03
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昨日は危なかった。完全に絆されるところだった。
というか、私なんでこんなに意地になってるんだろう。もうわかってるのに。私も、本当はサソリくんのこと。
「月野さん?」
『…あっ、ごめん、なんだっけ』
今日は美化委員の集まりがあった。早瀬くんが不思議そうに私を見ている。
私は手元の書類に目を落とした。今は来月の校内美化月間の担当を決める会議中である。
「月野さんいつやる?」
『うーん…』
私は書類を見ながら考える。放課後か、早朝に週一回。学校に来て校内清掃を行わなければならない。
『放課後はなあ…』
「月野さんってバイトしてるんだっけ?」
早瀬くんの言葉にかぶりを振る。サソリくんがね、と喉元まで出かかって飲み込んだ。だってそんなの、私がサソリくんと帰るのを楽しみにしているみたいじゃないか。
「じゃあ早朝?」
『6時はキツいけど、そっちのがいいかなぁ…』
6時に学校って。一体何時に起きればいいんだ。
鬱々としながら考えていると、早瀬くんは言った。
「じゃあ僕も早朝にしよ」
『えっ…』
「放課後部活あるし。早朝のがいいや」
早瀬くんは爽やかな笑顔で笑った。サッカー部の早瀬千秋くんは、目立ったイケメンではないけれど長身で爽やかで清潔感がある。クラスは違うのに、会うたびに挨拶してくれる好青年。将来真面目なサラリーマンになりそうだ。
『…ある意味、理想と言えるわね』
「理想?」
『ううん。なんでもない』
心の声が思わず外に出てしまって、私はパタパタと手を横に振った。何偉そうに言ってんだ。相手にも選ぶ権利ってものがある。
二人で希望の出席日を提出して、私と早瀬くんは教室を後にした。
サソリくん、待ってくれてるかな。
「月野さん、ちょっと待って」
足早に教室に向かっていたところ、早瀬くんに呼び止められた。
早瀬くんは緊張した面持ちで私を見ている。ドキッとした。
「今日、伝えたいことがあって」
『なに?』
予感よ外れろ。そう思いながら私は早瀬くんの言葉を待つ。
早瀬くんは斜め下に視線を置きながら、言った。
「委員会初日の時のこと、覚えてる?」
『委員会初日?』
正直全く覚えていない。私のリアクションを見て、なんとなく早瀬くんも察したようだった。
「…僕が、名前のことからかわれてて。女っぽい名前だって。そしたら、月野さんが」
『……』
「千秋、って凄く素敵な名前だよって。言ってくれたんだよ」
そういえばそんなこと言った気がする。でもそれは、ただ単に本当に自分の感想を言ったまでの話だ。
「嬉しかったんだよ」
早瀬くんは言った。
「僕、自分の名前嫌いで。女っぽくてなよなよしてる名前だなって」
『……』
「でも、月野さんに素敵だって言われて。初めて自分の名前が千秋でよかったと思ったんだ」
私はなにもいえず早瀬くんを見ている。早瀬くんは初めて私の瞳を真っ直ぐ見た。
「好きです」
『……』
「僕は月野さんが好きです。付き合ってください」
早瀬くんの澄んだ瞳。私は心臓の鼓動がさらに速くなるのを、感じた。
教室に戻ると、サソリくんがスマホを弄りながら待っていた。私を認めて、スマホを下ろす。
「遅い」
『ごめんね。ちょっと会議が長引いて』
サソリくんはさっさと廊下に歩いて行ってしまう。私もつられて、サソリくんの後を追う。いつもの光景だ。
「なんの会議だ?」
『来月、校内の美化月間で。当番制で朝か放課後掃除するって話』
「当番制?お前は?」
『…朝で、希望は出したけど』
サソリくんがニヤッと笑う。
「じゃあいつも通り毎日一緒に帰れるな」
『……』
私は無言でカバンを握りしめた。
サソリくんはいつも私に誠実だ。だったら私も、彼に誠実でなければならない。
「美羽?」
サソリくんが足を止めて私を見ている。私はすうっと息を吸い込んで、言った。
『…告白された』
「は?」
『早瀬くんに告白された』
サソリくんは無言である。
『一応、言っておかなきゃと思って』
サソリくんはじっと私の顔を見たままだ。暫くの沈黙の後、低い声で。「で?」
私は答える。
『お断りを、しようと思ったんだけど。ゆっくり考えてほしいって言われて。それで』
「また”保留”かよ」
サソリくんはそこで初めてイライラした様子を見せた。カバンを片手で持ちながら腕を組む。
「答え決まってんだろ。何故そこで断らないんだ」
『…考えてほしいって言われたら、言い出しづらくて』
