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教室に戻ると、サッカー部の男子に声をかけられた。
「月野さん」
『なに?』
手招きをされてサッカー部の群れに合流する。彼らはあの文化祭の看板作りの日から私にかなり友好的である。
「ちょっと頼みがあって」
『頼み?』
小首を傾げている私に、実は、と皆。
「千秋が怪我したんだよ」
『…早瀬くんが?』
そういえば早瀬くんの姿が見えない。一人の男子が神妙そうな面持ちで言った。
「さっきの体育でちょっと。保健室にいるから。様子見てきてやってくれない?」
『……』
少し、困ってしまった。早瀬くんの怪我は確かに心配だ。しかし、行ったらサソリの気分を害させるのは間違いなかった。
サソリは早瀬くんに妙に対抗心を燃やしているからだ。
「頼むよ。元気付けてやって」
そんなに大変な怪我なのかな、と悩む。早瀬くんはサッカー部だ。怪我をしたら部活に支障が出るだろう。落ち込んでいる彼を想像すると、確かに放っては置けない気になった。友達として考えれば普通の感情であろう。
『わかった。少し様子見てくる』
男子たちが微妙にニヤニヤしている。彼らは私と早瀬くんをくっつけたがっているのである。残念ながらその期待には答えられないけれど、一々言及する気もない。
そのまま保健室に向かおうとして、ふとちょうど良く教室に入ってきた人物に目がいく。少し考えて、声をかけた。
『飛段』
「あー?」
飛段が水のついた手をパタパタさせている。どうやらトイレから帰ってきたところらしい。私はポケットに入っていたタオルを彼に手渡した。
『ちょっと付き合って』
「どこに?」
『保健室』
保健室?と手を拭きながら飛段。
「なんで?」
『いいから』
グイッと飛段の制服の袖を引く。彼はめんどくさそうな顔をしながらもついてきてくれた。
「なんだよ。何かあんの?」
『早瀬くんが怪我したんだって。様子見てきて欲しいって言われたから』
廊下を歩きながらことの経緯を話す。飛段はうーん、と首を捻った。
「で。なんでオレが一緒に行くんだよ」
『一人で行ったら色々誤解を招くでしょ』
ああ、と飛段は呟いた。
「なにもなかったってサソリに言ってほしいわけね」
『……。そこまでは言ってないけど。とりあえず誰かいてくれた方が安心だから』
「お前ら相変わらず面倒くさい付き合いしてんなァ」
飛段が返してくれたタオルを受け取りながら私は小さくため息をついた。
『サソリとの付き合い自体は全然めんどくさくないの』
「ああ?」
『周りがめんどくさいのよ』
サソリと付き合っているだけならなにも不都合はないのだ。それなのにひたすら外野がうるさい。
あの日から私はサクラちゃんに習った通りにメイクを施して登校している。
今までと周りの目が明らかに違うのが自分でもわかった。今の私は可愛いらしい。らしい、というのは自分ではあまりよくわからないからだ。
『くだらないよね、本当に』
「?」
『全く中身は変わってないのにさ。ハリボテが変わっただけで大騒ぎして。馬鹿みたい』
私が可愛いと言われてニコニコしているのはサソリに指示されたからだ。見た目が少し変わったくらいで向けられる好意になんて全く興味がない。
というか本来私はサソリに好かれればそれでいいのに。
『…全然、可愛いって言ってくれないのよね』
「なにが?」
『サソリ。サソリは今の私のことあんまり好きじゃないみたい』
今までのサソリは、よく私に可愛いと言ってくれていた。しかし今は全く言ってくれなくなった。こんなに着飾っているのに、ほぼスルー状態。彼はどうやら地味な私の方が好みのようである。変な趣味だ。前から思っていたけど。
『どんなに周りから可愛いって言われても好きな人から言ってもらえなきゃ意味ないのに』
「んー…まあ今回は目的が違うからな。サソリの好みに合わせるんじゃなくてお前を学校の姫にすることが目的」
姫、ね。失笑した。中学の時のあだ名そのものである。
『村人Bでいい』
「は?」
『サソリは王子様だから、相手の私は本来姫じゃなくちゃいけないのかもしれないけど。サソリが選んでくれるなら別に私は村人Bでいい』
確かに、他の人から見たら王子と村人Bがくっつくのは面白くないだろう。でもサソリが村人Bの私を好きだと言ってくれるなら、私の衣装は据えた布とボロボロの靴で構わない。彼に選ばれないならどんなに煌びやかな服を纏ったところで虚しいだけである。
ふと、出会った当初にサソリが何度も「釣り合うか釣り合わないかは関係ない」と言ってくれたことを思い出した。サソリもわかっていたのだろう。自分と私が釣り合わないことを。でも、それでもサソリは私がいいと何度も言ってくれた。誰でも、それこそ本当の姫も選べる立場なのに。
あの時のサソリの言葉がどんなに嬉しかったか。そんなことを急に思い出して、胸がねじれるような苦しさを感じた。
今の私って、一体なんなんだろう。
そうこうしているうちに保健室に到着した。扉を叩き、入室する。早瀬くんが驚いた顔で私を見た。
「月野さん?どうしたの」
『怪我したって聞いたから。大丈夫?』
ああ、と早瀬くん。
「腕擦りむいただけだから。唾つけとけば治るよ」
