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世の中着々とキャッシュレス化が進む中、治外法権である学校という場はこのご時世もまだ現金払いが覇権を取っている。
食券機に千円札を押し込むと、隣を横切ったデイダラがあれ?と声をかけてきた。
「珍しいじゃん。嫁の愛妻弁当は?」
食券を取り出しながら答える。
「体育祭終わるまでは弁当なし。余裕がないからできるだけ他のことに労力使いたくないんだって」
「ふぅん。美羽が料理しないなんて相当じゃね?そんなに大変なの?」
「過労で気を失うくらいには大変そうだな」
「え。やばくね?それ。大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃねぇけど。辞めろって言ったって聞かねぇんだもん」
美羽が過労で倒れたこと、その影響でサッカー部員が怪我をしたことも公にはなっていない。早朝で目撃者も少なかったし、部内にも面白おかしく吹聴する人間が幸にもいなかったためだ。
カウンターに食券を出し日替わり定食を受け取る。振り返ると、あまりの生徒の多さにうんざりする。もう忘れかけていたが、学食とは学校で一番混む場所だ。
タイミング良く二つ空いた席を見つけデイダラと共に腰掛ける。いただきますもそこそこに箸を取った。
「リレーの練習してるんだっけ。上達した?」
「オレはそっちはノータッチだから。正直よくわからねぇんだよな」
「早瀬が面倒見てるんだろ?」
いや、とオレは味噌汁を啜った。
「昨日から連れの金髪の方が見てるらしい」
「連れの金髪?」
デイダラはピンと来ないようだ。
「誰?」
「シーくんとか言ってたな」
「シー…?」
やはり知らないらしい。オレも先日まで認識していなかったので特段おかしいわけではないが、この様子では相手から皐月を挟んで自分が認識されているというのも知らないだろう。明らかによく思われていないことも、である。
「どんな奴?」
「どんなって言われてもな…気難しそうな奴ではあったが」
美羽のことも敵対視していたはずだが、階段から落ちたのを庇ったり走りの練習を見たりと意外に面倒見がいい。オレの中の印象としては特段悪くない。少なくとも、早瀬よりは信用できそうである。
「色々大変だな、旦那も」
「オレは別に。飯くらいなんとでもなるし」
「そうじゃなくて。モテる彼女がいると心労も多いだろって話」
「モテるっつーか…あいつの場合は隙があると言った方がしっくりくるな」
早瀬にしろ他の男子にしろ、美羽に言い寄る男はオレから奪える自信があるから諦めないのである。要はそれほど彼女自身が思わせぶりな態度をしているということだろう。そして本人に自覚がないのが厄介だ。
デイダラはラーメンを啜りながらニヤッと怪しく笑った。
「意外に余裕そうだな。嫉妬しないの?うん」
「二人で話し合って決めてるからな」
「ふーん。旦那も成長したな」
その物言いに少々ムッとしたものの、今まであれやこれや口を出し束縛していた自覚があるので何も言い返せない。
それにしても。久々に食べた学食は記憶していた以上にとんでもなく不味かった。大した量もないのになかなか食べ終わらない。
美羽も体育祭までの間、この不味い飯で我慢するのだろうか。
生温い味噌汁に写る自分の顔。その冴えない姿を見て思わず失笑してしまう。
気づかなかった。美羽が隣にいない時のオレは、いつもこんな顔をしているのか。
ずっと自分が支えているつもりだった。でも本当はオレが、いつも彼女に寄り掛かっていることをもう知っている。美羽はあんな華奢な身体で沢山のものを背負いながら、投げ出そうとは決してしない。
オレにできることは一体なんだろうか。
「……オレも少し、頑張ってみるかな」
「うん?」
「いや、なんでもねぇ」
怪訝な顔をしているデイダラ。オレは残りの飯を一気に胃に押し込んだ。