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ヒナタが喧嘩しているオレたちを見てオロオロしている。オレは手で彼女に裏に戻るように促した。
美羽が頬を膨らませながらオレの目の前の席に腰掛ける。
『相変わらず失礼なんだから。どうして小難しい数式は覚えられるのに人の名前は覚えられないのよ』
「興味のないものは覚えらんねぇんだよ」
『嘘。ヒナタちゃんのこと結構タイプなくせに』
地味子がオレのタイプ?何故そうなるんだ。
『ああいう大人しめの清楚系好きでしょ?』
「すまんが全くタイプじゃない」
『え、嘘』
美羽が目を丸くしている。オレは首肯した。
「あのどこから見ても善人そうなタイプはちょっと物足りなくてな。もう少し性格はひねくれてる方がいい。普通の奴には手に負えなさそうなめんどくさい奴がタイプ」
少し考えた様子を見せ、遅れて眉間にシワを寄せる美羽。オレの言葉の意図に気づいたらしい。
『ちょっとそれどういう意味よ』
「美羽ちゃんが最高に可愛いという話だろ」
『全然つながりがないんですけど!』
「うっせーよ。他の客が迷惑がってるから静かにしろ」
次に現れたのはサスケである。入れ替わり立ち替わり忙しい奴らだ。馬鹿にしたようにオレたちを見下ろしているが、頭にはグレーの猫耳がついている。最高に似合わねぇ。
サスケはオレたちを見ながらフンッと鼻を鳴らした。
「お前らいつも喧嘩してんな」
『あれ?サスケくん。表には出ないんじゃなかったの?』
美羽の言葉に、サスケは顔を顰める。
「お前が出ろ出ろうるせーからだろ」
『冗談なのに。でも可愛いよ、サスケくん』
「嬉しくねぇよ」
サスケも普段からよく美羽に振り回されている。美羽はオレが把握していた以上に一年との関わりが深いらしい。よくわからない人脈である。
サスケはテーブルの上にどん、と皿を置いた。見れば猫型のプリンである。わぁ!と美羽が歓声を上げた。
『可愛い~!』
「頼んでねえんだけど」
「サクラといのから。サービスしろってよ」
美羽は大喜びである。オレは残りのアイスコーヒーをズズッと啜った。
「それ食ったらとっとと帰るぞ」
『えー、もう?』
「お前が早く帰りたいって言ってたんだろ…」
美羽がスプーンを口にくわえながらきょとんとしている。一条のことを気にしていたのは完全に忘れ去っている様子。
少し考えた仕草を見せた後、あっと声を上げた。
『そういえばそうね。忘れてた』
「…お前も大概適当だよな」
美羽はプリンを食べながら呑気に笑う。
『サソリとのデートが楽しくてうっかり忘れてたの』
「さっきまで他の男といちゃついてたやつの言うセリフじゃねえな」
『えー、別にいちゃついてないよ。ね、サスケくん』
「当たり前だろう」
フン、とサスケが鼻を鳴らす。
「顔を合わせればお前の愚痴か男の話ばっかりだぞ、コイツ」
『ちょ!サスケくん!バラさないでよ!』
美羽の慌てぶりからしてサスケにはかなり本音を話しているようである。オレは頬杖をついた。
「ふーん?やっぱりオレに不満あるんだろ、お前」
『違くて…ちょっといろいろ話して解消してるだけで、不満とかそういうわけでは…』
「何故?言えばいいじゃねぇか。ヒロトくんの方が優しい、ヒロトくん大好きって」
「ヒロトくん?」
『さ、サスケくん!それは言っちゃダメ!』
完全にしどろもどろになっている美羽。オレは爽やかに笑った。
「ヒロトくんって誰?」
『……』
押し黙る美羽。は?なんだよ。まじで浮気でもしてんのかコイツ。
オレのピリピリした空気を察してか、美羽は観念したようにスマホを取り出した。操作してから机の上に置く。
見ると、ビビットカラーの鮮やかな画面。オープニングアニメのようなものが流れる。オレは眉を寄せた。
「なんだこれ。スマホゲー?」
「乙女ゲームってやつだよ」
「乙女ゲーム?」
「毎回オレのとこ来てこれやってる」
サスケはうんざりした様子である。どうやらうちの美羽ちゃんが多大なご迷惑をおかけしているらしい。
『だって面白いんだもん!』
「で、これに出てくるキャラの話ばっかり。毎回うるせーのなんの」
「……」
