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結局、そのまま早瀬くんの家で勉強会をさせてもらうことになった。
早瀬くんは私の申し出に驚きこそすれ、否定的な感情は持たなかったようである。
サソリは不服そうではあったものの、このままサソリの家に一度寄り、次に私の家に帰るという効率の悪さを考えたら納得する部分もあったようだ。
「本当に汚いんだけど。ごめんね」
通してもらった早瀬くんの部屋は、お世辞にも整理整頓がなされているとは言えない。でも、汚いわけでもなかった。
潔癖なサソリの部屋よりはごちゃっとしていて、デイダラや飛段の部屋よりは綺麗。要は男子高校生の部屋らしい部屋だ。
部屋を片付け始める早瀬くん。うずっとしたけれども、私が手を出していい領域ではない。
促されるままクッションに腰を下ろした。先に始めてて、の言葉に甘えて早速数学の教科書を開く。
ちなみに、奏ちゃんと律くんは早瀬くんからNGが出て部屋に入れてもらえていない。
『今回の範囲どこだっけ?』
「そのレベルかよ。今回のメインは指数関数」
『あー…苦手なやつだ』
「お前は全部苦手だろ」
教科書に目を通す。ビックリするくらいわからない。今まで勉強をサボったツケが容赦なく私の鳩尾を蹴りつける。
中間まで一週間なのに。このままでは成績の低下は免れない。
『教えてください』
「どこを?」
『大体全部です』
サソリが遠慮することなく盛大な溜息を吐く。私の勉強が遅れているのはサソリのせいでもあるのに、どうやら自覚はないらしい。
一通り解き方の説明を受けていると、視界の隅で早瀬くんがゴソゴソ部屋着に着替えている。男子は女子の目の前でも裸になることに抵抗はないらしい。日に焼けた背中と二の腕が視界に眩しい。サソリとは違って肉付きがいいな、となんとなく眺めてしまう。
早瀬くんが私の視線に気づき、少し恥ずかしそうに視線を逸らす。しまった、ガン見していた。目線を逸らすと同時に、自分もジャージ姿のままであることに気づいた。
ジャージで過ごすことに慣れていないため、なんとなく窮屈な気持ちになる。
『ねぇ、サソリ』
「ああ?」
『悪いんだけどちょっと着替えていい?』
サソリがめんどくさそうに私を見る。私は既に自分の鞄に手を伸ばした。
「まさかここで着替えるつもりかよ」
『すぐ着替え終わるから』
「そういう問題じゃねぇよ馬鹿」
「シャワー貸すよ、月野さん」
すかさず早瀬くんが口を挟んだ。私の荷物をひょいと拾い上げ、既に部屋の扉に手をかけている。
「汗気になるでしょ。よかったら使って」
『え…でも』
「いいから。女の子は着替える前大体シャワー浴びるじゃん」
それは、確かにそうかもしれない。しかし何故それを早瀬くんが知っているのだろう。
妹さんがいるからだな、と無理やり自分を納得させる。
遠慮する気持ちはあれども、汗の不快感には勝てない。お言葉に甘えさせてもらうことにした。
階段を降り、一階のお風呂に向かう。サソリ以外の男の子の家でこんなに深い部分に入らせて貰ったのは初めてである。
シャンプーやボディーソープなどの主要なものが置いてある場所の説明を受け、タオルを受け取った。
「僕は二階で勉強してるから。ごゆっくり」
ということは、暫くサソリと早瀬くんは二人きりになる。なるべく早く出なくては、と思いながら感謝の言葉を伝える。
シャワーをひねり、人肌に温まったお湯で身体を流す。今日はなんだか変な日である。
サソリと早瀬くんのコンビ。あの二人は意外に私がいなければ仲良くなったタイプなのかもしれない。そんなもしもを考えたところでどうにもならないけれど。
足の傷を避けるように身体を洗い、短時間で浴室を出た。タオルを当てがって着替えを用意する。
バタン、と玄関の扉が開く音がした。もしかしたらお母さんが帰宅したのかな、と呑気に考えたのも束の間。バタバタと忙しなく近づいてくる足音。
なんの躊躇もなく脱衣所の扉が開かれる。待って、という暇もなかった。
「……」
『……』
両者、無言。