「考えてどうすんだよ。結局断るんだろ。傷つける事実は変わらねえんだぞ」
サソリくんの言う通りである。全面的に私が悪い。なにも言えない。
サソリくんは黙っている私をじっと見つめる。
「…オレの”保留”は?」
『……』
「そろそろ答え聞かせろよ。美羽ちゃん」
サソリくんが壁に私を追い詰める。
『ちょっと、待って』
「もう散々待ったんだけど」
今日のサソリくんは、怖かった。苛立ちが前面に押し出されている。今まで散々我慢していたのだろう。私に対する不満が噴出していた。
視線を逸らすことすら許されない。射る様な瞳で、サソリくんは私を貫く。
「いい加減認めろよ。お前オレのこと好きだろ」
『……』
私が黙っていると、サソリくんはふーっと息を吐いた。いつもだったらこれで許してくれるのに、今日はそんな気はない様だ。
腕を掴まれ、空き教室に押し込まれる。薄暗い密室に二人きりを強要され、恐怖が首をもたげた。
「美羽」
後ろから身体を抱かれる。サソリくんの腕が初めて私の胸に触れた。
しゅる、と制服のリボンが解かれる。身体が硬直した。
ボタンを外され、制服の隙間からサソリくんの指が侵入してくる。それと同時に私は、あの日を思い出してしまった。
やめて、やだ、こわい。何度言ってもやめてもらえなかった、あの日のこと。
あの日はサソリくんが助けてくれた。今はサソリくんが、私を犯そうとしている。
どうして、こんなこと。
そして気づく。私が、サソリくんにこんなことさせてしまうくらい、追い詰めたのだと。
いやだ、と言うのは簡単だ。でも言ったら、もっと傷つけてしまう。
「抵抗しないってことは…いいんだよな?」
今度はスカートを巻くられ、レースをなぞられる。怖い以外の感情がなかった。でも、これ以上サソリくんを傷つけるのはもっと嫌だった。
震えながら、私は首を縦に振る。
『…だいじょぶ』
「……」
『サソリくんとなら、平気。していいよ』
「……」
サソリくんが唾を呑み下す音が聞こえた。数秒の間。そして頭をぐしゃっと撫でられる。
「ごめん」
『……』
「こんなことがしたかったわけじゃねぇんだよ」
何やってんだオレ。サソリくんはそのまま私の身体を解放する。
私は胸元を押さえながら茫然と立ち尽くした。
「嫉妬だ」
『……』
「早瀬に対する嫉妬」
ごめん、とサソリくんはもう一度言った。
私は恐る恐る振り返る。
「お前の優しさが、オレ以外に向くのが悔しい」
『……』
「美羽の誰にでも優しいところが好きだ。でも嫉妬もする。自分でもどうしたらいいかわからない」
そこには、私が今まで見た中で一番弱っているサソリくんの姿があった。
キュ、と胸が締め付けられる。愛しい、と思う気持ちを初めて知った気がした。
やっぱり私はこの人が好きなのだと、はっきりと自覚した。釣り合う釣り合わないの問題じゃない。私が、彼を好きなんだ。
『…あのね』
「待て」
サソリくんが私の唇に人差し指を添えた。
「今お前の気持ちは聞けない」
『え…でも』
「今のオレにその資格はない。反省する。それからにして」
サソリくんは真剣な顔で言った。拍子抜けして、私は目を瞬かせる。
『…気にしてないのに』
「オレが気にする。こんな痴漢と同等なことして。お前の信用取り戻すよう努力するから」
そもそも信用を失ったりしていないんだけど。しかしサソリくんの決意は固く、頑として私の言葉は聞き入れない模様だ。
私は思わず、笑ってしまった。
『サソリくんって、見た目に反して凄く真面目だよね』
「お前のために真面目になってんだよ。信頼してほしい。頼ってほしいんだ。そのために努力してんの」
サソリくんの言葉に、私は答える。
『…じゃあ、私もちゃんと早瀬くんに言うね』
「……」
『告白の返事。もう決まってるから』
サソリくんは暫しの沈黙の後、そうか、と呟いた。
早くサソリくんに触れたかった。でも今は我慢だ。サソリくんが私にどこまでも誠実である以上、私も彼に誠実であらねばならない。他の事を、きちんと精算してからだ。
サソリくんの腕をとって、小指を絡ませた。サソリくんが驚いた様子で私を見ている。
『約束ね』
「……」
『私が早瀬くんに告白の返事したら、今度はきちんと、私の気持ち聞いてね』
サソリくんは数回目を瞬かせる。そしてふ、と顔の筋肉を緩めた。
「いいぜ。仕方ないから聞いてやる」
『ふふ、ありがとう。じゃ、一緒に歌って』
「?」
『ゆーびきーりげーんまーんってあるでしょ』
「……。一人でやって」
『え!なんで?』
結局サソリくんは歌ってくれなかった。