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美羽と皐月が二人にメイクなどを施してもらっている間、オイラと飛段、早瀬とその他男子は看板の仕上げに取り掛かっていた。
「なあ早瀬」
「なに?」
「お前まだ美羽のこと好きなの?」
飛段が早瀬に話しかけている。早瀬はああ、と相槌を打った。
「嫌いになる理由がないからな」
「サソリと美羽は当分別れねーと思うぞ」
「まあ、そうだろうけど。仕方ないだろ、好きなんだから」
早瀬は涼しい顔である。
飛段がチラッとオイラを見た。
「お前は?」
「何が?」
「美羽のこと好きだろ」
ぶっ!と吹いた。早瀬もオイラに視線を向ける。
「やっぱりお前もそうなのか」
「やっぱりって…」
「バレバレだから」
飛段は看板にペンキを塗りながら続けた。
「よーやるわ。勝算のない恋愛なんて」
「……。仕方ねぇだろ。好きな感情はコントロールできるもんじゃねえんだから、うん」
それこそ、別に好きで美羽のことを好きになったわけではない。なんでよりにもよってサソリの旦那の彼女を好きになってしまったのか。その事実に絶望しているのは間違いなく自分自身である。
飛段はふぅん、と興味なさ気に呟いた。
「罪な男だよな、デイダラちゃんも」
「なにがだよ、うん」
「べーつに?」
飛段はニヤッと笑った。意味がわからない。
「そういうお前はどうなわけ?」
「オレ?オレは別に彼女とかいらねーから。めんどいし」
「ふーん」
「美羽も皐月も可愛いけど。セックスしたいとしか思わねんだよな」
今度は早瀬が吹く。オイラはじろっと飛段を睨んだ。
「そーいうこと言うなよ…」
「だから、そういう対象としてじゃなく人を好きになれるのが羨ましいという話」
飛段は面倒くさそうに頭を掻いている。
「セックスなしで女を好きだと思ったことねーわ」
「逆になんでお前はそっちばっかなんだよ、うん」
「そっちのが楽だからだよ」
楽?とオイラ。飛段は首肯する。
「サソリみたいに、好きな女に気遣って一年も手出せないとかぜってー無理だわ」
「あー…旦那はあれはあれで極端だと思うけどな」
旦那は美羽に対しての忠誠心が異様に高い。意外にあの二人の主従関係は美羽の方が上なのかもしれない。
「なんかあの二人見てると虚しくなるんだよなァ」
「虚しくなる?」
「恋愛は正義みたいな。不純なもんじゃなく、いつ何時であれ正しくなきゃいけねー的な。そんな風に言われてる感じ」
オイラが何か言うより先に早瀬が反応した。
「なんとなくわかるな。完璧な恋愛を目の前で見せつけられると、自分の恋愛感情は間違ってるという気になるというか」
「恋愛に間違いとか正しいとかある?うん」
「厳密にはないだろうけどさ。例えば自分がどんなに頑張っても80点しかとれないテストを、誰かがあっさり100点取ってたら虚しくならないか?」
うーん、と考える。昔からサソリの旦那はあっさり100点を掻っさらう奴だ。それがオイラの中では普通だったし、疑問に思ったこともない。
「サソリに負け慣れすぎてんだよ、デイダラちゃんは」
飛段が言った。オイラは眉を寄せる。
「別に負けてねーよ、うん」
「負けてるっつーか、遠慮してるっつーか。サソリに譲るのが当然と思ってるというか」
譲る。その言葉を聞いてふと思い出す。幼い頃、旦那の両親が亡くなって間もない頃のことだ。ゲームの取り合いをしたことがあった。その時、親がオイラに言ったのだ。「サソリくんに譲ってあげなさい」。
その時になんとなく思い込んでしまった気がする。自分より、サソリの旦那を優先させるべきなのだと。遠慮しているつもりはなくても、一歩引いてしまう自分がいるのはあの時の癖なのかもしれない。
「もっとやりたいようにやっていいと思うぜ、デイダラちゃんは」
ううん、と唸る。
「やりたいようにって言ってもなぁ…現に美羽は旦那が好きなわけで」
「正直、美羽にはデイダラちゃんのが合うと思うんだよなァ」
は?と素の声が出た。飛段はなんでもないことのように続ける。
「案外、真面目に迫ったら揺らぐかもしれねーぜ?」
「なわけねーじゃん。あんなにべったりなのに」
「あんなの永遠に続くわけねぇから。誰にだって冷める瞬間はあるんだよ」
