32
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ぐぅ、と腹がなる。空腹が限界に近い。しかし何か口に含めば激痛が走り、水を飲むのが精一杯である。
「それにしても派手にやったなー、こりゃ」
デイダラが隣で焼きそばパンを齧りながら失笑した。うるせー、とオレは再びペットボトルの水を口に含む。
「なにがあったんだよ」
「別になんもねーよ」
「またまたぁ。美羽ちゃんの取り合いだろ、どうせ」
ニヤニヤしている飛段に、チッと舌を打つ。と同時に再び口の中に激痛が走った。舌打ちすら満足にできないなんて我ながら情けない。
「取り合いなんてしてねー」
「じゃあ美羽ちゃんが早瀬と浮気してたとか?」
「……」
黙り込んだオレに、えっ!と皆。
「まじで!?」
「美羽に限ってそれはないだろ」
「……。別に何も言ってねーだろ」
昨日の抱き合っている早瀬と美羽のことを思い出し血管が切れそうになる。
わかっている。美羽は早瀬のことをなんとも思っていない。昨日のアレも、恐らく早瀬が勝手にやったことだ。
見た瞬間に理由も聞かず手を出して、美羽を怖がらせてしまったことは反省している。それに関しては、猛省しているが。
早瀬、お前はまじで死ね。
イライラしながら三度水を口に含む。
空腹を紛らわすのも限界である。腹が減った。美羽の作った弁当が食いたい。
…まあ、オレになんてもう二度と作ってくれねぇだろうけど。
その時である。視界が不意に暗くなり顔を上げた。すると、じっとオレを見ている冷めた瞳と目が合う。
「んだよ」
「……」
そこにいたのは皐月である。皐月は腕を組んで無表情でオレを見下ろしていた。
そして次の瞬間。
ドカッ!
「ってぇ…なにしやがんだよ!」
思い切り腹に蹴りをくらった。無防備だったそこにクリーンヒットし、思い切りむせてしまう。
皐月は表情を崩さないままである。どうやら怒っているようだ、ということは察した。
「どういうつもりよ」
「ああ?」
「どういうつもりかって聞いてんのよ」
どういうつもりか、なんてオレのセリフである。
「あんたさ、何してんの?」
「なにが」
「早瀬とあんたが喧嘩しようがどうでもいいけどさ。そんだけ派手にやったら皆の注目は美羽に向かうんですけど。そこんとこちゃんと考えてんの?」
「…好きに言わせとけばいいだろ、別に」
「あんたはそれでいいかもしんないけど、こういう時に攻められるのは女なんだよ。あんた今美羽がなんて言われてるか知ってる?」
「……」
「美羽が早瀬と浮気したとか、二股かけてるビッチだとか。言われ放題よ」
黙っているオレに、皐月は軽蔑の目を向けている。
「知ってるだろうけどアンタのファン質が悪いんだから。ちゃんとフォローしてくれないと美羽が困るの」
無言で頭を掻く。正直そこまで考えていなかった。が、それを口に出してしまったら腹蹴りでは済まされないだろう。
まただ。またオレは彼女を傷つけている。こんなに大事に思っているのに、どうしてオレは彼女に傷をつけることしかできないのだろう。
やはりオレは美羽に似合わない男なのか。認めたくはないが、オレなんかよりは早瀬といた方が彼女はよっぽど幸せだろう。
「まあまあ。喧嘩なんてよくあることだろ。あんま旦那を責めるなよ」
デイダラがフォローをいれる。が、慰められるのも虚しいだけだった。
微妙な空気が流れる中、サソリくん、と聞き覚えのある声。反射で眉間にシワが寄る。
そこにいたのは予想通り南である。南は上機嫌でねぇ、といつも通りの甘たるい声を出した。
「月野さんと別れたって本当?」
「は?」
オレより先に皐月が反応する。皐月は座った目をして南を睨んだ。
「別れるわけないでしょ。何言ってんの?」
「えー、だって皆言ってるよ」
「皆って誰よ」
「皆よ、皆」
南がオレに視線を向ける。オレは目線を逸らした。
「ねえ。どうなの?」
「……」
変わらず無言でいるオレに、は?と今度は飛段が反応する。
「…え、まじで?別れたの?」
「……」
オレのリアクションに、皆が顔を見合わせているのがわかる。南が一人嬉しそうにやった、と声を上げた。
