30
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
そういえば、とオレは話を変えた。
「どこ行くんだ?行きたいところあるのか?」
『サクラちゃん達によければ来てくださいって言われたから。とりあえず1Cかな』
春野と山中。あと……やはり名前が思い出せない地味な奴、の3人は美羽によく懐いている。
「何やってるんだ?」
『カフェとかそんな感じじゃない?一年生だし』
我が校の文化祭は一年は大体飲食だ。オレたちも去年はそうだった。
二人でだべりながら1Cの教室を目指す。すると、教室前で客引きをしている春野の姿が。その姿を見て、美羽がすぐさま顔を輝かせた。
『サクラちゃん!何それ可愛い~』
「あっ!美羽先輩!…と、サソリ先輩、こんにちは」
春野がオレを見て微妙に顔を引きつらせている。あんなに世話してやったのに、どうやら彼女はオレの事が苦手らしい。まあ、それはいいとして。
「なんだその格好」
春野の頭には何故か猫の様な耳がついており、美羽が興奮した面持ちでその耳をモフモフしている。春野はああ、と相槌を打った。
「うち猫カフェなんで」
「猫?」
「そうです。ここにいる全員猫という設定です」
なかなか無理のある設定だ。しかし美羽は喜んでいる。彼女はとにかく猫が好きだ。耳がついていればなんでもいいのか、と突っ込みたいが辞めておく。
「ちょうど今人が引いてきたところなんで寄ってってください」
『うん、入りたい!』
「ありがとうございます!じゃあ…」
春野がオレ達に何かを差し出した。受け取ると、茶色い猫耳のカチューシャである。
「美羽先輩とサソリ先輩も猫になるんですよ」
「は…?冗談やめろよ、なんでオレが」
『可愛い~!え、これつけていいの!?』
美羽は白い猫耳カチューシャを持ちながらかなりテンション高めである。したいのか、これを。手の中のそれを見つめながらオレは真顔になる。いや、無理だろ。色々とキツい。
「オレはパス。お前一人で行ってきて」
『えー、なんでよ』
美羽はかなり不服そうである。一緒に入ろうよ、の言葉に首を横に振る。
「さすがに無理」
『……』
美羽が目に見えて落胆しているのがわかった。この顔を見てしまうと弱い。
美羽は肩を落としながらカチューシャを春野に差し出した。
『サソリが嫌ならやめとく。ごめんね、サクラちゃん』
「えー!?そんなー」
春野が必死に引き留めるが、美羽の意思は堅いようだ。彼女は不満があっても口に出すことは少ない。しかしそれは、口に出さない不満をきちんと気付いて拾っていかなくてはならないのと同義である。口に出さないからといって全て無視してしまえば、あの時の様にまた塞ぎ込んでしまうだけだ。
嫌だが。物凄く嫌だが。仕方がない。
オレは意を決してカチューシャを頭に当てた。美羽がギョッとしている。
『え…いいよ。嫌なんでしょ?』
「嫌に決まってんだろ」
『じゃあ、』
「でもいい。お前が喜ぶなら別に。普段も行きたいところ連れて行けてないしな」
美羽が目を瞬かせる。
『…気にしてるの?』
「別に気にしてねーよ。でもデートらしいデートもしてねえから」
『それを気にしてるって言うんじゃない』
美羽がふふっと笑った。そして小さな声で『ありがとう』。その顔を見れば、多少の恥くらいは我慢しようと言う気になれる。オレは春野に目を向けた。
「これでいいんだろ」
「はい。写真撮りましょうか?」
「なんでだよ、いらねーよ」
『えっ…』
美羽の方を向けば、既に耳をつけた彼女がスマホを持ちながら目を白黒させている。どうやら撮りたいらしい。
「……撮んの?」
『えっ!いや!一緒に入ってくれるだけで十分だから!』
美羽は慌ててスマホをポケットに押し込んでいる。オレは自分のスマホを取り出し春野に押し付けた。
「ほら、撮れ」
『え……いいの?』
「一枚だけな。悪用すんじゃねーぞ」
