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協力するとは言った。確かに言ったが、こんなにハードな仕事だとは聞いていない。
次々現れる女に似合う色を探しひたすら塗る作業である。もう心を無にしてキャンバスに色を塗っている妄想で乗り切っているレベルだ。一々まともに対応していたらキリがない。
女子たちはそれなりに楽しそうである。美羽が彼女たちを立てたのは良い方向に作用しているようだ。このままプラスのまま終わらせたいが、オレは既に疲れ切っていた。女の対応は疲れる。美羽と話して癒されたい。
「悪い。少し休んでいいか?」
「うん。いいよ。私達に任せて」
女子に声をかけ、席を立った。教室をぐるっと見回すものの、美羽の姿は見当たらない。彼女は今日、雑務を担当しているはずだ。下手をすればオレより忙しいだろう。どこかを走り回っているのかもしれない。顔を合わせるのは難しいか、と肩を落としたその時。
「サソリちゃん」
「…あ?なんだよ」
声をかけてきたのは飛段である。疲れ切っているオレとは対照的に、ヘラヘラ緊張感のない顔。奴はオレの肩に腕を回しながら言った。
「美羽、ナンパされたらしいぜ」
「…は?ナンパ?」
その言葉に眉を顰めた。今日は文化祭である。他校の男子が大量に流入しているのだ。そこで美羽に目をつける男がいてもなんら不思議ではない。忙しすぎてそこまで気が回っていなかった。一生の不覚である。
慌てて廊下に向かおうとしたオレに、まあ落ち着け、と飛段。
「ここからが本題。デイダラが助けてくれたんだとよ」
「ああ?」
「あの二人ほんと仲がいいよな。ほんのり怪しい気がするのはオレだけかなー?」
オレは再び教室を見回した。相変わらず美羽の姿は見えない。が、教室の一角にヤツの姿を捉えた。
オレは無言でそちらに向かう。
「おい」
「…うん?なんだよ」
デイダラはオレと飛段のコンビを見て何の話をされるのか察したようだった。オレが何を言うより先に、違うから、とデイダラ。
「なんもねーよ。たまたま通りかかって話しただけだから」
涼しい顔でメイク道具を吟味しているデイダラ。この余裕に無性に腹が立つ。
「いいじゃん。美羽の彼氏は旦那なんだから。美羽はオイラのことなんとも思ってねぇよ、うん」
言っていることは正論である。しかし面白くないものは面白くない。
「あんまりあいつにちょっかいかけんなよ」
「別にかけてねーって。本当に話してただけだ。逆になんでそんなに気にすんの?うん」
「不愉快だからに決まってんだろ」
「だからなんでそんなに不愉快なんだよ。オイラに取られちゃう気がして不安?」
「取られるわけねーだろ。あんまり調子乗んなよ殺すぞ」
「最初に喧嘩売ってきたのは旦那だろが、うん」
いがみ合っているオレたちに、まあまあ、と飛段。
「皆引いてるから。少し冷静になれよ」
「元はと言えばお前が粉かけたんだろ…」
美羽とデイダラが怪しいと言ってきたのはコイツである。知らないのは嫌だが、知ってしまったら突っ込まざるを得ないだろう。
飛段は相変わらず呑気に団扇を動かしている。
「よく二人とも一人の女にそんなに本気になれんね。尊敬するわ」
「当たり前だろ、好きなんだから」
「だからなんでそんなに好きなんだよ。まじでわからん」
前から飛段には良く言われていた。美羽のどこがそんなにいいのかよくわからないと。元々のオレと飛段は似ている。女を性欲処理の道具としてしか見ていなかった。だからこそ、オレのこの変わり様が奴には納得いかないのだろう。気持ちはわかるが、変わってしまったものは致し方ない。
「そういうのは言葉で言い表せる問題じゃない。お前もいずれ好きな相手ができればわかる」
そして何度も答えた言葉をまた口にする。「美羽にもそれ言われたんだよなぁ」と納得いかなそうに飛段。
「おっぱい大きいから?」
「気にしたことねーよ。オレ別に巨乳好きじゃねぇし」
「じゃあセックスの相性がめちゃくちゃいいとか」
「それは付加価値に過ぎねえって何度も言ってんだろ」
デイダラが微妙に気まずような顔をしている。健全な思春期男子である。どうせこいつも美羽のそっち方面の妄想をしているに違いない。
オレは奴を挑発するように笑った。
「聞きたいなら教えてやるけど?美羽とのセックス」
「…別に聞きたくねーよ、うん」
デイダラが初めて不愉快そうな顔をした。奴は美羽に夢を身過ぎているところがある。
彼女を女として見ているが、生々しいところは聞きたくないのだろう。童貞でもないくせに妙に初心である。
「お前だって美羽で妄想して抜いてんだろ」
「っ、抜いてねーし!変なこと言うなよ、うん!」
この慌てぶりは絶対に抜いている。人の彼女をオカズにするなんて大した度胸である。しかしここをいじらない手はない。
