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ーーー朝。
私はベンチに座りながらサソリの作ってくれた受験対策ノートを読んでいた。
勉強会は相変わらず続けている。ただ、いつもより帰宅時間を早くしてもらっている上、教えてもらっているのは数学のみだ。他の教科は基本的に授業で間に合わせている。
本当は全部に全力を注ぎたい。しかしそれではキャパオーバーなのだと前回の事故で思い知った。全部が無理なら、ピンポイントで対策していくしかない。それが今できる私の最善策だ。
コンビニのおにぎりを齧りながらページを捲る。そのまま熟読していると肩をポンと叩かれた。
『コーチ。おはよう』
「今日もちゃんと来たんだな」
『当たり前でしょ』
どうやら私が泣いて逃げるとでも思っていたようだ。残りのおにぎりを口に放り込んで私は参考書を閉じた。
『辞めないよ』
「……」
『一度やるって決めたからね。最後まで頑張る』
腰を上げて今日もお願いします。と頭を下げる。シーくんは眉一つ動かさないまま「始めるぞ」と言った。
『も、もうちょっと右…』
「ここ?」
『そう!そこ!あと背中もお願い〜』
「はいはい…」
皐月は私の指示通り湿布をもう一枚背中に貼った。ひんやりとした冷気が身体を癒す。
『はー…ちょっと楽になったかも』
「ずっと貼ってるとかぶれるからね」
『わかってるよ〜でも何もないとしんどくて』
隣に座ってファッション雑誌を読んでいた女子がふと顔を上げた。
「美羽ちゃん怪我?どうしたの?」
『ううん。ちょっと筋肉痛でね』
「筋肉痛?」
湿布だらけの私を訝しげに見つめる女子。皐月がすかさず口を挟んだ。
「体育祭の練習でしごかれてんのよ」
「体育祭?美羽ちゃん何に出るんだっけ」
そうやって今更確認されるくらいにはクラスの皆の体育祭に対する関心は薄いらしい。私の代わりに皐月がリレーよ、と答えた。
女子は興味なさそうにふぅん、と呟いた後再びファッション雑誌に視線を落とした。高校生女子は基本的に可愛いことと綺麗なものにしか興味がない。その対象から外れている私にこれ以上聞くことがないのだろう。
しかしながら、あれやこれや詮索されるよりそれくらい周りが自分に無関心な方が居心地がいい。
「美羽さ、見た目はボロボロだけどかなりスタイル良くなったよね」
『え…そう?』
「確実に締まった感じするわ。筋肉ついて健康的でいい感じ」
特に意識してダイエットしたわけではないのに、現在の体重は練習開始より3キロ減。お前は太り過ぎ、身体が軽くなれば膝への負担が無くなり結果的に速さに繋がるから痩せろとシーくんが言っていた。
言うことはキツくて腹が立つけれど、彼の言うことはやっぱり何も間違っていない。
「それにしてもあのスパルタ野郎の練習によくついていけるね」
『いやー、キツイけどね。大分慣れてきたよ』
「美羽」
ふと顔を上げれば、サソリが私のことを見下げていた。昼時に彼が私に声をかけてくるのは珍しい。
『なに?』
「お前飯まだ?」
『うん。これから学食行くところ』
「今日一緒に飯食わないか?」
へ…と思わず間の抜けた声が出る。サソリは視線を横にいる皐月に動かした。
「こいつ借りていい?」
「どうぞ」
「サンキュ」
私は返事をしていないのに二人の間で話が進む。サソリはさっさと教室を出て行ってしまった。慌てて後を追う。
『どうしたの、急に』
「別に」
二人で肩を並べて歩いていると、ちらちら周りから視線を感じる。何故だろうと一瞬疑問に思い、自分が現在あまりにも見窄らしい格好をしているからだということに気がついた。
頭の先から指の先まで絆創膏と湿布だらけだ。ただでさえみっともないのに、隣がサソリだと余計に目立つ。
さりげなく歩くペースを落としてサソリと距離を取る。しかしすぐにサソリがそれに気がついた。
「なに?」
『えっ…いや、あの、その。恥ずかしいかなって』
「恥ずかしい?何が?」
『ああ…うん。なんでもない』
ここで卑屈な発言をしたら確実に怒られる。申し訳なく思う反面、こんな格好をしている私にいつも通り接してくれる彼に安心した。
