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「またパン?もう少し栄養のあるもん食ったら?」
昼休み。左手で焼きそばパンの袋を開封したところで隣に座っていたダルイが声をかけてきた。それを無視してパンにかぶりつく。
「めんどくさいんだよ。左手で食うと時間かかるし」
「まだ痛むのか?」
「いや。もう痛み自体は大したことない。くっつくの待ちだな」
痛み止めも、もう3日前から飲んでいない。回復も早く、あともう少しでギプスも取れるだろうと医者に言われていた。オレの日常が戻ってくる日もそう遠くない。
ダルイはサッカー部御用達のプロテインを飲みながらふぅん、と相槌を打った。
「月野さんの方は?」
「あー…まあボチボチだな。いつ走らせようか悩んでるところ」
てっきり直ぐに投げ出すと思っていたのに、姫ちゃんはオレの練習にきちんとついてきていた。予定通り筋肉もつき、体幹もしっかりしてきている。温室育ちのお姫様体質なくせに案外辛抱強い。ビッチだけど。
オレは残りの焼きそばパンに齧り付いた。
「もう少し鍛えたいところだけど。体育祭まで時間ないしな。そろそろかなと思ってはいる」
「いい感じになりそうか?」
「どうだろうな。アイツ次第じゃないか」
あくまでオレがしたのは基礎固めだ。タイムがどの程度縮まるかは未知である。最悪、筋肉はついたけれどもタイムに全く影響を与えないという事態もあり得る。
オレはコロッケパンの袋を開封した。
「こんだけ苦労して全然早くならなかったら笑うよな」
「いやいや、笑わないであげなよ。頑張ってんだからさ」
「頑張ったところで結果が出なきゃ意味がないだろ」
千秋もダルイも他の男も、姫ちゃんを過剰評価しすぎている。才能のない人間が努力するのは当然のこと。特段賞賛されることでもない。結果が全て。結果が悪ければどんなに努力しても無駄というものだ。
ダルイの厳しいねぇ、の言葉を軽く流す。コロッケパンを30秒で食べ終え、次にカツサンドに手を伸ばしたその時。
『あっ、いたいた、コーチ!』
廊下からオレの姿を認めた姫ちゃんは、上履きをパタパタと鳴らしオレの目の前で『お疲れ様です!』と敬礼した。どうやらオモイの真似をしているらしい。前は恥ずかしいから辞めろと言っていたがどうせ聞かないので無視する。
次に姫ちゃんはダルイにこんにちは、と普通に挨拶した。何故その普通の挨拶がオレには出来ないんだよ。
オレはカツサンドに齧り付いた。
「何か用?」
『うん。ねえ、見て見て!』
言うや否や、姫ちゃんは徐に自分の制服を捲り上げた。隣のダルイがブッ、と吹き出す。
姫ちゃんはオレ達二人に腹を見せながらニヤニヤしている。
『どう?』
「どうって…何?」
『ちゃんと見てよ』
ほら、と姫ちゃんが更に制服を捲り上げたところでダルイがやんわりと静止する。
「月野さん。周りに男沢山いるから。ね?」
『?』
姫ちゃんは頭に疑問符を浮かべている。というかここにいる全員何が何だか状況が掴めていない。
『腹筋だよ。腹筋』
「腹筋?」
『そう!今日見たら割れてたの!凄くない!?』
ほら!と姫ちゃんが限界まで制服を上げている。言われてよく見てみれば、うっすらと3本の縦筋が入っている…ようにも見える。
しかしあくまで一般的な女子の腹である。筋肉質な野郎ばかり見ているオレにとってはリアクションし難い。ダルイも同じような心境だろう。否定はせずに、困ったように笑っている。
しかし姫ちゃんは一人ドヤ顔だ。オレは視線を逸らしてカツサンドを齧った。
「痴女」
『は…?』
「そんなに簡単に男に裸を見せるなよ」
オレの忠告に、姫ちゃんはキョトンとしている。
『裸って…大袈裟な。ただのお腹じゃない』
話が通じそうにないので、オレは視線を寄越さないまま人差し指を下に向ける。姫ちゃんは大人しく制服から手を離した。が、なんとなく不服そうである。
「話それだけ?」
『まぁ、そうだけど』
「じゃあさっさと帰れ」
ウザいから。と口には出さないでやった。しかし姫ちゃんは変わらず不満そうである。
無言で食べ進めているオレの前から一向に去ろうとしない。
『…ねぇ、コーチ』
うんざりしながらペットボトルに手を伸ばした。反射でアシストしようとしたダルイを軽く制する。
「なんだよ…」
『体育祭まであと一週間だけど。走らなくていいのかな』
ジロっと睨む。すると姫ちゃんは慌てて『違うの!』と言った。
『練習に不満があるわけじゃなくて。でも、全然走ってないから。大丈夫なのかなって』
「……」
茶を飲み下しながら、ふぅっとため息をつく。姫ちゃんがオレの機嫌を伺っているのがわかった。毎度の事だがこの自信なさげな所作にイラッとくる。
体育祭まで一週間。今まで黙ってオレの練習に耐えていた姫ちゃんも、何やら思うことがあるようだ。
残りのカツサンドを口に放り込んで、オレは席を立った。姫ちゃんが怯んでいるのがわかる。
「行くぞ」
『え。…どこに?』
「グラウンドに決まってるだろう」
え、今から?と目を丸くする姫ちゃん。
「何か問題でもあるのか?」
姫ちゃんは数秒の間の後、『…いえ、ないです』と答えた。ここで断りをいれたらオレに見捨てられることになると早々に察したのだろう。賢い選択である。
さっさと教室を出ようとしたところでちょっと待って、と今度はダルイがオレ達を呼び止める。
「月野さん昼飯は?まだ食べてないんじゃないの?」
まだ昼休みは開始5分。姫ちゃんは昼飯前にオレに会いに来たと考える方が妥当である。
姫ちゃんは曖昧に頷いた。
『サソリと一緒に食べる予定だったんだけど。先に食べててってLINE入れとくから大丈夫』
姫ちゃんは早速スマホをいじっている。そのつむじを見下ろしながらオレは言った。
「彼氏もグラウンドに呼んで。あと、千秋も」
『…え。なんで?』
「なんでもいいから」
呼べよ、とオレが低い声を出すと姫ちゃんはそれ以上言及してこなかった。