ダメだ」
夜道は危ないから、と付け加えた。だったら呼びなさなければいいのに、と思ったことは内緒にする。
静かな夜を、二人肩を並べて歩いた。サソリくんという男の子のことをほんの少しだけ、知れた気がした。