オレは再び画面に視線を落とした。異様にキラキラした目の男子が多数登場している。若干オタク気質だとは思っていたが、これほどまでとは。
「くだらねぇ…こんなのやってる暇があったら1秒でも多く勉強しろよ」
『勉強に支障がないようにちゃんと時間決めてやってるもん』
美羽はそそくさとスマホを回収した。次のテストで成績が落ちたらデータ消そう、と心の中で決意する。
『三次元の男子はめんどくさいもん。浮気する暇があるなら私はヒロトくんに会いに行く』
「それ自体浮気じゃねぇか」
『違うよ。ヒロトくんはみんなの王子様だから。私は周りでキャーキャー言ってるモブなの。付き合いたいとかそういうのはなくて、ヒロトくんの家の壁になりたい的な』
「ちょっと何言ってるかよくわからない」
オレのような絶世の美形を彼氏にしておいて、二次元の男子に何を求めているのかが本気で理解できない。世の女が聞いたら総スカンくらうぞこのビッチ。
『フィクションだからいいものってあるでしょ』
「つまりAVみたいなもんってことか?」
『う…そういわれると微妙だけど…そうとも言えるのかな…』
「あら?美羽?」
オレが声の出所に目を向けたのと、美羽が顔を顰めたのはほぼ同時である。
「…こんにちは、真白さん」
「あら、サソリくん。どうもー」
そこには美羽と同じ白い猫耳をつけた真白さんが立っていた。真白さんはいつも通りの呑気な笑顔で手をフリフリしている。
は?まさか母親?とサスケが驚愕しているのがわかる。真白さんを初めて見た人間は大体こうなる。
『なんでこんなとこにいんのよ』
「えー、猫喫茶って楽しそうだなーと思って」
『それ以前に来るなって言ったでしょ!』
「猫耳似合うでしょ?私なんでも似合うからー」
『だから少しは人の話聞きなさいよ!』
相変わらずの親子の会話である。真白さんは当然のようにオレの隣に腰掛けた。
「真白さん何飲むんですか?」
「うーん、アイスティーにしようかな」
「サスケ。アイスティー頼む」
「…おう」
サスケはまだ理解し得ない表情をしながら裏に消えていった。無理もない。顔はそっくりなのにキャラがこれである。誰だって適応するのに時間がかかる。
美羽は完全に不機嫌だ。ミルクティーを飲みながら座った目をしている。
少しだけ考えた。この二人は一緒にしておくと大体ろくなことにならない。
「美羽。お前先にクラス戻れ」
『…なんでよ』
「まとめる奴がいないと混乱してるかもしれねーだろ」
美羽は嫌そうな顔をしている。しかし、クラスのことが気になるのは事実なのだろう。美羽は残りのミルクティーをずずっと吸い込み、真白さんを睨みながら席を立った。
『お母さん。ジュース飲んだら帰ってよ』
「はいはい、わかってるわよぉ」
いつもの呑気な様子で真白さんがまた手をフリフリ。美羽はごめん、サソリお願いね。あと後でお金返すから払っておいて。と小走りに教室を去って行った。
運ばれてきたアイスティーを受け取り、真白さんに手渡す。ミルクかガムシロップいりますか?の言葉に彼女は首を横に振った。
「サソリくん。女の世話し慣れてるわね」
「はい?」
「女にミルクとガムシロップの使用を聞けるのは遊び人の証拠よ」
オレは失笑した。美羽は基本的に飲み物をストレートで飲まない。アイスティーにはミルクを二つ、がオレたちの常識だ。今回真白さんに聞いたのはその認識の延長である。
「それほどでもないです。むしろ娘さんにお世話されっぱなしですよ」
「嘘ね。美羽に振り回されてるでしょう」
「…それは否定できませんけど」
最近は特に美羽の思惑に付き合わされていたので疲れていたのは事実である。が、それが嫌かと言われたら別の話だ。案外楽しんでいる自分もいる。
「ごめんね」
「?」
「また何かあったんでしょう、あの子」
真白さんが珍しく神妙な面持ちだ。彼女は美羽が学校で何かあり、様子がおかしくなったことを知っている。まともな親が心配しない方がおかしいだろう。真白さんは何も考えていないように見えて、美羽の中学時代の傷を非常に気にしている。また同じことを繰り返すのをおそらく誰よりも恐れているのだろう。今日は様子見も兼ねて学校に足を運んだに違いない。
「本当に何も言ってくれないのよ、私には」
「……」