身体中の血液が沸騰するのがわかる。しかし相手は全く怯む様子がない。
私の目の前に立っていたのは、あのシーくんだった。
シーくんは私から目線を横にずらし、しかし足は一歩前に踏み出した。
「もう終わったんならオレが借りるぞ」
『…え、あ…うん』
最高に動揺しているのに素直に返事をしてしまう。シーくんは私の目の前で服を脱ぎ始める。ハッとなって胸のタオルをがっしり握りしめた。
『ちょ、ちょっと待って…着替えるから』
「どうぞ」
どうぞと言われましても。あわあわしている私に、シーくんは相変わらず涼しい顔である。
「女は着替えんの遅ェから。待つのが面倒くさい」
『…じゃあ、せめて後ろ向いてて』
本当に面倒くさいのだろう。シーくんが私にイラついているのがオーラでわかる。サソリよりせっかちな人である。
なけなしの慈悲で後ろを向いてもらい、私は今までの人生最速のスピードで着替えた。
着替え終えると同時にシーくんがさっさと浴室に向かっていく。
直様シャワーの水が床に叩きつけられる音が聞こえ始めた。
じわじわと頭の熱が下がっていく。と同時に沸いてくる正当な羞恥と怒り。相手の興味のある無しは関係ない。見られたのがただただ恥ずかしい。こっちだって思春期女子である。それくらいの羞恥心があるのは当然だろう。
濡れた髪がポタポタと足元にシミを作っているのを見て現実に引き戻された。ドライヤーはどこにあるんだろう。見当たらずにもたもたしていると、ガラッとお風呂場の扉が開いた。ぎゃあ!と可愛げのない悲鳴が漏れる。
「タオルとって」
『…え、ああ、はい』
完全にシーくんのペースである。手に持っているタオルを素直に手渡した。無言で受け取り身体を拭くシーくん。…彼は隠す気が全くないらしい。
お父さんとサソリ以外のを初めて見てしまった。別に見たくて見たわけじゃないのに。なんで私一人がこんなにドキマギしなくちゃいけないんだ、と虚しくなる。
とりあえずドライヤー、と視線を持ち上げると棚の一番上にドライヤーの姿を確認する。しかし私が取るより先に、シーくんがドライヤーを掻っ攫った。さっさと自分の髪に冷風を当て始めるシーくん。
しかも風向き的に水滴が私の方に飛んでくる。
なに?これ。新手のいじめ?
「譲ってもらえるとでも思った?」
『はい…?』
「男が皆自分に優しいと思ったら大間違いなんだよ」
シーくんは金色の髪を靡かせながら相変わらず顔の筋肉を動かさない。私は髪から滴る水滴を気にしながらムッと顔を歪めた。
『別にそんなこと思ってないから』
「オレ、千秋と違ってお姫様嫌いなんだよ」
『はい?』
「自分が主役で、他者は脇役。それが当然だと思ってるお前みたいな女」
初めて、シーくんと目が合う。その目にははっきりと軽蔑の色が滲んでいた。
自分が主役で他者は脇役。真っ先に自分の両親の顔が浮かんだ。私が嫌った彼らの生き方。しかしシーくんから見たら私もそういう人間に見えるようである。
反発する気には何故かならなかった。彼がそう言うのにはなんらかの理由があるだろうと思ったからだ。
シーくんのことは苦手でも、彼が言っていることは間違っていない。そう納得させる力が彼にはあった。
唇に手を当て暫し考える。…しかしあまり思い当たる節がない。
『具体的にどの辺が?』
「ああ?」
『私のどのあたりがお姫様?』
シーくんはドライヤーを止め、無言で私に手渡した。
「自分でわからないのか」
『残念ながらさっぱり』
「……」
やっと服に手を伸ばしている。
今まで全裸のシーくんと普通に会話をしてしまっていた。
シーくんはジャージに頭を突っ込んでいる。私はドライヤーを持ったまま彼の言葉を待った。どんなに態度は冷たくても答えを教えてくれるような気はした。
数を数える暇もなくシーくんは服を身につけている。タオルを慣れた手つきで洗濯機に投げ入れ、脱衣所の扉を開けるシーくん。湿った空気が廊下に一気に駆け出した。
部屋の温度が、一度下がる。
「千秋にしろ、お前のクラスにいる金髪にしろ。中途半端な態度で生殺しにしてるのはお前だろ」
「…その裏で泣いてる”友達”のこと、本当にちゃんと考えてやったことあるのか?」