『サソリは優しいね』
「は?…どこが?」
『全部だよ。全部』
「……。よくわかんねぇな」
しばらく他愛もない会話をして、ふとサソリが学食とはまるで反対方向に向かっていることに気づく。
『あれ?学食そっちじゃないよね。どこいくの?』
「視聴覚室」
『視聴覚室?なんでまた…』
「作ってきたから」
サラッと発された言葉。少し遅れてえっ!と声が漏れる。サソリが顔を顰めて私を見た。
「そんなに驚くことかよ」
『そりゃ驚くでしょ!なんでまた』
「お前だけ頑張らせるのは悪いと思ってな」
視聴覚室に到着し、散乱している椅子にそれぞれ腰掛ける。サソリの手作りのお弁当。作るのは慣れているけれど作ってもらうのは新鮮だ。なんだかドキドキしてきた。
サソリは私の好奇の目になんとなく居心地悪そうにしている。
「先に言っておくけど期待するなよ。お前ほど上手くできてないから」
『そんなの全然気にしないよ。作ってきてくれたってことが嬉しい』
サソリは私と目を合わさず、素っ気なくお弁当箱を手渡した。お礼を言って早速蓋を開けると、初心者の男性が作ったとは思えないほど色鮮やかな美味しそうなお弁当。流石サソリである。半端なものは作らない。
『これ、作るの大変だったんじゃない?』
「簡単なものしか作ってないから大したことねぇよ」
サソリは何食わぬ顔で自分もお弁当を食べ始めている。そして私は気づいた。彼の左手の指に2本、絆創膏が貼ってある事。
愛しさで胸が詰まりそうになった。ただただ好きだと思う。こうやって私に寄り添ってくれようとする彼のことを。
サソリがいてくれるから私は頑張れるし、これからも頑張りたいと思う。私も半端な気持ちではいられない。
『ありがとう。私もっと頑張るね』
「もう十分頑張ってるだろ。それ以上頑張らなくていい」
『でも、なかなか結果が出てないから』
「大丈夫だって言ってるだろ。お前はもっと自信を持っていい」
だめだ、もう。私はサソリのことが好きすぎる。こんなに優しくしてもらってるのに、これだけじゃたりない。私はいつからこんなに欲張りになってしまったのだろう。もっと、もっとサソリから優しくされたい。
『あのさ』
「うん?」
『……少しだけハグしてもいい?』
サソリの動きが止まる。私は被せるように『変な意味じゃなくてね』と言った。
『お弁当もとっても嬉しいんだけど。サソリがギュッてしてくれたらもっと元気になれる気がするの』
「……別にいいけど。ハグくらい」
意外にもあっさり私の要求に答えたサソリはお弁当を机の上に置き、椅子ごとこちらに向き直った。
「ほら、おいで」
ギュン、と心臓が高鳴る。私は間髪入れずにサソリに正面から抱きついた。サソリがしっかり背中に両腕を回してくれ、身体が密着する。いつも一緒にいるけど、こうやってスキンシップをとる機会は私たちにとって少ない。だからこそこの時間が愛しい。
『大好き、サソリ』
「……」
サソリは私の頭を撫でながらふっと笑った。
「あんまり可愛いことばっかり言うなよ。オレこういうの弱いんだ」
『うん?』
「お前にベタベタされると襲いたくなっちまうんだよ」
だから自衛して。そう言われて、私はサソリを抱いている腕に更に力を込める。
『馬鹿だなぁ』
「ん?」
『サソリに襲われたいからこうしてるに決まってるじゃん』
サソリの首元にそっと唇を寄せる。女の人と見間違えるくらい綺麗な白い首筋。たまにここに私の跡を残したくて堪らなくなる。
至近距離でサソリと視線が合う。そこで察した。サソリの顔が”男”になっている。好きな人に求められているという事実に全身がゾクゾクして、嬉しくて堪らない。
「……お前って意外にスケベだよな」
『サソリといる時限定だよ』
「だからあんまり可愛いこと言うなって…」
どちらからともなく唇を合わせた。何度もしている行為なのに、毎回全身の血液が沸騰しそうなほど興奮してしまう。
触れ合っている肌が焼けるように熱かった。サソリの白い肌が高い太陽に透ける情景をしっかり瞳に焼き付け、私は全てを委ねるように瞼を落とした。
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