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色々あったものの無事文化祭当日を迎えた。朝から大忙しである。
「美羽ちゃん。人が多すぎて道塞いじゃってるみたい。どうする?」
『うーん…じゃあ、もう仕方ないから整理券配っちゃおうか。大まかな時間いれて。15分刻みでどうかな?』
「わかった。すぐ作るね」
入り口から廊下の後方までずらっと行列である。人は来るだろうと思っていたけれど、予想以上の盛況ぶりだ。
今年の2Aの文化祭は、急遽内容が変更されることになった。【貴方に似合うメイクを見つけます】というものだ。主導はクラスの目立つ女子6人。
彼女たちは派手だ。故にメイクは得意だしセンスもいい。最初声掛けした時こそ嫌そうだったものの、必死に頼み込んだら結局OKを出してくれた。元々、目立つことが好きな子たちなのだ。自分たちが主役で何かできると聞いたら、嫌な気はしなかったのだろう。
他の女子達も、サソリ達に似合うメイクを見つけてもらってからは着飾る事を楽しめているようだ。メイク道具の提供にも心良く応じてくれ、ネイルや服装のアドバイスなど、私の思いつかなかった細やかなことまでやってくれている。目立つ女子達にも劣等感を感じずに対等に話せているようだ。
クラスに現在ギスギスした様子はない。皆それぞれ自分の役目を必死に果たそうとしてくれている。心から感謝である。
そして私は何をしているのかというと、雑務兼総括担当。完全に裏方である。元々目立つことは好きではない。雑用の方が私には向いている。
作ってもらった整理券を確認し、一枚ずつ配る。教室に戻ると、既にサソリの顔がゲンナリしているのがわかった。彼は今もメイクを担当してくれているのである。後でちゃんとお礼するからね、と心の中で拝む。彼にはこの一連の流れで本当にお世話になりっぱなしである。
釣り銭を確認して、100円玉が少なくなっていることに気づいた。確か両替は職員室で受け付けてくれているはず。千円札を数枚取って、廊下に出た。
今年も文化祭は大盛況。どのクラスを覗いてもそれなりに混み合っている様子だ。来年の受験生らしき、中学の制服を着た子たちもちらほら見かける。一年は早い。来年の受験を迎えれば、私たちもあっという間に三年生だ。昨年受験を終えて入学したと思ったのに、また来年は受験生である。サソリと過ごせる時間ももう少しだな、と考えて頭をプルプルと振った。別に高校を卒業したところで、永遠の別れが待っているわけでもない。それからの道を作るために今頑張っているんじゃないか、と自分に言い聞かせる。
職員室で両替をしてもらい、再び教室に向かう。廊下を歩いていると、見知らぬ男子二人に声をかけられた。
「すみません。飲食ってどこでやってるんですか?」
『ああ、それなら一年生だから、三階ですよ』
それだけ言って去ろうとすると、腕を掴まれて制止される。私は仕方なく立ち止まった。
「よかったら案内してくれません?」
は…?と声にならない声が出た。そしてやっと気づく。恐らくこれはナンパである。
困ったな、と思った。相手は男子二人。しかも私の苦手な派手なタイプである。
『私は自分のクラスの持ち回りがあって』
「キミのクラス何やってるの?」
「てか何年生?」
「お客さん欲しいでしょ?行ってあげるからLINE教えてくれない?」
畳み掛けられて目眩がする。押されるとうまく断れないのが私の悪い癖だ。わかってはいるものの、上手い返答がでてこない。
「美羽」
その時である。私の手を引いてくれた人がいた。目の前の男子には何も言わず、逆方向に歩いていく。私は大人しくそれについて行った。
一つ廊下を折れた所で、私はその人物に初めて声をかける。
『…ありがとう、デイダラ』
「いや。たまたま通りかかってよかった、うん」
何もされてないか?の言葉に首肯する。そうか、とデイダラは安心したように呟いた。
「一人で歩かない方がいいぞ。そういう目的で来てる奴沢山いるからな、うん」
文化祭に来る理由は様々だ。受験する学校の視察だったり、子供の様子を見にきたり、それこそ彼らのように好みの女の子を見つけにきたり。
サソリの趣味に合わせてメイクを薄くしておいて正解だった。あのまま派手にしていたら今以上に声をかけられ煩わしい思いをしただろう。
あれ、あの子また地味になってない?やっぱりそんなに可愛くないね、と既に100回は言われた。今の私の評価は元通り、何故かサソリくんと付き合っている地味な女である。言われればいい気分はしないけれど、それくらいの評価が私らしいと納得している部分もある。
「美羽は隙が多いからな。心配になるんだよ、うん」