早瀬くんが少し血の滲む腕を私に見せた。こんなことくらいで様子を見てこいなんて確実に大袈裟である。やはり、サッカー部男子は私と早瀬くんを二人きりにさせたかったらしい。
皆、悪い人じゃないんだけど。こういうところは正直本当に面倒くさい。
しかし、とにもかくにも軽症だということに安心した。見せて、と早瀬くんの腕をとる。
『手当てするから』
「えっ、いいよそんな。大袈裟だよ」
『いいから』
そこに座って、と早瀬くんを促す。早瀬くんは大人しくそれに従った。
救急箱を借りて、消毒液を吹きかけた。いっ!と早瀬くんの顔が歪む。
『ごめんね。ちょっと我慢して』
「…うん、大丈夫」
手早く包帯を巻きつける。隣で傍観していた飛段がふぅん、と相槌をうった。
「お前、なんでもできるな」
『なんで。こんなの簡単でしょ』
テープでしっかりと固定する。ありがとう、と早瀬くん。
「助かりました」
『いいえ。授業始まっちゃうから急ごう』
パタン、と救急箱を閉じる。片付けていると、早瀬くんがじっと私を見ていることに気づいた。なに?と私。
「…ううん。あまりにも月野さんが綺麗で見惚れてた」
『……』
返答に困る。隣の飛段がぶはっと吹いた。
「言うねぇ。そんな恥ずかしいこと」
「事実なんだから仕方ないだろ」
早瀬くんが腰を上げた。私は出口に向かって歩いていく。
『…私、早瀬くんの思ってるような子じゃないよ』
「うん?」
『結構性格悪いし、面倒くさいから』
「あー、面倒くさいのは確実だな。死ぬほどネガティブだし、嫉妬深いし、暴走しがちだし。苦労するぜ、コイツと付き合うのは」
ぽん、と飛段が私の肩を叩いた。とんでもなくディスられてる気がするけど、否定できない内容である。
早瀬くんがうーん、と悩む仕草を見せる。
「面倒くさそうなのは正直わかるけど。でもそこがいいんじゃん」
「え、まじかよ。お前もMなの?」
「ちげーよ。でも好きな子には振り回されたいの。赤砂だって月野さんに振り回されるの嫌がってないだろ」
それと同じ、と早瀬くん。前から思っていたけど早瀬くんもかなり変わっている。
私に振り回されたいって。一体どういう感性だ。
『…でも私、早瀬くんのことは友達としてしか思ってないよ』
「知ってるよ。でもそれでもいいの」
『なんで?』
「好きだからだよ」
真っ直ぐに目を見て言われた。思わずドキッとする。
「今、どうこうなりたいとは思ってない。でもこの先、もしも赤砂とのことで悩むことがあったら僕も選択肢にいれて」
『……』
「僕は赤砂ほど完璧じゃないけど。でも月野さんを思う気持ちは負けないよ」
なんと答えていいのかわからなかった。唇をひき結んでいる私を見て、早瀬くんはふふっと笑う。
「少しは悩んでくれてるの?」
『…そういうわけじゃないよ』
「そう。ま、仕方ないよね。”今”は」
僕は先に行くね、と早瀬くんは踵を返した。なんとなく足を止めて、その姿を見送る。
「ずいぶん愛されてんなァ」
『……』
「どうすんの?」
どうするのって言われても。
『断ってるから。その気持ちは変わらない』
「ふーん。真面目だな」
『真面目って?』
「一回早瀬とも付き合ってみれば?なんか感じることあるんじゃね」
『付き合ってみれば?って…サソリはどうすんのよ』
「浮気すりゃいいじゃん」
その言葉にため息をつく。
『しないから。そんなの二人に失礼でしょ』
「オレにはわかんねーな。そんなにモテるんだからサソリに固執する必要ねえじゃん。いろんな男と付き合ってみればいいのに」
『…別に固執してるつもりはないよ。ただ他の人とは付き合いたいと思わないんだもん』
飛段がじっと私を見ている。
「なんでそんなにサソリのこと好きなんだ?」
『わかんない。理由がわかったら逆にこんなに好きじゃないと思う』
なんと言われようと、私はサソリがいいのだ。何故と聞かれてもそんなの答えられない。
ううん、と納得いかないように飛段が唸る。
「やっぱりオレにはわかんねーな」
『飛段にも好きな子ができればわかるよ』
ちら、と飛段が私を見る。
「そもそも、お前ってなんでそんなにモテるの?」
『私に聞かないでよ…』
自分で言うのもなんだけど、私は地味でパッとしないタイプである。可愛いと言われたことより、ブスと言われたことの方が多いし、特にこれと言って特徴もない。何故、サソリと早瀬くんとデイダラが私にそんなに好意を向けてくれるのか本気でわからなかった。
「オレにはわかんねーフェロモンでも出てんのかな」
『さぁ…』
「まあいい匂いはするよな、お前」
くんくん、と飛段に首筋を嗅がれる。ペシンとおでこを叩いた。
『なんも出てないから』
「いてて…あとは実は脱ぐとすごいとか?サソリとどんなエッチしてんの?」
『別に凄くないし普通です』
素っ気なく答える私の肩を、飛段が抱き寄せる。サソリとはまた違う、男の子らしい香りが鼻をくすぐった。彼はそのまま何やら考えている様子。
「……。やっぱり全然ドキドキしねぇな」
『当たり前でしょ。お互い恋愛感情ないんだから』
「でもエッチはしてみたいんだよなあ。オレと一回ホテル行かねぇ?」
『絶対嫌』
飛段の手を振り解いて歩き出す。彼は清々しいクズすぎて逆にそこまで嫌悪感が湧かない。逆に凄い。
私はまた小さくため息をついた。
そして思う。皆飛段くらい適当だといいのにと。