「まあ、私がこんなだから。信用されてないのもわかるけど」
オレは少しだけ悩んでから言った。
「信用されてないわけじゃなくて、心配させたくないんですよ」
美羽は何かあればあるほど物事を隠す傾向にある。オレにだって積極的には言ってこない。
「大丈夫ですよ。娘さんは案外強いですから。むしろオレよりしっかりしてる」
『美羽がサソリくんよりしっかりしてる?それは流石に言い過ぎでしょう』
「それが言い過ぎじゃないんですよ」
一連の流れを思い出し、彼女のことを改めて客観的に評価する。
「彼女は感受性が強いです。それが今まではネガティブに働くことが多かったのは事実だと思います」
現に、中学の時はそれで潰されてしまっている。真白さんもそれを見たから心配しているのだろう。
「でも感受性が強いからこそ、人には見えない色々なものが彼女には見えている。今の彼女にはそこから考えて、一人で解決できる能力もあります。彼女は聡いですよ。多分オレたちが思っている以上に」
彼女は人に沢山傷つけられてきた分、誰かを傷つけることを嫌っている。昔の傷を汚らわしいものだと蓋をせず、逃げずにきちんと学んできた結果なのだろう。
それこそ、オレからの手助けなんて必要ないくらいに。
「…美羽はもう、大丈夫です。安心してください」
呟くようにそう言うと、真白さんがふふっと笑った。相変わらず笑顔が美羽にそっくりである。
「サソリくんは本当に大人ね」
その言葉に、なんとなくトゲを感じた。オレは彼女の言葉の意図を探る。
「大人?何処がですか?」
「寂しいのに、本当は寂しいって言えないところ」
「…は?」
寂しい?この流れでなぜオレが寂しいという話になるのだろう。
真白さんはアイスティーを一口。ローズカラーの口紅がよく映えている。彼女は相変わらず自分の魅力を十分に理解している大人である。
「美羽が成長して、依存してくれなくなったことが寂しい」
「……」
「私にはそう言ってるようにしか聞こえないわよ」
考えるより先に、否定の言葉が喉元に迫り上がった。
「別にそんなことは考えていません。それじゃまるでオレが彼女の足を引っ張りたいみたいじゃないですか」
「実際引っ張りたいのよ」
「……」
「サソリくんは、弱い美羽が好きなのよ。だってその方が支配しやすいもんね」
無言のオレに、真白さんは変わらず呑気な顔で笑う。
「別に責めてるわけじゃないの。ただ、そんなことを考えてしまう程度には貴方はまだ子供なんだから。それをきちんと自覚した方がいいわよ」
子供なんだから、と他人に言われたのは初めてかもしれない。ご両親が亡くなったんだからしっかりね、もう子供じゃないんだから、と言われ続けていたオレにはしっくりこない言葉である。
不満な気持ちが顔に出たのだろう。真白さんは目を伏せて笑った。
「迷ったり、間違ったり、わがままを言えるのは子供の特権なの」
「は?」
「その特権を今から放棄しちゃうなんてもったいない。皆、平等に大人になるんだから。焦って一人で大人になるのはもう辞めたら?」
真白さんにしては珍しく強い口調だった。居心地の悪さに耐えられず誤魔化すように頭を掻く。
「どういう意味ですか?」
「教えてあげない」
「……」
「一生懸命悩んでね」
真白さんはさっさとアイスティーを飲み終え席を立った。絶対に教室に連れて行けと言われると思ったのにどうやらこのまま帰るつもりらしい。財布を出した真白さんを制しながらオレは言った。
「教室行かないんですか?」
「うん。美羽に怒られるし」
いつも怒られても美羽の言うことを聞かない真白さんはどこにいったのだろう。
オレが払いますよの言葉も聞かず、真白さんは3人分のドリンク代を払って教室を後にした。引き留めるのもおかしい気がして、真白さんの後ろ姿を目で追う。
そしてオレはやっと気づいた。彼女は娘の教室に行きたくない理由があるのだと。様子は気になったが、クラスに行くつもりは元からなかったのだろう。
オレたちから見たら完璧な大人である真白さんにも、当たり前だが若かった時代がある。
その時に何があったのか、オレたちは知らない。
当時の彼女の喜びも、苦しみも、迷いも。オレは何も知らないのだ。そしてそれはこれからもきっと、真白さんは語ることはないだろう。