デイダラは長い髪を揺らしながら笑った。大丈夫、デイダラは友達。何も意識する必要はない、と自分に言い聞かせる。
「どうかした?うん」
『…ううん、なんでもない』
無言でいる私に訝しげな視線を送るデイダラ。普通を演じているはずなのに、彼の好意を知ってからはどうしてもドキドキしてしまう瞬間がある。仕方ないじゃないか。デイダラだってカッコいいのだ。決して浮気ではない。断じてない。でも、ときめく心は抑えられない。絶対に気づかれてはいけない感情に無理やり蓋をした。
「あっ、すみません!」
その時、背中に軽い衝撃が走り身体がよろけてしまった。デイダラが当たり前のように受け止めてくれる。二人の距離が更に近くなった。
「っぶねー。大丈夫?うん」
至近距離で見つめられ、顔が赤くなるのがわかった。デイダラが驚いたように私を見ている。
「え、なんで赤面?」
『……なんでもないっ!』
私は慌ててデイダラから離れるも、当の本人は頭に疑問符である。なぜ私がそんなに照れているのかがわからないらしい。流石皐月の気持ちに全く気付いてないだけの事はある。彼は天然のタラシである。
「ああ!」
デイダラは何かを思いついたように悪戯に笑った。そして私の鼻を人差し指でつん、と押す。
「オイラがカッコ良くてドキドキしちゃったんだ、うん?」
『…えっ、ち、ちが!』
完全にしどろもどろになった。デイダラが驚いた様子で私を見ている。
「…え、まじ?冗談なのに、うん」
『……ッ』
顔が更に赤くなるのがわかる。俯いてしまった私に、今度はデイダラが慌てている。
「なんか、すまねぇ…別に深い意味ねぇんだけど」
『……。ごめん。ちょっと待って。落ち着く』
頬に両手を当て、深呼吸する。デイダラと私の間に流れる微妙な空気。
「お前でも、旦那以外の男にときめく瞬間あるんだな」
非常に答え辛い質問である。しかしこの場で否定するのも全く信憑性がない。
『…まぁ、多少はね。サソリには内緒だよ』
「……」
ふぅん、とデイダラが呟く。何やら考えている様子だ。
このままだと言わなくていいことを喋ってしまいそうである。二人きりは避けるに越した事はない。
『早く戻ろう。皆待ってるだろうから』
踵を返そうとした私の腕を、今度はデイダラが掴む。振り返れば、真剣な顔をしたデイダラが立っている。また天然でこういう顔見せるんだから、と流そうとしたその時。
「遠慮すんの辞めていい?」
『は?』
デイダラは変わらず真剣な表情だ。意図が読めず、どういう意味?と聞き返す。
「旦那に遠慮するの、辞めていい?」
『……』
言葉が出せなかった。明確な発言はないのに、意味がわかってしまうのが怖い。
静寂を破るように、デイダラはぷっと吹き出した。
「ときめいた?」
『ッ、馬鹿じゃないの!?』
思わずお腹の底から罵ってしまった。デイダラはニヤニヤしたままだ。
「そんなに簡単に引っかかっちゃって。そりゃあ旦那も心配するよな、うん」
『からかわないで。そうやって冗談ばっかり言うんだから』
冗談ね、とデイダラが意味深に笑った。
「冗談じゃないって言ったらどうする?」
『……』
私はまた無言になる。からかわれているのか本気なのか本当にわからない。なんで急に、こんな風に揺さぶりをかけてくるのだろう。今までデイダラは私に対して、おそらく意識して仲の良い友人として立ち回ってくれていた。しかし今はこうして戯れているだけでもなんとなく好意が伝わってくる。言われるまで気づかなかったのが逆に不思議なくらいだ。
「お二人さん、ずいぶん仲良しだなぁ」
その時、ニヤニヤ顔で現れた人物。飛段である。飛段は私とデイダラを見比べている。
「浮気?」
『違います!ナンパされてたの助けてくれて、それで』
ナンパ?と飛段。デイダラも首肯する。
「こんなとこでするわけねぇだろ。やるならバレないようにやるよ、うん」
それは誤解を招く発言じゃなかろうか、と内心冷や汗をかく。
飛段は自分で話を振ったくせに団扇で自分を煽ぎながら興味なさげな表情だ。
「まあいいわ。小銭なくなったんだけどある?」
『あ、あるある。両替してきたから』
私は両替した封筒を飛段に手渡した。サンキュー、とそれを受け取る飛段。
『クラスの様子どう?』
「んー、まあボチボチってとこだな。サソリはイライラしてるぞ」
『そりゃそうよね…』
「彼女はこんなところで浮気してるしな」
その言葉に顔を顰める。
『してないから』
「じゃあデイダラといちゃついてたってサソリに言っていい?」
『………』
睨むと、飛段はニヤッと笑った。この完全に面白がっている顔に本気でイラッとする。
飛段は何故か非常に楽しそうだ。これはサソリに絶対に言うつもりだろう。私は盛大にため息を吐き出した。