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皐月は昔からデイダラが好きで、しかしその気持ちを伝える気はずっとなかったと聞いていた。それが何か心境の変化があったらしい。
気持ちを、伝えたのだ。しかしそれは受け入れては貰えなかった。
足元の小石を蹴りながらふぅとため息。
私が何か言える立場ではない。しかし複雑な気持ちを抱くのは致し方なかった。
皐月と、デイダラ。お互いの矢印が向き合っていないことはわかっていた。それは皐月自身も痛いほど理解していただろう。けれども伝えずにはいられない。何故なら好きだから。大好きだからだ。その矢印が自分の方に向いて欲しいと、諦めながら、でも祈りながら。精一杯の勇気をかき集めて伝えたに違いなかった。
デイダラはその一途な気持ちをどう受け止めたのだろう。皐月の誠意に触れて少しでも、彼の気持ちは動いたのだろうか。それとも。
デイダラの矢印が自分に向いていることは既に知っている。気持ち自体はとても嬉しい。でも実際問題私にはサソリがいて、デイダラに靡く事は申し訳ないけれどもあり得ない。デイダラもそれは理解しているだろう。だからこそ彼は私と適度な距離を持った上で付き合おうとしてくれている。ギリギリで、曖昧で、でも私たちにとっては必要な繋がり。そして私自身がその気遣いに甘えている面も確かにあった。
恋愛は面倒だ。相手が自分を好きになってくれないからと言って、簡単に諦められるとは限らない。私も然りである。サソリが私から離れたがっているのを見て、それでも私は彼を手放すことができなかった。重い女の自覚は多大にある。
サソリは、私から離れることを一応諦めてはくれたようだ。しかしそれだって油断はできない。サソリは好きすぎる相手は何故か嫌厭するきらいがある。そこに私が部類されているのは、喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。
やっぱりサソリが一番面倒くさいな、と思いながら私は下駄箱の上履きに手を伸ばす。日は変わって今日は月曜日である。
周りに生徒の姿はまばらだ。考えながら歩いていたため、いつもより少しばかり遅くなってしまったようである。
上履きに足を押し込んでいると、あれっと声が降ってきた。後ろを振り向けば、ジャージを纏った早瀬くんの姿。おそらく部活の朝練から戻ってきたのだろう。頬を伝う汗が太陽に反射してきらりと眩しい。
「おはよう、月野さん」
『おはよう。今日も朝練?お疲れ様』
犬のように懐っこい顔で笑いながらありがとう、と早瀬くん。ドキッとした気持ちをそのまま胸の奥に仕舞い込んだ。サソリは猫系男子だけれども、早瀬くんは犬系男子。レトリーバー系だな、とどうでもいいことを思ってみる。
早瀬くんの顔にうっすら残る痣に目がいく。私の視線の動きに気づいたのか、早瀬くんは靴を脱ぎながら大丈夫だよ、と早口で言った。
「もう全然痛くないから。気にしないで」
『…ごめんね、私のせいで』
「君のせいじゃないって何回も言ってるよ」
早瀬くんが上履きを履く様子をなんとなく眺める。ちらっと覗いたアキレス腱が如何にもスポーツしている男子のそれだ。
「そういう月野さんは、赤砂と仲直りできたんだね」
『……え』
「顔から幸せオーラが出てるから。すぐにわかったよ」
幸せオーラって。一体どんな顔をしていたのだろう。恥ずかしさに両頬に手を当てると、早瀬くんはふっと優しく笑った。
「可愛い、月野さん」
『からかわないで…』
「からかってないよ。本音」
早瀬くんはこういうところがある。思ったことや感じたことを包み隠さずストレートにぶつけてくれて、裏を読まずとも気持ちがとてもわかりやすい。誰かさんとは正反対である。
