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夢小説設定
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「赤砂」
いつも通り教室でスマホをいじっていると、意外な人物に声をかけられた。条件反射で眉間にシワが寄ってしまう。
「…なんだよ」
そこにいたのは早瀬だった。早瀬はオレのことをジロッと見下げながら静かな声で言った。
「彼女、大丈夫?」
「は?」
「月野さんだよ」
美羽。その名前に嫌でも反応する。
「何かあったんだろ、女子の間で」
「…お前には関係ねぇだろ」
「関係ある。友達だから」
早瀬はキッパリと言った。オレはスマホを机の上に置く。
「彼女、相当女子にキツくあたられてるよ。そばにいてやらなくていいわけ?」
「……。仕方ねぇだろ。オレがいると余計揉める」
「馬鹿じゃねえの」
「は?」
「守ってやれよ。なんのための彼氏なんだよ」
早瀬はイライラした様子で言った。
オレもムッとする。
「女子の問題に男が介入すると余計揉めるだろ」
女子の問題ね、と早瀬は馬鹿にしたように呟いた。
「あれはもういじめだよ。そこに男女って関係あるのか?」
「……」
「彼女がいじめられてるのに見て見ぬ振りってどういう神経してんだよ」
いじめ。早瀬に言葉にされたら、ストンと胸に落ちた。そして気づく。自分で勝手に、そうじゃないと思い込もうとしていたのだと。少し揉めているだけだから大丈夫だと、そう都合よく思い込もうとしていた。
「いつも偉そうなのになんでこういう時だけ消極的なんだよ」
「……うるせー。色々あんだよ」
「色々って何?それって月野さんが理不尽に責められてても見て見ぬ振りする理由になるのか?」
「そういうわけじゃない。ただ、なんでもかんでも手助けするのはあいつのためにならないだろ」
「なんでもかんでも手助けしろとは言ってない。”今”手助けしろって言ってんだよ」
早瀬は軽蔑の眼差しでオレを見ている。
「彼女はいつも頑張ってるよ。それは多分皆知ってる。でもたまには一人で立てない時もある。それは決して甘えじゃない」
「……」
「その時のためにお前がいるんだろ。そんなこともわかんねぇのかよ」
馬鹿じゃねぇの、と早瀬は再び吐き捨てた。言い返せなかった。奴の言う通りだったからだ。
美羽と皐月のいざこざの時、マダラは少し放っておいてやれと言った。その助言は間違いではなかった。何故なら、美羽と皐月には元々強い信頼関係があったからだ。だからどうにかなる、というマダラとオレの共通認識だったのだろう。今回もその延長だと思っていたが、問題が根本的に違うのだ。
今の美羽は、オレの救えなかった中学時代の美羽そのものだ。世の中は確かに理不尽で、耐えなくてはならないことが沢山ある。でも、だからといってそれを全て良しとしなければならないわけではない。
救いたい、と思うこの感情は、決して間違いではないはずだ。むしろ、今救わなくていつ美羽を救うというのだろう。
オレは無言で席を立った。早瀬に背を向けて歩き出す。そのまま教室を出ようとしたところで、振り向かないまま奴に言った。
「…ありがとな」
「!」
「目ェ覚めたわ」
早瀬は何も言わないまま、ふんっと鼻を鳴らした。
****
昼休み終了まであと10分ほどである。
教室を出たはいいものの、美羽の姿は見つからなかった。どこにいったのだろう。
適当にうろついたところで彼女は見つけられない。オレは暫し考える。
彼女が、人目から離れたいと思った時どこに行くか。
……。
オレは視聴覚室に向かった。出会った当初に、何度か落ち合った秘密の場所。
ガラッと扉を開けてみれば、予想通りそこには美羽がいた。虚な瞳と目が合う。ドキッとした。
「……。お前、何してんの?」
『ああ。文化祭の飾り作り』
「文化祭?」
美羽は紙でできた花をくしゅくしゅにしている。フラワーペーパーというやつである。
『次のホームルームの時間、文化祭の準備に回すんだけど。多分あんまり協力してもらえないから、今のうちに作ってるの』
美羽はなんでもないことのようにそう言い、作業を進めている。
「皐月は?」
『陸部で何か集まってるみたいよ』
皐月が一緒にいるだろうと安心していたが、よく考えれば皐月には陸上部がある。彼女はその女子にまで嫌われたわけではないだろう。皐月を陸部に取られて仕舞えば、結局美羽は一人になってしまうのだ。
『大丈夫だから』
「……」
『慣れてるし。何年いじめられてきたと思ってんのよ』
美羽の表情は無である。完全に感情を殺しにかかっている。その方が楽なのだろう。
K女にいる9年間、美羽はこうしてずっと耐えてきたのだ。
オレはツカツカと美羽に歩み寄った。椅子を引き、彼女の目の前に腰掛ける。美羽が無表情のままオレを見た。
「そんなもんに慣れなくていい」
『は?』
「言ったろ。お前は何も悪いことしてない。堂々としてろ」
美羽の手元から紙を奪った。この独特のザラザラの感触。小学生以来だな、となんとなく懐かしい気持ちになる。
「オレ、こういうの得意だから」
『…別にいいのに。一人でできるし』
美羽は一枚新たに紙を取る。その手が僅かに震えていた。
暫く二人、無言で作業を進める。
『…カッコ悪いね、私』
美羽は小さな声でポツリと言った。
『こんなことで、怖くて仕方ない』
「……」
『中学の時と一緒。私は絶対悪くないのに。どうしても、自信が持てなくて。皐月みたいに堂々とできない。こんな自分が大っ嫌い』
美羽の瞳が揺れている。オレが来たことによって閉じていた感情が再び開いてしまったのだろう。
必死に目を擦っている美羽の頭をポンポンと叩いた。
「何度でも言う。美羽にはオレがいる」
『……』
「頼れ、オレを。お前が望むならクラスの女子全員ぶん殴ってやるぞ」
ふ、と美羽が小さく笑った。
『それはちょっと…』
「何故?ムカつくだろ」
『ムカつく、って感情とは少し違うのよね』
美羽は再び紙を折り始めた。オレもそれに習って紙を折る。
『…ありがとう。少し元気出た』
「……」
オレにできることはなんだろう、と少し考える。先ほど言った通り女子を全員ぶん殴ってもいいが、どう考えてもそれは解決にはならない。
…敵を味方につけるより、元々味方な奴らを懐柔した方が早いか。
あまり使いたくない手ではあるが。
「なあ、お前さ。男の友達増やす気ないか?」
オレの言葉に、美羽は無言で顔を上げた。