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オイラは実は友達が少ない。派手な見た目と、コミュニケーション能力で誤魔化せているだけで、気を許せる友達、というのは極端に少なかった。
代表格にいるのが飛段である。奴とはそれなりに話の趣味が合い、全く気を使うこともない。そしてそれとは少し違う立ち位置にいるのがサソリの旦那だった。
幼い頃から両親の仲が良く、一緒にいる機会が誰よりも多かった。性格的には真逆。遊びの趣味も微妙に合わない。オイラが外で遊びたい時に旦那はプラレールをやっていて、オイラがテレビを見たい時には旦那は絵本を読んでいた。
しかしなんとなく、居心地が良かった。一緒に遊ぶというよりは、同じ空間にいるだけ、というのが正しいかもしれないが。一緒にいて不快じゃない。一緒にいて寂しくない。それだけで充分、友達だった。
旦那の両親が死んで、更に一緒にいる時間が増えた。相変わらずやりたいことは合わず、別行動。その関係は変わらなかった。ただ、その辺りから少しずつ、旦那だけが変わっていった。
元々無口だった旦那が更に声を発することがなくなり、表情は常に無だった。何を考えているかわからない。そこから、オイラは旦那になんとなく気を使うようになっていった。
サソリの旦那はそこにいるだけで女子に求婚されるような奴で、いつからかオイラといるより女といることの方が増えていった。しかし特定の彼女がいるわけではない。女と一緒にいるところは何度も目撃したが、その誰も旦那の心どころか表情筋すら動かせていないのは明白だった。
でも、それも一つの生き方であろう。旦那がそれでいいなら、オイラが口出しする話でもない。
友達だからと言って何もかも思ったことを言っていいわけではないし、と自分に言い聞かせた。それらしい理由をつけて正当化しておいて、オイラはただ単に旦那の心を動かすことができる自信がなかったのだ。
取っ替え引っ替え誰かを横に置いて、時間を埋めているような旦那。そして相手が自分にとって面倒だと判断した場合はなんの躊躇もなく切り捨てる。それはとても合理的で、あまりにも薄情だった。
人間らしさがない。端正な見た目も相まって、彼はまるで心ここに在らずの人形のようになってしまった。
そしてオイラたちは友達ではなく、ただの同級生になった。
たまたま同じ高校に進学し、たまたま同じクラス。
オイラ達は高校生になってもただの同級生だった。しかしサソリの旦那に微妙な変化が現れたことに気づいたのも、この時期だ。
ある日を境に、旦那の瞳がよく動くようになった。会話をしていても、常にオイラの後ろに何かを探している。
気づいたのは恐らく誰よりも早かった。旦那が懸命に瞳に姿を映し出していたのは、クラスメイトの月野さんだった。
可愛い子、ではある。しかしサソリの旦那が好きになる程の魅力があるとも思えなかった。良くも悪くも普通。大人しいし、常に誰かの顔色を伺っているような消極的なイメージ。なんでだろう、と当たり前に湧く疑問。しかし本人には聞けなかった。好きな子がいることをからかえるほど仲が良くなかったから。
オイラの勘違いかもしれないし、と訝しんでいた気持ちもある。しかしその疑いは間違いだと気付かされるのも早かった。
明らかにおかしいのだ、旦那が。あの表情筋が死滅している旦那がオイラ達の会話に普通に笑みを見せるようになった。
本当に驚いた。両親が死んでから、こんなに人間らしい旦那を見たのは初めてだったから。
一人の少女のおかげで、オイラたちはまた友達になった。
旦那の存在を通して月野さんと話す機会が増えれば増えるほど、なんとなくサソリの旦那が彼女を好きになった理由がわかる気がした。
彼女には自己顕示欲というものがまるでなかった。思春期真っ只中の女子高生というより、まるで母親みたいな人間。そう思うと同時に全て納得してしまう。
口に出したら殺されるだろうが、旦那が美羽に母親の面影を重ねているのは明らかだった。逆にそうじゃなければ不自然だ。旦那レベルの男が、あえて美羽を選ぶなんて。
可愛いけど、普通の子。旦那みたいなスーパーマンと付き合うよりオイラと付き合った方がしっくりくるような子。
友達に戻った旦那の隣は幼き日のように非常に居心地が良かった。しかしそれと同時に、美羽の隣にいるのもそれ以上に居心地が良かった。
彼女は水のように流動的な女の子で、人に合わせるのが非常にうまい。自分がない、と言って仕舞えばそれまでだけれど、彼女はただ流されやすいのかと言われればそうでもなく、樹木のように一本芯が通っていて、それが揺らがない限りは他に執着を持たない人間だった。
可愛くて、儚げなようでいて実は強くて、誰よりも優しい。彼女の魔力にオイラは知らないうちに足を突っ込んでいたのだろう。
ズブズブと埋まっていく足に気づいた時はもう遅く、どう足掻いても抜けられない。
氷のように凍ったサソリの旦那の心を容易く溶かした不思議な少女は、オイラの心も当然のように動かしてしまった。
オイラと旦那は、長年の時を越えてやっと本当の友達になった。この関係を崩したくなくて、ここから一歩も動けない。変化がない、なんてオイラの生き方に反するのに。それでもここでは安定を求めずにはいられなかった。
オイラは怖いのだ。彼女のおかげで成り立っているこの不確かな関係が、少し動きを間違えばすぐに崩れ去ってしまうと知っているから。