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誰も下げず、皆を押し上げる。
聞いた時は無謀だと思った。いくら化粧をしたところで、元々持っているものの差は大きい。美人か否かの違いは如実に出てしまうだろう。オレはそう思っていた。
「ありがとう、サソリくん」
「…おー」
目の前の女子が幸せそうに笑う。その顔を見て不覚にもどきっとした。
オレが手を施したのだ。それなりに綺麗にできた自負がある。しかしそれとは別の次元で、自分に自信が持てた女の姿はお世辞抜きに綺麗だと思った。
オレが思った以上に、自分に自信が持てないがために下を向いてしまう女は多いのだ。彼女たちが上を向いただけで、それなりに見られる顔になっている。化粧は自信を持つための一つの手順に過ぎないのだ。美羽の本来の意図は恐らくここにある。
もう4人終えた。デイダラと手分けしているため、残りは1人のはずである。
正直疲れたが、美羽の頼みである。やる以外の選択肢はない。
「あとやってない奴誰?」
「…はい、私です」
なぜか敬語を使う彼女に、椅子に座るよう促す。クラスメイトでもほとんど顔と名前が一致していないため名前は知らない。が、そんな情報は特に必要もない。
大きくて釣った瞳が印象的な女だ。何かに似ている。…ああ、リスだ。リスに似ている。
頭の片隅でそんなことを考えながら肌の色と雰囲気を見てファンデーション、チーク、アイシャドウその他の色を選ぶ。最初に色彩を決めて仕舞えば、後はほとんど単調な作業である。
「…カッコいいよね」
『あ?』
「美羽ちゃん」
一瞬手を止め、何事もないように作業を進める。
「珍しい感想だな」
「そう?カッコいいよ。こんな状況で、自分の意見を持って発言できるって」
下地を塗ってやりながら答える。
「本来、アイツも自分の意見を言えるタイプじゃねーよ。怖いと思うぞ、本当はな」
「…そんな風には見えないけど」
「演じてるだけだろ。自分が自信なさげにしたら言っていることの信頼性が薄れるから」
オレは気づいていた。美羽が女子に言っていた言葉は、彼女自身が過去の自分に言いたかった言葉なのだと。K女にいた時、誰も味方がいなかった彼女は、恐らく他のクラスメイトを自分の中で馬鹿にすることで自分を守っていた。そして、そんな自分のことが嫌いだったのだろう。
美羽は常に過去の自分の亡霊に付き纏われている。過去の自分が誰よりも嫌いなのだ。そして今回、拙い方法ではあるが一歩踏み出す決意をした。
オレが享受したものとは別の方法で、自分なりに物事を解決しようと努力している。一歩一歩着実に、彼女は過去の自分と別離し始めていた。
「見てて飽きねぇんだよな」
「?」
「毎回、とんでもねーこと考えつくから。面白いんだよ、アイツ」
思わず笑ってしまって、慌てて口元を押さえた。オレは名前も知らない女子になんの話をしているんだ。
咳払いをして、アイブロウに手を伸ばす。目の前の女がうん、と相槌をうった。
「お似合いだよね、サソリくんと美羽ちゃん」
「……。そうか?滅多に言われねーけど」
オレと美羽は似合わないと言われることの方が圧倒的に多かった。オレは大して気にしていないが、美羽はそれなりに気にしている様子である。
「サソリくんは美羽ちゃんにはよく笑うもんね」
「そんなことよくわかるな」
「当たり前でしょ。よく見てるから」
眉を寄せたオレに、あ、違うから。と女子。
「美羽ちゃんに前から憧れててね。綺麗よね、あの子」
微妙にリアクションに困った。彼女を褒められた時に、なんと答えたらいいのかよくわからない。オレが礼を言うのも変な話である。今度はアイシャドウに手を伸ばした。指で擦り、真蓋を叩くようにして塗っていく。
「本人に言って。アイツ自分に自信ねーから」
「え。そうなの?」
あんなに綺麗なのに?と女子。全力で肯定したい気持ちを寸前で押さえる。
「オレとも似合わねーって言われることのが多かったからな。他人の意見気にしぃなんだよ」
ふぅん、と微妙に納得いかなそうである。アイラインを引くから視線落とせ、と指示を出す。
「どいつもこいつも他人の目気にしすぎ。もっと自分を持てよ」
「……」
「美羽に憧れんのもいいけど。お前は暖色系似合わねーぞ。似合うのはむしろ寒色だ」
彼女が驚いたように目を見開いた。先程、元々塗っていたアイシャドウに違和感を感じていたのである。そして話を聞いて腑に落ちた。美羽はピンクやレッド、オレンジ系の暖色がよく似合う顔だ。恐らくそれを真似していたのだろう。
「お前は肌がブルーベースだから。パープル、グリーンで攻めてみれば?ビックリするほど映えると思うぞ」
「……」
「したい化粧をするのもまあアリだけど。似合う化粧して綺麗になった方が自分に自信は持てるんじゃねぇの」
どうしてもピンク使いたいならグロスに使え、と付け加える。
全体のバランスを見て、自分の感覚に間違いがないことを再認識した。
「ほらよ。自分で確認しろ」
鏡を渡して、オレは肩を鳴らした。とりあえず5人終わった。オレの任務は完了のはずである、
「…すごい」
鏡に映る自分を見て感心している様子だ。当たり前である。オレがわざわざメイクしてやったのだ。髪は美羽と皐月にやってもらえ、と告げて席を立つ。
「デイダラ。そっちはどうだ?」
「もう終わるぜ。なかなかいい感じだろ、うん?」
デイダラもさすが、色彩センスは完璧である。多少派手なメイクが多いのは奴の趣味の現れだろう。オレが手掛けた女子はどちらかといえば綺麗目清楚系に仕上がっている。タイプは違うが、どちらも悪くはないだろう。
美羽と皐月はまだ髪のセットをしているようだ。やり方を丁寧に教えているため、時間がかかっている様子である。
とりあえず飲み物を買いに行こうと廊下に出た。すると作業を終えたデイダラもついてくる。
「疲れたな」
「なー。女はあんなめんどくせぇメイク毎日してんのかと思うと大変だな、うん」
美羽も今のメイクは1時間早起きしないと間に合わないと言っていた。かなりガッツリメイクなので時間がかかるのだろう。