人間だからな、と飛段。
「別に好きにやればいいって話。デイダラちゃんが美羽口説いて美羽がデイダラちゃんを好きになるならそれはそれでアリってわけで。別にサソリがいるからって全て諦める必要はねえだろ」
なんだか妙な気分になった。飛段にそんなことを言われるなんて。
「なんで急にそんなこと言うわけ?うん」
「なんか気持ち悪いんだもん。最近のお前ら」
「気持ち悪い?」
「仲良さげに見えて、皆が皆に遠慮してる感じ。サソリもああ見えてお前に遠慮してるところあっからな」
旦那がオイラに遠慮している。正直ピンとこなかった。
しかし、第三者から見るとわかることもあるのだろう。意外だった。コイツがそんなことを考えているなんて。
『ねぇ…やっぱり変じゃない?』
「無理。ほんと無理」
「大丈夫ですって!」
その時。女子チームが戻ってきた。ざわっと男子が沸き立つ。
「えー!可愛いじゃん!」
一番最初に声を上げたのはやはり飛段である。釣られてオイラも顔を向ける。
『あんま見ないで…恥ずかしい』
美羽が恥ずかしそうに顔を伏せている。いつもはストレートの髪がふわふわである。そしてバッチリメイクの施された顔はいつもより少し大人っぽく華やかで、モデルかと見間違えてしまうくらいに麗しい。
メイクでこんなに変わるものなのか、と驚愕した。
「え、まじいいじゃん。超可愛い、うん」
『なんか顔がペタペタして違和感…』
美羽が鼻をムズムズさせている。いつもはつけていないファンデーションに戸惑っているようだ。元々彼女は色白で肌が綺麗だが、ワントーン明るくなって全体のバランスが良くなっている。身内贔屓で見なくてもかなりいい。旦那のオーダー通りの人の目を惹く派手な美人である。
「可愛い。ほんと可愛い。月野さん」
『え…そう?ありがとう』
早瀬がかなり食い気味である。どうやらドストライクのようだ。
本当にいいのだろうか、と不安になる。美羽は元々可愛いがそこまで目立つタイプでもないので、わかるやつにはわかる、という可愛さだった。こんなに目立つようにしてしまったら、後々ややこしいことにならないんだろうか。
「美羽先輩は元々可愛い系なので。系統を変えて美人系にしてみました」
サクラがしたり顔で言った。似合うでしょ?の言葉に迷わず首肯する。
「まじでモデルみたい、うん」
『そんな大袈裟な…』
恥ずかしそうではあるが、満更でもないようだ。メイクをすることで多少なりとも自信がついたらしい。
「え!?お前皐月!?」
「なによ。当たり前でしょ」
その時である。飛段と皐月の会話に何気なく目を向けて、ギョッとした。
「…は?お前、誰?」
「……」
皐月は気の強そうな目を細めながら、誰とは何よ。と言った。
困惑する。ここにいるのは確かに皐月だが、どう見ても皐月じゃないのだ。
『ね!?皐月めちゃくちゃ可愛いよね!』
今度は美羽が食い気味である。皐月は面倒くさそうに頭をボリボリ掻いている。
「だーかーら!皐月先輩!髪いじっちゃダメです!」
「だって違和感すごいんだもん」
「なんで長くなってんの?うん」
「エクステですよ、エクステ」
いのに言われて納得した。ショートの髪が今は美羽と同じくらいのロングストレートである。勿論伸びたわけではなく、人工的につけたらしい。
「部活の時邪魔なんだけど…」
皐月は不本意そうである。しかし、オイラはじっと皐月を見つめて言った。
「短いのしか見たことなかったけど。長いの似合うじゃん、うん」
「…そう?」
皐月の頬がほのかにピンクに染まる。いつもとは違う可愛らしさに不覚にもドキッとした。
「皐月先輩はクールビューティー系なんで。そこに少し可愛らしさを追加してみました」
確かにコンセプト通りである。美羽も確かに綺麗になったが、皐月は変わり様がとんでもなかった。彼女は元々美容に無頓着で、はっきり言って野生児だ。しかしちゃんと人間の女になっている。
「すげー。お前女だったんだな、うん」
オイラが感心して言うと、皐月がむすっとしながら腕を組んだ。
「元から女なんですけど?」
「いや、そりゃそうだけど」
「おー。終わったか?」
その時。扉を開けてサソリの旦那が入ってきた。美羽と皐月を交互に見て、ふぅん、と一言。
「いいじゃねえか。予定通りだな」