「いいぜ。オカズにするなら教えてやろうか?美羽のエロい話」
「えー、聞きたい聞きたい」
「だから聞きたくねえよ!つーか怒られるぞ、うん」
「別にいいぜ。あいつあんな顔してめちゃくちゃスケベ…ぶっ!」
後ろからボスン、と頭を叩かれた。振り返れば、そこにはジト目の美羽が立っている。手には大量のペットボトル。どうやら差し入れの飲み物を取りに行っていたようだ。一本ずつそれをオレたちに手渡して、彼女は再びオレをジト目で睨む。
『なんつー話をしてんのよ…』
「別に。彼女が浮気性で困るっつー相談してただけだ」
ペットボトルの口を開けながら素っ気なく答えた。美羽はこめかみを抑えている。
『だから…浮気なんてしてないしする気もないから』
「どうだか。モテるからな、美羽ちゃんは」
「別にモテないし…』
美羽が今度はジロッと飛段を睨む。
『余計なこと言わないでって言ってるでしょ』
「オレは誰の味方でもねーからな。しょうがねぇじゃん」
飛段はペットボトルを飲みながら涼しい顔である。コイツはオレと美羽の関係を揺さぶって試しているようなきらいがある。恋だの愛だのを信じていないのだ。毛嫌いしていると言っても過言ではない。むしろ、ないということを証明したいのだろう。それは勝手だが、オレたちを実験台に使わないでいただきたい。
『ごめんね、デイダラ。気にしなくていいから』
「オイラは別に。仕事してくるわ、うん。飛段も少しは手伝えよ」
「へーへー。めんどくせーな…」
デイダラは素っ気ない態度で美羽に踵を返す。奴の姿を目で追う美羽の頬が若干熱を帯びている気がするのは気のせいだろうか。
じっと見ているオレの視線に気づき、美羽が少し気まずそうにしている。
『サソリ』
「ああ?」
『ほんとに違うから。誤解しないでね』
オレは小さくため息をついた。
「わかってるから。あんなのはただのお遊びだ」
『ならいいけど…』
「美羽ちゃん」
その時、一人の女子が美羽に声を掛けてきた。先日化粧をした時にリスに似ていると思った女だ。
『ひかりちゃん。どうしたの?』
美羽の返答で、彼女がひかりという名前だということを知った。ああ、そういえば文化祭実行委員はこのリス女だったか。名字は九条だったか一条だったか。そんな感じだった気がするが確信は持てない。
「大分お客さんはけてきたから。休憩してきていいよ、二人とも」
『え…別にいいよ、手伝うよ』
「だーめ。美羽ちゃんは良くても、サソリくんは美羽ちゃんと休憩したいよね」
ひかりと呼ばれた女はオレを見て笑った。今日はパープルのアイシャドウをしている。やはりこちらの方が断然似合うな、と心の中で思った。
「お前、今日どこも行ってないんだろ」
『…まあ、そうだけど』
「だったら行こうぜ。行きたいところないのか?」
美羽が悩んだ様子を見せる。行きたいところはあると即答されると思ったので、このリアクションは意外だった。
美羽は腕を組みながらクラスを見回している。
『…本当に大丈夫?ひかりちゃん』
何やら美羽は神妙な面持ちだ。たかだか1時間の休憩に何故そんなに気を使うのだろうと少しだけ引っ掛かった。
「大丈夫。任せておいて」
『…そっか。わかった。なるべく早く帰ってくるね』
美羽はそう言って廊下に向かって歩いて行った。オレもそれに続く。
肩を並べて歩きながら、オレは心の閊えを露見した。
「やけに気にするな。あいつのこと」
『あいつ?』
「リスに似てる女」
ああ、と美羽が呟く。
『ひかりちゃんね。一条ひかりちゃん。クラスメイトくらい覚えなよ』
「善処するが改善するかは約束できねぇな」
『屁理屈ばっかり』
失笑している美羽に、で?とオレ。
「何かあるのか?」
『……。別に。ただちょっと、彼女情緒不安定なところがあるから。心配というか』
「情緒不安定なのはどちらかというとお前の方じゃないか?」
美羽がムスッと顔を顰める。冗談だよ、とオレは笑った。
「もうお前のことは大して心配してねーよ。どうにかなるだろ」
『…どうにかしようとは思ってる。ただ』
ふう、と一つため息をついた。
『私に似てる気がして』
「誰が?」
『ひかりちゃん』
似てる?美羽と一条が?全然ピンとこない。オレの心情を察してか、美羽はそうじゃなくて、と続けた。
『中学の時の私にちょっとね』
「…ああ、そういうことか」
顔の話かと思ったが違うらしい。美羽は首肯した。
『少し気になるの。だけど別に特別何かあったわけじゃないから。気にしないで』
美羽が気にしないで、という時は一律して何かあった時である。しかし触れられたくないというサインでもある。オレも言及する気はなかった。多少何かあれど、今の美羽なら自分でなんとかできるだろう。オレの助けが欲しければきちんと声をかけてくれるはずである。