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つかつかとこちらに歩み寄ってくる足音。次の瞬間、ガツン!と鈍い音がして早瀬くんが私から離れた。ガタッと机が無造作に倒れる。
『…っ、早瀬くん、大丈夫!?』
頬を押さえて倒れている早瀬くんに思わず走り寄ろうとする。が、それは叶わず肩を思い切り引っ張られる。
振り返れば、そこには予想通りサソリが立っていた。氷のように冷たい顔をした彼は全く私を見ていない。早瀬くんを見下ろしながら、サソリは静かに口を開いた。
「何した」
「……」
「コイツに何したかって聞いてんだよ」
『なにもされてない、から…やめて…』
声が上ずってしまう。ここまで激昂しているサソリは見たのは初めてだった。
サソリは早瀬くんから目を逸らさない。対する早瀬くんはサソリを睨み上げながらゆっくりと身体を起こした。
「…それはオレの台詞なんだけど」
「ああ?」
「お前こそ月野さんに何したの?」
「…なんだそれ。別に何もしてねぇよ」
「なにもしてねぇならなんで彼女が泣くんだよ」
サソリが初めて私を見た。思わず一歩後ずさってしまう。
「なに。お前オレのせいで泣いてたの?」
『……』
「お前が泣かせたんだろ」
「お前に聞いてねーんだよ。オレは美羽と話してんだ」
サソリがイライラした様子で私の腕を掴んだ。制御されていない強い力。痛みに私は顔を歪める。
サソリの瞳が相変わらず氷のように冷たい。
「オレに言いたいことがあるならハッキリ言え」
「お前が喋らせてないんだろ」
「あ?」
「そんなに威圧したら萎縮するだけに決まってんだろ。ちゃんと話聞いてやれよ」
「……。テメェにそんなこと言われる筋合いねぇんだよ」
「あるに決まってんだろ。オレは月野さんが好きなんだよ」
「まだそんなこと言ってんのかよ。全然相手にされてねーくせに」
二人の口論が加熱する。とても私が仲裁できるような雰囲気ではなかった。
「頼むからもっと優しくしてやってくれよ。見てて可哀想になってくるんだよ」
「だからテメェに言われる筋合いねぇって言ってんだろ」
「まじでイラつくんだよお前。なんでそんなに彼女を雑に扱えるんだ」
サソリが早瀬くんを馬鹿にしたように笑った。
「もしかして羨ましいのか?コイツはオレのだからな。オレがどうしようがオレの勝手なんだよ…ッ!」
ガッ、と鈍い音。今度は早瀬くんがサソリの頬を殴った。チッ、と舌を打ったサソリの口元に血が滲んでいる。
「…ってぇな、何すんだよ」
「オレは本気でお前が嫌いだ」
「オレだってテメェが大嫌いだよ」
『…っ、ねぇ、ほんとにやめて、二人とも』
弱々しくも止めようとした私の手をサソリが振り払う。それを見た早瀬くんが更に目を鋭くさせた。
だめだ。今の二人に、私の声が届く気がしない。
「お前本当に月野さんのこと好きなのかよ」
早瀬くんの言葉にサソリが息を止めた。私はサソリの顔が見られない。
「彼女に対するお前の態度は目に余る。本当はそんなに月野さんのこと好きじゃないんだろ」
サソリは何も答えなかった。チク、チク、と時計の秒針の音だけが教室に虚しく響きわたる。
次の瞬間、またサソリが一歩足を踏み出した。いけない、と思った頃には再びサソリが早瀬くんに拳を振り上げる。
「テメェなんかに何がわかるんだよ!」
鈍い音の合間に、サソリの憎悪にも近い声が響き渡る。
「好きだからこそ言えねぇことがある。相手を大事に思ってるからこそ超えちゃいけねぇ一線がある。そういうこと、お前考えたことあんのかよ…ッ!」
早瀬くんが負けじとサソリに応戦する。男同士の殴り合いを間近で見て、私は身体が全く動かなかった。
「そんなのは言い訳だ、言わなきゃなんにも伝わらねぇんだよ!」
「……っ」
「好きなら優しくしてやれ。なんでそんなに簡単なことができねぇんだよ!」
「全然簡単じゃねぇんだよ!」
「…ッ…」
「優しくするだけでいいならとっくにしてる。どうでもいい相手だったらこんなに悩んでねぇ…ッ、コイツのことが好きだからこそこんなに苦しいんじゃねぇか!」