『予定通りって…』
「二人とも整った顔してんだから。化粧すれば映えるに決まってるだろ」
旦那が美羽の顔をじっと見て何やら考えている。
「オイ、春野。美羽のグロスもっと赤が強い方がよくね?」
「あー、悩んだんですよね。赤にしてみます?」
美羽の現在のグロスはやや赤みがかったピンクである。
旦那は無言でサクラに手を突き出している。どうやら渡せと言っているらしい。
受け取って、美羽の顎をグイッと掴む。
『ちょっ…!』
「喋んな。口閉じろ」
『……』
「力抜けよ。塗れない」
むぐぐ、と美羽が眉間にシワを寄せている。旦那は真剣な面持ちで美羽の唇に赤のグロスを塗った。自然とこういうことが出来てしまうのはさすが旦那である。
「絶対こっちの方がいい」
「確かに。色っぽくていいですね」
サクラの言葉にだろ?と旦那。美羽は微妙な表情である。
旦那は今度は皐月に向き直った。皐月はムスッとしている。
「お前は諦めてちゃんと女になれ」
「だから、最初から女なんですけど」
「そうじゃなくて。わざと雑に振る舞うのやめろって言ってんの」
わざと?とその言葉に引っかかる。反論するかと思ったが、皐月はそれ以上何も言わなかった。どうやら覚えがあるということらしい。
『でも…こんなに着飾ったところで、どうするの?』
「明日からこれで登校しろ。メイクの仕方習ったんだろ」
「習ったけどさー、めんどい」
「めんどくさいことやんなきゃこの戦いには勝てねんだよ」
戦い?と美羽。旦那は首肯する。
「女の戦いは複雑そうに見えて単純なんだよ。美しい方が正義だ。そこに正しいか正しくないかは関係ない。陰湿な争いしてねーで美しさで殴り合え。そして今回はお前らを勝たせる」
『は…?なにそれ』
「あと美羽。お前今年もミスコンでろ」
はい!?と美羽が驚愕している。旦那は早瀬に視線を向けた。
「今年もやるんだろ?ミスコン」
「やる予定だけど」
「こいつエントリーさせて。絶対優勝させるから」
美羽が必死に抵抗する。
『無理だって!無理無理!去年の見たでしょ?また晒し者にされて恥かくだけだって』
「去年は丸腰だったからな。今年は完璧装備でいく。絶対に勝たせるから大丈夫だ」
旦那が美羽の肩にポンっと手を置いた。
「K女の時の自分に勝つなら今だぞ」
美羽の動きが止まる。旦那は続けた。
「本当はわかってんだろ。お前の敵はクラスの女子じゃない。過去の自分だ。それに勝たなきゃお前は一生そのままだぞ』
『……』
「オレは手助けはできるが、勝たせてやることはできない。過去のお前に勝てるのは今のお前しかいねぇんだよ」
美羽の瞳が、ギラっと輝いた。どうやら闘志が芽生えたようだ。
続けて旦那は皐月に向き直る。
「皐月。お前もだぞ。美羽に負け慣れるな」
「…別に負けてないし」
「お前はちゃんとすれば普通に美人だぞ」
旦那に褒められ、皐月は目を白黒させている。彼女は恐らく旦那に容姿を指摘されたのは初だ。動揺しているらしい。
「周りのクソ女を変えるのは難しいし、そもそも変える気もねぇから。お前らが変われ」
飛段がほえー、と気の抜けた声を出す、
「よく考えたなァ。確かに。仮にこいつらが極悪なことしてても、そんなことするわけねーって言いたくなるな」
『そもそも悪いことしてないし』
「そりゃそうだけど。派手な女子があーだこーだ言ってると、信じちまう奴も多いからな。うん」
学生の噂話は広まるのも早い。美羽と皐月を知らない人間らからしたら、よく考えないでこの二人の悪評を信じてしまう奴もいるだろう。そうなれば、二人の立場は今以上に悪くなってしまう。
それを食い止めた上でひっくり返す、というのが目的らしい。
さすが旦那である。彼は問題を曖昧にしたままにすることを好まない。きっちり精算して、お釣りまでかっさらう気満々らしい。
旦那は二人を見ながら腕を組んだ。
「今回のことを、なあなあにするな。絶対にお前らが勝て。負けることはオレが許さない」
美羽と皐月は黙っている。しかし二人の様子は先程とは明らかに違っていた。
彼女ら二人は、戦う目をしていた。
「馬鹿にされることに慣れるな。お前らは間違ってねーんだから。このクラスの天下は、お前らが取るんだぞ」
旦那はそう言って、ニッと妖しく笑った。