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ジャージに着替え、私はグラウンドに向かった。するとそこには既にサソリと早瀬くんの姿がある。どんなに急いでも、男の子の支度の速さには敵わない。
サソリが直ぐに私に気づき手を挙げる。遅れて早瀬くんが私に振り返る。ニコッといつもの笑顔。
『ごめんね。急に呼び出して』
「別にいいけど」
「走るって聞いたけど。大丈夫そう?」
う、と返事に詰まってしまう。大丈夫なのか大丈夫じゃないのかすら正直よくわからない。
私の様子を見て察したらしい早瀬くんがすかさずフォローしてくれる。
「初日だからさ。そんなに気張らないで」
そうだね、と答えた言葉が妙に暗くなってしまう。サソリと早瀬くんがお互いの顔をチラッと見た。
「別に転んでも笑わねぇから安心しろよ」
な、とサソリが私の頭にぽんっと手を置いた。うん、と私。わかっている。この二人は私が失敗したところで馬鹿にする人たちではない。でも、なんていうか。
「やっと来たか。相変わらずトロいな」
その時、シーくんが私たちの前に現れた。手にストップウォッチを持っている。その姿を見ただけで、ドキ、と心臓が引き攣る。
「やることは一つだ。このラインから向こうのラインまで全力で走れ」
向こうまで丁度100メートル、とシーくん。私は頷いた。シーくんがサソリと早瀬くんに目を向ける。
「で。そこの彼氏sはコイツに不測の事態があった時の慰め役な」
「彼氏sってなんだよ…」
彼氏はオレだけなんだけど、と不機嫌を隠さないでサソリ。シーくんは涼しい顔でストップウォッチを弄っている。
「泣かれたら対処できないから。対応はお前らに任せる」
「お前…相変わらずだな。なんでそんなに月野さんに冷たいんだよ」
「優しくしたらそれはそれで文句言うくせに」
シーくんが顔をあげる。言葉は無くともスタートラインにつけと言われているのがわかる。
たった100メートル。されど100メートル。果てしなく遠く見えるゴールライン。私は何秒であそこにたどり着けるのだろう。
自信などなかった。でも、今までの自分の努力を信じるしかない。
「頑張れよ」
「大丈夫だから。力抜いてね」
サソリと早瀬くんが労りの言葉をかけてくれる。私は愛想笑いをして、スタートラインに向かった。
自分のために。一生懸命教えてくれているシーくんのために。決して負けられない。これは練習じゃなく、本番だ。恐らくシーくんも同じことを思っているに違いない。
用意、の言葉に体を低くする。息を大きく吸って、全ての不安を掻き消すように吐き出した。
シーくんが手を前に突き出す。その合図と共に思いっきり地面を蹴り上げる。
顔を上げて腕を大きく振る。ただひたすらに前へ、前へ、前へーーーーー
白いラインを踏んだ瞬間、身体が一気に脱力するのがわかった。膝を折った私を、待ってましたと言わんばかりにサソリが受け止める。
ドクドクと全身が脈打っている。こんなに血液が走り回っている様を感じるのは生まれて初めてだ。
「お疲れ。身体平気か?」
『…っはぁっ、はぁっ』
答えられない代わりに必死に首を縦に振る。続いて早瀬くんが私に近づいてきた。
「お疲れ様。頑張ったね」
早瀬くんは私に労りの言葉をかけた後、シーくんに向き直った。
「タイムは?」
心臓が更に強く脈打つ。シーくんはいつも通りの冷めた表情でストップウォッチをじっと眺めていた。
良い結果なのか悪い結果なのか。彼の表情から察するのは難しい。
静まり返ったグラウンドで、私の荒い息遣いだけが響いている。
しばしの沈黙の後、シーくんは全身から全ての空気を押し出すかのような深い深いため息をついた。そして、ストップウォッチをくるりとこちらに向ける。彼の透き通るような金髪が風に煽られ柔らかく揺れているのを、綺麗だな、と呑気に思った。
「…14.05。ギリギリ合格ラインだろう」
お疲れさん。よく頑張ったな。
鬼のように厳しいシーくんが、初めて私のことを褒めてくれた。