本当に早瀬くんは太陽みたいな人だ。付き合ったら凄く楽しそうだし、尽くしてくれそう。サソリがいなかったらうっかり好きになってしまいそうなくらい魅力的な人である。あくまでサソリがいなかったら、の話だけれど。
「朝っぱらから女口説いてんなよ、馬鹿千秋」
私が顔を上げたのと、早瀬くんの眉間にシワが寄ったのは同時である。あっ、と思わず声が漏れる。昨日も見た、漆黒の瞳。
シーくんは私を見ないまま、隣の下駄箱から上履きを滑り落とした。隣のクラスだ、というのは昨日初めて知った情報である。
しかしこの二人を見た瞬間綺麗に記憶が重なった。そうだ、シーくんはよく早瀬くんの隣にいる。だから私もなんとなく見覚えがあったのだろう。何故忘れていたのか不思議なくらい、隣り合った二人はあまりにも自然だった。
シーくんもジャージを着ている。同じく朝練を終えたサッカー部なのだと早急に理解した。
「お前そんな体力残ってんならもう一周グラウンド走ってこいよ」
「散々走ったっつの。むしろ今日のメニューはいつもよりハードだったろ」
「でも女口説く余力はあるじゃないか」
「別に口説いてねーし。本当のことを伝えてただけだ」
早瀬くんがちゃんと高校生男子になっている。私に対しては常に大人びた対応なのに、シーくんにはちゃんと年相応の男の子の顔だ。なんだか新鮮である。
上履きを履いたシーくんが私の隣に歩み寄ってきた。昨日のこともあり、なんとなく体が強張ってしまう。というか早瀬くんもシーくんもかなり背が高い。この二人に挟まれるとなんとなく圧を感じる。
シーくんは私を横目で眺めながらふぅん、と意味深に声を伸ばした。
「流石にちゃんとシャワー浴びてきたんだな」
シャワー?と首をかしげる早瀬くん。私は身体が羞恥で震えそうになるのを堪え冷静を装った。わかっている。揶揄われているのだと。こんな煽りに引っかかったら相手の思う壺である。
『なんのことでしょうか』
「昨日彼氏とエッチした後風呂入ってねーみたいだったから」
『ぶっ』
吹いた。こんな不特定多数が行き来する場でまさかそこまで突っ込んだ話をされるとは思わなかった。
隣の早瀬くんが言葉を失っている。私は堪らずちょっと!と声を荒げた。
『そういうこと言わないでよっ』
「なんで?」
『なんでって…そりゃ、プライバシーの問題というか!』
「二股ビッチのくせにプライバシーもクソもないだろ」
『だから二股かけてないしビッチでもないし!』
「じゃあ誰とエッチしたの?」
『そんなのサソリとに決まって……っ、は!』
完全に誘導尋問に引っ掛かった。
早瀬くんが顔の筋肉を固まらせている。無理もない。私とサソリのそういった事情を彼が知りたいはずないからだ。
いつもは明るい彼のこういう顔を見るのは、なんだか私も心苦い。
『す、すみません……』
「…ううん」
謝るのがおかしいのはわかっていても、謝らずにはいられない。早瀬くんは頬をほんのり赤く染めながら私から視線を逸らしている。
気まずい。非常に気まずい。
シーくんは一人満足そうに笑いながら踵を返した。そして自然にそれに並ぶ早瀬くん。
「ざまーみろ」
「お前本当にクソ野郎だな」
「千秋が本命に相手にされてない事実が気持ちよくてたまらなくてな」
「死ね」
早瀬くんは一度私に振り返り、ごめんね、と素早く唇を動かした。私は無言で首を横に振る。小さくなっていく男子二人の背中を見送った。
私がどうこう言える立場でもない。しかし他に適切な表現も思い浮かばない。
シーくん、最強に苦手。
そして鳴り響くチャイム音。まだ自分が下駄箱から一歩も動いていないことに初めて気づく。慌てて教室に向かって駆け出した。完全に遅刻確定である。