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文化祭が終わり、クラスには日常が戻った。一連の流れを通して、女子の間ではそれなりに和解が結ばれたようだった。心の内はオレに知る由もないが、表面上は皆仲良くやれているようである。勿論美羽もその一人だ。
女子集団に紛れて笑う美羽を遠目に見ながら、オレは手に持っていた飲み物のストローを噛んだ。ズズッと吸い上げたところで、デイダラがオレを見つめていることに気づく。
「んだよ」
デイダラが無言でオレの手元を指差した。
「いちごみるく」
「ああ?」
「旦那が甘いものを欲する時。それは」
「それ以上言わなくていい」
オレの返答に、デイダラはへへっと眉を下げて笑う。
「今度は何?うん」
「……」
頬杖をつきながら暫し思慮する。しかし、何度考えても行き着く先は同じであった。
「…傷つけた、のかもしれない」
「うん?」
「間違ったことを言ったつもりはねーんだが。アイツにとっては言って欲しくないことだったんだろうな」
「……」
デイダラが、全然わかんねぇんだけど。と言った。そりゃそうだろう。オレにも彼女が何故あんなに怒ったのか正直よくわからない。
オレは美羽に当たり前の選択肢を示しただけなのである。それを選ぶ選ばないかは彼女の自由だ。むしろ、美羽がこんなにも怒るのは彼女もオレと同じ不安を少なからず持っているという証拠だろう。認めたくないからこそ、怒って誤魔化している。
口先で永遠を誓うのは簡単だ。しかしそんなものに価値があるとも思えなかった。
納得していない様子のデイダラをそのままに、オレは席を立った。今はこの件についてあまり触れられたくない。いかんせん自分の心の中すら整理できていないのだ。口で説明できるわけもない。
騒がしい教室を後にすると、爽やかな風が頬を撫でた。9月も終盤に差し掛かり、秋の足音が遠くから聞こえる。永遠に続くかのように思われた夏の暑さも、もう既に影を潜め始めていた。
何事も始まりがあれば、終わりがある。当たり前の現実だ。それは努力でどうにかできるものでもない。
「サソリくん!」
相変わらず砂糖をかけたような甘ったるい声を出す女である。隠す気もなく大きなため息を吐き出して、オレは仕方なく顔を上げた。
「またお前かよ。暇だな」
「だってサソリくんと話したいんだもん」
彼女の名前は南桃香。覚えたくもないのに何度も唱えられ脳がいらない情報を処理してしまった。優秀なのも考えものである。
夏季講習の日から、オレの隣に美羽がいないタイミングを狙って声をかけてくる面倒な女。ここまでオレにあからさまなアプローチをかけてくる奴は珍しい。
「今日は何だよ」
「だからサソリくんと話したいの」
そういいつつ、コイツはオレと会話をする気はさらさらない。自分の話を一方的にオレに聞いてもらいたいだけなのである。コイツに限らず女は大体そういう生き物だ。
オレが相槌をうたずとも南は一人で喋っている。親しくもないのにどうしてこんなに個人情報をべらべら喋れるのだ。本当にウザい女。何度生まれ変わってもオレはコイツを全く好きにならない自信がある。
いつもは無視して教室に戻るところだが、今日はそういう気にもならず南の声を聞くともなく耳に流していた。そしてふと、頭に沸いた戯言。何も考えずにコイツとセックスしたら楽なんだろうな、と。
美羽と出会う前はそうだった。適当に見繕った女を抱いていればそれなりに楽しかった。何も気を使うことはないし、面倒ごとが起きそうになったら切り捨てればいい。そこにあるのは快楽のみ。相手がいなくなることに不安を覚えることもない。変わりはいくらでもいる。
「…?サソリくん、なに?」
「……」
オレはじっと南を見た。好みの顔ではない。しかし別に不細工なわけでもない。
