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朝は4時に起き、6時には走りの練習。その後は始業まで教室で自習し、その後6時間みっちり授業を受ける。放課後はサソリと勉強会をして21時までには家に帰り、23時頃就寝。そんな生活が続いた。
「…美羽?」
名前を呼ばれ、ハッとする。ノートに解読不能な文字が多数。どうやらうつらうつらしていたらしい。
慌てて目を擦る。
『ごめん。なんだっけ?』
「……お前、大丈夫?」
顔を上げると、サソリが神妙な面持ちで私を見ていた。誤魔化すように前髪をいじる。
『全然大丈夫。続けて』
「……。今日はもう終わりにしよう。家まで送る」
『えっ』
時刻はまだ17時だ。お開きにするには些か早すぎる時間である。しかしサソリは既に片付けを始めている。
「ここ最近頑張りすぎだろ。今日は早く寝ろよ」
『でも…この前の中間成績良くなかったし…』
今まで順調に伸びていた成績が、ここ最近淀み始めた。クラス順位は8位。目標は5位以内だ。その壁がどうしても越えられない。
「順位はわかりやすいから目標を提示しただけであって、大事なのは得点。全体的な得点の水準は上がっているから何も問題ない」
『でも、それって周りの皆も伸びてるってことだよね?私が休んでる間にも皆は勉強してるわけで』
二年生も半ばを超え、周りは着々と受験モードに入っている。元々うちの高校は進学校で成績優秀者が多い。K女の落ちこぼれ出身の私は、皆の数倍努力しないと追いつけない。休んでる暇などあるわけがなかった。
納得していない私を置いて、サソリは私の鞄をひょいと拾い上げる。
「休むことも必要。今のお前に必要なのは休息だ」
『……』
「走りの練習もしてるし体力もたないだろ。暫く勉強会休みにするか?」
その言葉に迷わず首を振る。サソリはふぅっとため息をついた。
「わかった。勉強会は続けよう。とりあえず今日は家に送るから」
その言葉に、私は項垂れるしかなかった。
いつも通り4時に起き、身支度をして学校に向かう。ただでさえ疲れ切っているのに、今朝タイミング悪く生理になってしまった。そして更に運悪く電車の中では椅子に座ることができず、正に満身創痍の体調でグラウンドに向かう。
もはや定位置になったベンチに腰掛け、持ってきたおにぎりに齧り付く。そこで異変に気づいた。あれ…?このおにぎり、味がしない。炊き込みご飯にした時、醤油を入れる量が少なかったのかな。
美味しくないのであまり食も進まなかった。お茶で無理矢理流し込んでいると、フェンスが僅かに揺れる音。振り向かずとも誰なのかはもうわかっている。
『おはよ、シーくん』
「おす」
シーくんは相変わらず無表情だ。しかし挨拶はしてくれるようになった。大きな進歩である。
声をかけなくともシーくんは私の隣に勝手に腰掛けた。朝一緒におにぎりを食べるのはもはや恒例行事のようになっていた。
いつものように勝手にお握りのラップを取っているシーくん。しかし今日はあまり気が進まない。
『ごめん。今日のあんまり美味しくないと思う』
「?」
『味付けが薄かったみたいで』
シーくんは気にせずお握りに齧り付いている。そして躊躇なくもう一口。
「いつも通り美味いけど」
『え…』
嘘だ。だってボソボソして全然味がしないのに。
しかしシーくんは残りのおにぎりもぽいぽい口に放り込んでいる。全部食べ切るのに3分もかかっていない。
私の分の残ったお握りも綺麗に食べ終え、シーくんはこれまた勝手に私の水筒のお茶を飲んでいる。これもいつものことだ。
ぼーっとしている私に、シーくんが怪訝な表情を見せる。
「…どうした?」
『え…』
「今日のお前、いつもの5倍くらいブスだぞ」
シーくんのありえない発言に反論する気も起きない。
お茶を飲みながら、私はため息を吐き出した。まるで責められているようにお腹がシクシクと痛む。
『月一のアレで調子悪いだけよ』
「……。今日は休んだ方がいいんじゃないか?』
『へーき。薬飲んだし。体育祭まで時間ないし』
「おはよ。月野さん、シー」
そうこう話しているうちに早瀬くんがやってきた。私はベンチから腰を上げる。
「……」
シーくんがじっと私を見ていた。
サッカーグラウンドに人が集まり始める。時刻は7時。走りの練習はここまでである。
『今日もありがとう。早瀬くん』
「うん。お疲れ様」
ニコッと笑った早瀬くんの笑顔の裏に、僅かな懸念が隠れているのがわかる。それが何故なのか私は知っていた。
『ごめんね。一生懸命教えてくれてるのに時間縮まらなくて』
「いや、君は十分頑張ってるから気にしないで。僕もちょっといろいろ考えてみるから」
早瀬くんだって勉強に部活に忙しいはずなのに、その上運痴の私の世話まで。申し訳ない気持ちでいっぱいである。
勉強も運動も、私は何もかも中途半端だ。壁がどうしても越えられない。
「…月野さん、大丈夫?」
気づけば早瀬くんがじっと私を見ている。私は努めて口角を上げて笑った。
『うん。大丈夫』
「…そう?あんまり顔色が良くない気がする。保健室ついていこうか?」
『大丈夫大丈夫。教室戻って休むから。早瀬くんも部活頑張ってね』
まだ何か言いたげな早瀬くんに手を振り、私は踵を返した。
口では平気を装ったけれど、心底疲れ果ててしまい一刻も早く教室に戻って休みたい。
走る体力は既になく、鉛のような身体を引き摺るように出口に向かう。すれ違うサッカー部員がキラキラと眩しかった。それと同時に自分の空っぽさに妙な焦燥感を感じる。
ここ最近何もうまくいかず、気持ちだけが焦る。
みんなみんな、当然のように努力している。
私ももっと頑張らなきゃ。
やっとのことでグラウンドを出て、校舎に向かうための階段を登る。一段一段が、とんでもない重労働に感じた。
生理だからか、貧血を起こした時のように頭がクラクラする。
早く休みたい。いや、休んでる暇なんてあるわけがない。このままじゃS大なんてとても受からない。体育祭だって、恥を晒して皆に迷惑をかけるだけ。
どうしよう。なんとかしないと。このままじゃだめだ。
もっと頑張らなきゃーーー
「……っおい!危ねぇぞ!」
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