「じゃあさ、私と付き合おうよ。私あんな地味な子よりめちゃくちゃサソリくん楽しませる自信あるし」
腕を絡ませられても、振り払う気力が起きない。皆が色物を見るような目でオレを見ている。もう何もかも面倒だった。説明するのも言い訳をするのもうんざりだ。
美羽がいないなら、もう何もかもどうでもいい。
「調子乗ってんじゃねーよ、ブス」
皐月が南の首根っこを掴んでオレから引きずり剥がした。痛い痛い!と南が悲鳴をあげている。
「部外者がわーわー喚いて話ややこしくすんじゃねーよ、ブスのくせに」
「…ブスってもしかして私のこと!?私のどこがブスなのよ」
「え、ごめん知らなかった?あんたブスよ。あまりにブスだから本人気付いてるのかと思ってた」
「…っ」
南が怒りに顔を赤く染めている。しかし実際問題皐月は南より美人である。それ以前に、彼女に口で勝てる人間は恐らくこの場に存在しない。
「おい、皐月。お前言い過ぎ、うん」
「なによ。事実でしょ」
「事実でも言っていいことと悪いことってもんがあんだよ…うん」
デイダラが窘めている。しかし奴も南の発言に気分を害したのだろう。微妙なフォロー以外は何も言わない。
「南さん。オレたちもまだよく事情が分かってないから。あまりことを大きくするのは辞めてもらっていいかな?」
場に似合わない穏やかな声色でイタチが言った。そう言われてしまうと、南も何も言えなくなってしまったようだ。
皐月のことを思い切り睨んでから、南は踵を返した。皐月がチッと舌を打っている。相変わらず態度が悪い女である。
「サソリ」
「ああ?」
「これ以上美羽を傷つけたら、蹴り一発じゃ済まないから」
「……」
皐月はそう吐き捨てこの場を立ち去った。
ふーっ、と鬼鮫が大きな息を吐いている。ギスギスした空気に耐えかねたのだろう。
「…で。どういうことなんだよ。本当に別れたわけじゃねぇよな?うん」
デイダラが低い声で言った。冷静を装ってはいるが、微妙に怒りの感情が滲んでいる。
「黙ってちゃなんにもわかんねーんだけど」
「…お前には関係ない話だ」
痺れを切らしたように旦那!とデイダラ。
「そうやって黙り込むのは旦那の悪い癖だ。言わなきゃ何も伝わらねーぞ、うん」
早瀬にも言われた言葉である。そして思うことは一緒だ。
なんでも真っ直ぐに思ったことを彼女に伝えられるなら、こんなに苦しんでいない。
オレは無言で席を立った。デイダラが呼び止めているのを無視して、廊下に出る。
今日は美羽と会話どころか目も合わせていない。もうどのツラ下げて美羽に会えばいいのか全くわからなかった。
喧騒を逃れようと足が自然と視聴覚室に向かう。とにかく一人になりたかった。
ガラッと扉を開けると、埃の匂いが鼻をついた。決していい匂いではないのに、この不快な匂いになんとなく安心する。
教室に入ると、机の上に汗をかいたビニール袋が置いてあることに気づいた。
瞬時に違和感を覚える。人が出入りする機会もないこの教室に、誰かが何かを忘れるとは考え辛い。
芽生えた好奇心には勝てなかった。机に近づき軽い気持ちで袋を覗き込む。そしてオレは、その軽率な行動をすぐさま後悔した。
そこに入っていたのは片手で飲むタイプのゼリーだった。様々な味が詰め込まれ、袋ははち切れそうなくらいにパンパンになっている。
誰が置いていったかなんて、考えるまでもなかった。
額を押さえ、目を瞑る。口の中がシクシクと痛い。
オレはあんなに彼女のことを一方的に傷つけたのに。彼女は何故こんなにもオレに優しいままなのだろう。
出会ってから今日というこの日まで、優しくなかった美羽をオレは知らない。
美羽のオレに対する無償の愛情が辛い。逃げてばかりのオレに、健気に向き合おうとする彼女がとんでもなく愛しくて、そしてどうしようもなく苦しい。
手を突っ込み、ゼリーを一つ取り上げた。雑に蓋を開け口に含むと、マスカットの爽やかな味が喉元を通り過ぎる。ぴりり、と再び鋭い疼痛が走った。
「いってェ…」
気づいていた。口の中じゃない。痛いのは心だ。
彼女の真っ直ぐさが、今のオレにはどうしようもなく痛い。