オレは初めて、自分から南に話題を振った。
「お前さ、セックス好き?」
「え…ッ!」
南の頬が朱に染まる。思ったよりも初心なリアクションだ。しかし、それを気にする気もなかった。
「な、なに急に…」
「別に。少し気になっただけだ」
「……」
南が少し悩む仕草を見せる。計算された角度で上目遣いにオレを見る彼女が、美羽と全く重ならなくて安心する。
ああ、と南が納得したように相槌をうった。
「わかった。イマイチなんでしょ、月野さん。下手そうだもんね」
ムッとしたが、コイツに理解される必要もないと思い直す。
「質問にだけ答えろ。他の話は興味ねぇ」
「うーん。好きか嫌いかでいったら好きだけど。別にそこまで積極的にしたいわけでもないって感じかなぁ」
唇に手を当て、恥じらいを演じながらオレを見る南。
「でも、サソリくんならいいよ」
「……」
「サソリくん上手そうだし。楽しそうだから」
概ね予想通りの反応である。南は美羽にマウントを取りたくてたまらないのだ。身体を結べば、美羽に勝ったと思い込んで彼女面をし始めるに違いない。
本当に女は馬鹿な生き物であると確信すると同時に、目の前の女に微塵も魅力を感じていない自分に少なからず落胆した。
「…やっぱりねーな」
「は?」
「すぐヤれる女に興味ねぇんだわ。やっぱり女は多少面倒なくらいが丁度いいな」
ポケットに手を突っ込みながら踵を返す。後ろで南がごちゃごちゃ言っていたがもちろん聞く気はなかった。
手頃な女に乗り換えた方が確実に楽だということはわかっているのに。どうして2年前にできていたことができなくなったのだろう。
人を好きになることがこんなに不自由なことだとは思わなかった。
気分が乗らず、妙にイライラする。
次はサボるか。視聴覚室へ行けばどうせ空いている。スピードを緩めず方向転換すると、眼の端で誰かが身体を慌てて隠した気配。それが誰なのかはすぐにわかった。
振り返れば予想通り美羽が壁に張り付いて目を泳がせている。一体いつから見ていたのか。おそらく最初からだろうな、と予想しながらオレは彼女に声をかけた。
「なにしてんだよ」
他の女との会話を聞かれた後ろめたさもあり、思ったよりも刺々しい声が出てしまった。大きな瞳が意識してオレから目線を逸らしている。
『…偶然通り掛かったから』
「あ、そ。授業始まるから早く教室戻れ」
それだけ言って彼女に背を向ける。後ろで美羽がえっ、と小さく声を漏らした。
『…サソリは?』
「お前には関係ないだろ」
わざと彼女が傷つく言葉を選んでいる自分に自分でイライラした。
美羽は何一つ悪いことをしていないのに、優しくできない。要は八つ当たりである。美羽はオレの態度に不服な様子で頬を膨らませた。
『関係あるもん…』
「ねぇよ。早く戻れ」
腕を掴まれる。寒くもないのに彼女の指先がひんやりと冷たい。
『なんでそんなに怒ってるの?』
「別に怒ってねーよ。そもそも怒ってるのはお前の方だろ」
『……』
美羽は憂慮の瞳を向けている。彼女は基本的に争いを好まない。自分から怒りをぶつけたはいいものの、オレと冷戦状態になることを危惧しているのだろう。
一言ごめんと謝ればいい話なのだ。しかし、そうする気にはどうしてもなれなかった。
オレの彼女への愛情はもはや暴力だ。彼女を貶めて、自分の支配下に置きたいと考えてしまう自分自身のことが、オレは怖かった。
自分がこんなに愚かな人間だということを今まで知らなかった。不格好な自分を美羽に悟らせないようにするよう今のオレは必死だ。
彼女の前でだけは、いつだって冷静でかっこいい大人の男でありたい。
「暫く一人にしてくれ。頭冷やしたい」
美羽の顔が強張る。オレの腕を掴む指に弱い力が入った。
美羽は、初めてオレと会話をした日と同じ顔をしていた。