30
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
大人は過ぎ去った青春を美化したがる。人生の中で青春は宝で、素晴らしく綺麗なものでなくてはならないと。大人に洗脳されて、プレッシャーを感じている子供も少なくないのではないだろうか。
あくまで私個人の意見としては、青春が綺麗なものでなくてはならないとは思わない。青春は人生の中でむしろ一番泥臭くあるべきである。沢山間違えて、失敗して、後悔する。痛々しい経験をすることが青春の醍醐味だ。
…まあ、間違い続けてきた自分を正当化したいだけじゃないかと言われてしまえば、否定はできないけれど。
喧騒から逃れ、私は裏庭に辿り着いた。するとそこには沢山のコスモスが咲いている。懐かしいな、と思った。昔私が通っていた時も、ここにはコスモスが咲いていた。学校とは不思議なものだ。どんなに年月が経って人が変わろうとも、決して変わらないものが残っていたりする。
「変わらないな」
心の声が口に出たのかと思った。そんなはずない、と気づいた時にはもう遅い。
でも、大丈夫だ。大人になった私は、あの日のように間違えることはない。
「変わらないわけないでしょう。何年経ったと思ってるのよ」
「まあ、確かに多少は老けたな。変わらないは言い過ぎか」
その言葉にカチンとくるも、態度に出すのはプライドが許さない。
私は素知らぬ顔で、彼を見た。約20年ぶりに会う彼は、すっかり男の人になっている。
「そういううちはくんも老けてるじゃない」
「当然だろう。何年経ったと思ってるんだ」
彼は余裕の笑みを顔に貼り付けていた。その表情に、高校時代の名残を感じる。変わらない、と言いそうになり慌てて口を噤んだ。
変わらないわけがない。私たちはもう、立派な大人なのだから。
「で?今更なんの用よ」
「別に用などない。たまたま見かけたからな」
「…普通声かける?」
「自分の生徒の母親だからな。声くらいかけて何か問題あるか?」
生徒の母親ね。まあ、間違ってはいないけど。
私の不満を察したのか、うちはくんはニヤッと怪しく笑った。
「まさか特別扱いしてほしいとか言わないよな?」
「言うわけないでしょ!くだらないこと言わないで」
なんなのよ。わざわざ声をかけてきて嫌味を言うなんて。昔から本当に全く変わっていない。
謀ったかのようにスマホが振動した。見れば【今から向かう】の文字。彼は昔からタイミングが良かった。逆にうちはくんはいつもタイミングが最悪である。
「真広くんが迎えにくるから。じゃあね」
「相変わらず仲が良いな」
「そりゃそうでしょ夫婦なんだから。あ、まだ独身なんだっけ?そりゃわからないわよね」
べ、と舌を出して私は踵を返した。正直二度と会いたくない。まさか娘の担任として再開してしまうなんて、神様がもしいるとしたらきっと意地悪な顔をしているんだろう。
「よかったな」
その言葉に、足を止めた。無表情で振り返る。
彼は相変わらず顔に余裕を貼り付けたままだ。この顔が昔から大嫌いだった。
うちはくんは数秒私を見つめた後、また小さな声でよかったな、と言った。
「自分の選択に、後悔していないようで」
その言葉に、カッとなった。
「後悔なんてするわけがないでしょう」
「……」
「私たちには美羽がいる。後悔なんてしたらあの子の存在を否定することになる。それは絶対に嫌なのよ」
無言のうちはくんに、私は吐き捨てるように言った。
「私たちは幸せよ。だからもう、これ以上邪魔しないで」
今迷うくらいなら、あの時もっと、迷っておけばよかったのだ。大人になって決めてしまった後では、覆せないのだから。
地面を踏み鳴らしながら、やっぱり来るんじゃなかった、と舌を打った。
私は変わり果てている彼の姿が見たかった。それなのに全然変わってない。少し喋っただけで、あの時代に戻った錯覚を覚えてしまうくらいには、彼はあの日のままだった。
あの日は追ってくれた彼が、今はもう、追ってきてはくれない。その当たり前の現実に傷ついてしまう自分に絶望した。
「…嫌いよ」
嫌いだ。誰よりも嫌いだ。
あの時貴方を選んでいたらと考えてしまう弱い私が、私は大嫌いだ。