サソリは早瀬くんの胸ぐらを掴みながら叫んだ。
「一度も大事な人間を失ったことのないお前にはわからねェ…わかられてたまるか。お前なんかがオレに知ったような口聞いてんじゃねぇよ!」
「…何してんだ、お前達」
その時である。騒ぎを聞きつけたのか、ただ単に見回りだったのか。そこにはマダラ先生が立っていた。マダラ先生は喧嘩している二人と泣いている私を見てあからさまに面倒臭そうな顔をしている。
「何があったかは知らないが、お前らの好きな女が泣いてるぞ。…それくらいにしておけよ」
マダラ先生が至極冷静に言った。私に歩み寄り、大丈夫か?とマダラ先生。私は目を擦りながら必死に首を縦に振った。
サソリと早瀬くんは第三者を見て冷静になったようである。と同時にお互い傷の痛みに顔を顰めている。無理もない。二人とも振り上げた拳は数えきれないレベルだった。滴る血液を見てこちらが貧血を起こしそうになる。
マダラ先生がよろけた私の体を支えながらサソリを見た。
「らしくないな。お前がそんなに感情的になるなんて」
「うるせぇ…」
マダラ先生の言葉に素っ気なく答えるサソリ。顔がいつも通りの無表情に戻っている。何事もなかったかのように自分の席に歩み寄り、カバンを持ち上げた。どうやら帰るつもりらしい。完全に私をスルーして廊下に歩いて行ってしまう。
『…待って』
私の声にサソリは足を止め、振り返らずに静かな声で言った。
「優しい男がいいならオレはやめとけ」
『…え』
「オレはこれからもきっとお前を傷つけるから。お前の期待には答えられない」
『……』
「もうお前も無理する必要ねぇから」
サソリはそのまま廊下を歩いて行ってしまった。
追いかけたいのに、足が動かない。
無理する必要ないって、なにそれ。私がいつ、無理してたっていうんだろう。
呆然と立ち尽くしている私の頭を、マダラ先生がぽん、と叩いた。
「車で送る。今日はもう何も考えず寝ろ」
『……』
「早瀬も乗っていくか?」
マダラ先生が早瀬くんに目を向けた。早瀬くんは右手の拳を労わるように擦りながら首を横に振る。
「…いや、僕はいいです。一人で帰ります」
早瀬くんはよろよろと私に歩み寄ってきた。一瞬足がすくんでしまう。
早瀬くんはあざだらけの顔で私を見下ろした。
「ごめんね。怖い思いさせて」
『…ううん。私もごめんなさい、止められなくて。…痛いよね』
早瀬くんがへへっと力なく笑う。
「全然!って言いたいところだけど正直めちゃくちゃ痛い。アイツ喧嘩も強いんだね」
『私も、知らなくて。あんなに怒ったところ見たことなくて』
「……。僕のせいで、本当にごめんね」
私はかぶりを振った。早瀬くんはいつも通りの優しい笑みを向けてくれる。
そしてマダラ先生に向き直り、深々と頭を下げた。
「すみません、先生。月野さんのことよろしくお願いします」
明らかにボロボロなのに、早瀬くんはこれ以上私に弱みを見せたくないようだった。男のプライド、というやつなのかもしれない。
早瀬くんが去り、教室に残された私とマダラ先生。先生がやれやれ、と大きなため息をついた。
「若いな。本当に。恥ずかしいくらい若い」
『……』
青春だな、と呑気な先生。私は下を向いた。
『先生』
「うん?」
『サソリのあの言葉って、どういう意味だと思いますか』
「……」
マダラ先生は何も言わない。大きな掌が、再び私の頭を優しく撫でた。
「今日は何も考えるなと言ったはずだぞ」
『……』
「…まぁ、そうだな。一つだけ言えることがあるとすれば」
マダラ先生は唇に手を当てながらふ、と小さく笑った。
「男はお前が思っている以上に馬鹿なんだよ」
『…は?』
馬鹿?
『どういう意味ですか?』
私は再びマダラ先生に問う。しかしそれ以上、マダラ先生は何も答えてはくれなかった。
オレンジ色に染まった教室が、静かにゆっくりと闇に飲み込まれていく。
この日の光と同じだ。私たちは今、お互いにお互いの気持ちが全く見えていない。