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皐月はとても聡くて強い女の子である。でも、実は誰よりも気遣い屋で繊細であることも私は知っている。
ただ事ではない、というのは声を聞くだけでわかった。一分一秒でも早くそばに行きたくて全速力で走った。ヒールを履いてきたことを後悔した。本当は脱ぎ捨てて駆け出したいくらいだった。
公園のベンチでぼーっと座っている皐月を見た瞬間、安堵の気持ちと、煮えたぎる感情が同時に吹き出した。考えるより先に手が出る。目の前の男性に対する攻撃心が抑えられなかった。
振り上げた拳が空を切った。目の前の男性は体をぴくりとも動かさない。顔すれすれで、冷静に私の右手首を掴んだ漆黒の瞳と視線が重なる。
容赦ない力で掴まれた右手首の痛みを誤魔化すように私は奥歯をギリっと噛み締めた。
『何したの!?』
「……」
『皐月に何したのって聞いてんの!』
「ちょっと…美羽、落ち着いてよ」
皐月が慌てて私と男性の間に割って入る。
ごめんね、と言ったのは私に対してではなくその男性に対してだ。
皐月は既に泣き終えていた様子で、真っ赤な目をしながらももう涙は流していない。そして態度はいつもどおり冷静だ。
「別に何もされてないから。たまたま会って、それで」
『…知り合い?』
「そう。知らない?隣のクラス」
言われて、再び男性に目を向ける。言われてみれば、見たことがあるような、ないような。
てっきり、この人が皐月に何かしたのかと思い込んでいた。さあっと顔の血の気が引く。漆黒の瞳は軽蔑を滲ませて私を冷たく見下げたままだ。
私は振り上げていた手を慌てて下ろし、合わせて頭を垂れる。
『ご、ごめんなさい…』
「……」
初めて聞いた彼の声は、盛大な舌打ち音。無理もない。彼にとって私はいきなり全速力で走ってきて罪のない自分に殴りかかってきた危険な女である。マイナスの感情を抱かない方がおかしい。
皐月が険悪な空気を中和しようと考えを巡らせているのがわかる。こんな時にも気を使わせてしまって申し訳ない気持ちで一杯だ。
「ごめんね、シー。これ私の友達。知ってるよね?」
シー、というのがこの男性の名前らしい。皐月の質問に無言で首肯している。どうやら相手は私のことを認知しているようだ。
頭は金髪で軽そうなのに、表情は固めでなんとなく重い。
…私が殴ろうとしたからかもしれないけれど。
「知ってるも何も有名だからな。千秋に二股かけてるビッチだって」
一瞬間を置いて、は?と情けない声が出る。皐月が苦笑した。
「あー…まあ当たらずとも遠からずというか」
『えっと…千秋って早瀬くんのことよね?私二股なんてしてないんだけど』
「まぁどっちでもいいけど。オレはアンタみたいな女に全く興味ないから」
シーと呼ばれた男性は私を横目に見ながら鼻を鳴らした。その態度で察する。恐らく私は前々から彼に好かれていない。そして今回の件で、更に”嫌い”にメーターが振り切れている。
それに関しては弁明のしようもなかった。
「もう大丈夫だから。声かけてくれてありがとう」
「いや。何事かと思って気になっただけだから」
皐月とシーくんが挨拶を交わしているのを黙って見届けた。そのまま去っていくのかと思いきや、シーくんは再び私に向き直る。思わず身構えてしまった。
視線が私の頭から足先までゆっくりと動く。いかにも値踏みするような瞳に不快感。しかしそれを伝えられるほど強く出れる立場でもない。
シーくんは口角を僅かに上げ、持っていた帽子を深く被った。空気が動く。金髪の髪が柔らかく揺れた。
「彼氏とエッチした後はちゃんとシャワー浴びた方がいいぞ」
『……』
顔が引きつる。言い返そうと思って振り返った時には既に彼の背中は小さくなっていた。どうやらランニングの途中だったらしい。かなり足が早い。もしかして陸上部なんだろうか。
それはどうでもいいとして、なかなかにデリカシーのない人である。…ていうか、そんなにやばい?私の今の見た目。臭い?もしかして臭いの?
「ごめん。美羽も。突然呼び出して」
服の袖を掴んでくんくん匂いを確認していると、皐月が声をかけてきた。そうだ、今はそんなことを気にしている場合ではない。
掌から服を逃しながらううん、と首を横に振る。
『全然大丈夫。なんでも話して』
皐月はもう一度小さな声で、ありがとうと言った。