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夢小説設定
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時間はあっという間に過ぎ、気づいた時には人が集まり始めている。
「あれ?シー。相変わらず早いな」
千秋がオレに声をかけてきた。続けてオモイとダルイの姿。
「相変わらず勤勉っスね」
「動いて大丈夫なのか?痛くね?」
「あー…まぁ、ぼちぼちだな」
チラッとグラウンドを確認する。しかし彼女の姿はなかった。もう戻ったのだろうか。
……。
部室に移動しようとしている千秋を呼び止める。なに?と呑気に振り向く千秋。
「…姫ちゃん見なかったか?」
「月野さん?今日は休みだと思うけど」
いや、とオレは言った。
「来てたぞ。オレより早く」
「…えっ」
「来てんの?まじ?」
ダルイがぐるりと周囲を見回している。しかしオレと同じく姿は見つけられなかったようだ。
「病み上がりだしもう教室戻ったんじゃないっスか?」
そう考える気持ちはわかるが、そこまで自己管理のできる人間は今日の自主練に来ないし、そもそも昨日の時点で倒れたりしない。
千秋もオレと同意見のようだった。
「もしかしたらまたどこかで倒れてるのかも。探そう」
「いや、お前は練習行けよ。一秒でも遅れたらコーチに殺されるぞ」
「いいよ。月野さんの身の安全の方が大事だから」
こういうことをさらりと言えてしまうのがまさに千秋である。これで相手が彼女だったら格好もつくのにな、と思ったが可哀想なので言わないでやった。
いるならグラウンドか部室の近くだろうと手分けして探すことにする。
しかしなかなか見当たらない。オモイに教室に向かわせたがそちらにも姿はなかった。千秋が電話しても応答はない。
「まさかどこかで死んでんじゃないだろうな」
「やめてくれよ。不安になってきた」
「でもまじでどこにもいねぇな」
まるで神隠しのように忽然と消えた姫ちゃん。そこで思い出す。”神隠し”といえば。
「…グラウンド傍の排水の溝は?」
「排水の溝?」
「あー。ボールが入って神隠しみたいに見失うやつな」
「女子一人くらいなら入るかもしれん」
ええ…と千秋が引いた声を出した。
「いくらなんでも…」
「一応見といて損はないだろ」
「行ってみるか」
自分でも9割型ないだろうとは思っていた。しかしまさか残りの1割にめでたくぶち当たるとは。
すっぽり溝にはまって丸まっている姫ちゃんはぴくりとも動かない。それと同時に、規則正しい呼吸音が聞こえて来る。
ダルイと千秋が顔を見合わせた。
「…まさかこの子、寝てない?」
「……寝てるね」
千秋が口に手を当てて笑いを堪えている。
「やばい…めっちゃ可愛い。写真撮っていいかな」
「やめなさいって。怒られるぞ」
「オイ、起きろ」
「あー!!待って起こさないでもうちょっと見たい……」
千秋を無視して姫ちゃんの肩を揺する。パッと顔が上がった。ピントのずれた瞳が揺れる。
『シーくん…?』
「お前なんでこんなところで寝てんだよ…」
『あー…えっと…って、いたたたたた…』
引き起こそうと引っ張ると姫ちゃんが痛みに顔を歪ませた。光の速さで千秋がフォローに入る。
「大丈夫?怪我したの?」
『ちが…違くて…足が……』
攣った。と小さな声で姫ちゃん。
は?と男子一同間の抜けた声が出る。
『スクワットしてたら足が攣りまして……よろけたら溝にすっぽり…』
そして出られなくなってしまった、ということらしい。アホだ。まじでアホすぎる。
オレはドン引きだったが、千秋とダルイは心配そうに姫ちゃんの補助をしている。
「どっちの足?」
『右…』
「解してあげる。ごめんね、触っていい?」
『本当にすみません…』
「足パンパンじゃん。こりゃ攣るよ」
はは、とダルイが笑う。千秋が微妙に不満そうな顔をしていた。自分がやりたかったのだろう。下心有りな奴はダメなんだよ、残念だったな。
「何回やったの?」
『…100回ほど』
「100回!?ダメだよ、最初は少ない回数から慣らしていかないと。筋肉が驚いて動けなくなるよ」
はい、すみません。と完全に萎縮した姫ちゃんが人形のように相槌を打っている。
馬鹿にしてしまったが、そもそも筋トレをするように指示を出したのはオレだ。彼女は素直にそれに従っただけ。
口を出すならちゃんと面倒を見てやらねばならなかった、と少しばかり後悔する。
ふぅ、と心の奥底からため息を吐き出した。
馬鹿で気の多い女は嫌いだ。しかしこのアホみたいな根性は認めてやらざるを得ない。
千秋もあの赤髪も、姫ちゃんのこの真っ直ぐさに惹かれたのだろうか。
「オイ」
俯いていた姫ちゃんが顔を上げる。オレは左手を腰に当てながら言った。
「やる気あるなら今日からオレが練習見てやる」
『え……』
「その代わり、泣き言クレーム一切受け付けない。千秋みたいに無駄に優しくする気もない」
ちょっと待てよ、と千秋。
「別にいらねぇよ。変わらず僕が見る」
「お前は姫ちゃんに対して甘すぎるんだよ。走らせるだけじゃダメだ。身体から鍛えねぇと」
姫ちゃんが少し悩むような仕草を見せる。しかし否定的な様子は見受けられない。
「月野さんはどうしたい?」
察しのいいダルイが姫ちゃんに優しく声をかけている。姫ちゃんは一瞬千秋の様子を気にした。しかし直ぐに視線がオレに移る。心は既に決まっているようであった。
『少しでも、早くなる可能性があるなら。お願いします』
鎮痛剤が効いたのか、腕の痛みはもう感じなかった。