春野にツーショットの写真を撮ってもらい、LINEに送ってやった。美羽が写真を見ながらわあ!と声をあげている。そんなに嬉しいのか。写真如きで。
美羽からはかなり喜びのオーラを感じる。席に案内されながら、オレは素直な疑問を口にした。
「そんなに嬉しいか?」
『だってサソリと初めて撮った写真だもん!嬉しいに決まってるじゃん』
「お前、写真好きなの?」
『うーん…そういうわけじゃないけど。思い出というか。そんな感じ』
美羽はまだ写真を眺めながらニコニコしている。待ち受け画面にしていい?の言葉に勝手にしろ、と素っ気なく答えた。
『サソリは写真好きそうじゃないから。今まで頼み辛くて』
「別に嫌いではない。わざわざ撮ろうとは思わねーけど」
どうやらそんなことまで遠慮していたようである。言われてみれば、今まで付き合いのあった女はオレの写真をよく撮りたがっていた記憶がある。しかし美羽には言われたことがない。興味がないのかと思っていたが、そういうわけではないらしい。
「お前さ、もうちょっと口に出して言ってくれないか?」
『うん?』
「そんなところで遠慮されてても正直わかんねえよ。不満とか欲求があるなら言って。なるべく叶えるから」
美羽が少し考えるような仕草を見せる。
『基本的に不満はないんだけど。せっかくだから一つ言っていい?』
「どうぞ」
『……』
美羽が指をクイクイと動かす。オレは素直に耳を彼女に近づけた。
『もっと好きって言われたい』
「ああ?」
『好かれてるのは十分わかってるんだけど。もっと言葉にしてほしいというか』
「言ってるだろ」
『言ってないよ。最近は』
そうだったか?確かに、意識してみれば最後にいつ言ったかは覚えていないレベルである。付き合いが長くなると、そういう言葉を口にする場面はどうしても少なくなるものだ。どうやら彼女はそれを気にしているらしい。
オレは少し考えてから、美羽の耳元に唇を寄せた。美羽がそれに応えるように体を傾ける。
「今日、ベッドの上でたっぷり言ってやるよ」
『……』
美羽の動きが止まる。と同時に顔が朱に染まった。
『またそんなことばっかり…』
「何故?いいだろ、ご褒美くれよ。オレ結構頑張ってるぞ、今回」
美羽は目を泳がせる。その顔は全く嫌そうではない。オレは頬杖をつきながら小さく笑った。
「スケベ」
『…っ、それはサソリでしょ!』
「お前だって好きなくせに」
「美羽のねーちゃん、サソリのにーちゃん!」
その時である。名前を呼ばれ顔を上げると、美羽があっ!と声を出した。
『ナルトくん。こんにちは』
そこにいたのはナルトである。濃い茶色の猫耳が妙に似合っている。ナルトはオレと美羽を見比べながらニヤッと笑った。
「相変わらず仲良しだなァ、二人とも」
『はは…まあそれなりにね』
二人は打ち解けている様子である。美羽がナルトとも仲がいいことをこの時初めて知る。
美羽が思い出したようにキョロキョロと辺りを見回した。
『そういえばサスケくんは?』
「ああ。サスケは裏方。絶対に外に出たくねぇからって」
ふふ、と美羽が笑った。
『えー、猫耳つけてるんでしょ?見たい』
「ぶふふ、見に行ってみるってば?」
『行く行く!ごめんね、サソリ。すぐ戻るから』
美羽は席を立った。オレは無言でそれを見送る。楽しそうにしている彼女のことを引き止める気にはならないが、この格好で一人残されるのも虚しい話である。
手持ち無沙汰にしていると、あの、と声をかけられた。振り返れば、そこには黒い猫耳をつけた地味子の姿。まじで名前が思い出せない。
「…えっと、こんにちは」
「あー、ども」
「何か飲みますか?」
「適当に。コーヒーとかあるか?あとあいつの分のアイスティー。ミルク二つで」
オレの言葉にぎこちない笑顔で首肯する地味子。系統は微妙に美羽に似ている。こう言ってはなんだが男にモテて女には嫌われそうなタイプである。
用意しますね、と地味子が去っていった。
改めて見回してみると、一年前の教室とはだいぶ雰囲気が違う。教室は箱でしかない。中にいる生徒で簡単にカラーは変わるのだ。オレたちがいた1Cとこの1Cは全くの別物である。来年になればまたここには新しい生徒がやってきて、彼等の色も簡単に塗りつぶされてしまうだろう。
学生生活なんてそんなものだとわかっているのに、胸に感じるこの虚しさはなんなのだろう。実はなんとなくわかっている。オレは彼女と過ごしたあの時間を思い出にしたくないのだ。いい思い出にしてしまったら、その先の別離を見据えているような気がしてくるから。
ずっと美羽がオレのそばにいてくれるなら、オレには思い出なんて必要ない。
「お待たせしました。どうぞ」
地味子が飲み物を持って帰ってきた。礼を言って受け取る。
飲み物には両者猫型のマシュマロが浮いていた。これまた美羽が喜びそうな感じである。自分のマシュマロを美羽のアイスティーに放り込み、ついでにミルクも二つ入れてやった。
「…あの、」
地味子がなにやらもじもじしながらオレを見ている。なんとなく出会った当初の美羽の姿にデジャヴを感じる。
「なんだ?」
「…この前は、ありがとうございました」
「この前?」
地味子に礼を言われるようなことをした覚えは全くない。
「バレンタインの時です。お家、貸していただいたので」
「…ああ、あれな」
バレンタインって。半年以上前の話である。今更礼を言われるとは誰も思うまい。
地味子はほんのり頬を染めて続けた。
「素敵ですよね」
「は?」
「美羽先輩とサソリ先輩」
「…そうか?普通だろ」
特別称賛されるような付き合いをしているつもりもない。しかし地味子は夢現の表情である。これは、あれだ。昨年K女に詰められた時と同じ匂いがする。
どいつもこいつも恋愛に夢を見過ぎだろ。
「あんまり期待するなよ」
「はい?」
「お前らが夢見てるような関係じゃねぇから。オレも美羽も普通の人間だ。仲良い時もあれば喧嘩する時もある。永遠が約束されているわけでもない」
恐らく、漫画のような恋愛を期待されているのだと思う。が、オレたちの関係はそんなものとは程遠い。むしろ不安定すぎるくらいだ。
お互いに口にはしていないが、二人とも確実に高校の卒業を既に危惧している。進路が離れることが確定しているのだ。不安がないわけがない。離れてもなお関係を維持できるのかはやってみなければわからないのだ。いわば博打である。
「…この気持ちをお互いに冷凍保存でもできればいいのにな」
確固たる自信があれば、デイダラやその他男子が美羽に何をけしかけようが気にも留めなかっただろう。しかしこんなに心がささくれ立ってしまうのは、認めたくはないがオレ自身に自信がないからである。美羽のことは確かに信用している。しかしこの不安になってしまう気持ちがどうしても消えてくれない。
地味子は頭に疑問符を浮かべていた。
オレは急に何を語っているんだ。しかも猫耳をつけたままで。咳払いをして、話を変える。
「お前も人のことを気にしてないで自分のことを気にしろよ。トロトロしてたら高校生活なんてすぐに終わるぞ」
目を泳がせる地味子。この様子だとナルトとの進展はないらしい。どいつもこいつもいい歳して恋愛レベルは小学生である。
「男なんて単純なんだから。素直に行けば普通に付き合えるんじゃねぇの?」
「いえ…私は付き合いたいとかそういうんじゃなくて…」
なんとも歯切れの悪い返答である。大して興味はないのでどうでもいいが。
再びコーヒーを啜っていると、視線を感じてオレは顔を上げた。すると美羽が壁際からじっとこちらを見ている。なんだよ。戻ってきたなら声をかければいいのに。
『浮気現場目撃』
「ああ?」
『ヒナタちゃんが可愛いからってちょっかいかけないでよ』
オレは呆れながらコーヒーのストローを噛む。
「お前と一緒にすんなよ。つーかヒナタって誰?」
『はぁ?今喋ってたでしょ!』
地味子の名前がヒナタだということを今知る。しかし明日にはもう覚えている自信がない。