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中学時代、毎朝教室に入る時は足が震えた。この扉を開ければ待っているのはいつだって地獄だったから。
扉の前に立ち、ふーっと息を吐く。落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせた。ここはK女じゃない。あの時いじめられていた私はもうここにはいないのだから、と。
「おはよー美羽」
その時。声をかけてきたのは皐月だった。思わずビクッと震えた私を訝しげに見る皐月。
「なにしてんの?」
『…ううん、なんでもない』
「そう?あ、そう言えば昨日のねこねこテレビ見た?」
皐月は全く躊躇することなく教室の扉を開けた。クラスの視線が一斉に私たちに向けられる。立ちすくむ私と、我関せずの皐月。
「あずきちゃんめっちゃ可愛くなかった?」
『……。うん、そうね』
努めて冷静に振る舞う。冷たい視線が突き刺さっていることに、皐月も気付いてはいるだろう。しかし本当に全く気にした様子がない。さすが皐月である。彼女は自分が正しいと思っていることに関しては決して信念を曲げない。
その強さに、私は以前から憧れていた。
「お、おはよー美羽と皐月」
飛段に声をかけられ、私たちは自然とそちらに向かう。彼らは昨日の女子間のいざこざを既に知っている。満場一致で「くだらない」という意見であった。当たり前である。皐月を知っている人間からすれば、彼女がそんなことをするわけがないのはわかりきっていたからだ。
しかしながら、彼らが私たちに普通に接してくれることになんとなく安心した。
私はサソリを見た。彼は無表情でスマホに視線を落としている。
『おはよう、サソリ』
「おー…」
サソリも相変わらずである。チラッと視線を動かして私を見た。
「顔色悪いぞ。朝飯食った?」
『あー…今日はちょっとね』
昨日よりはマシといえど生理中は体調が悪い。サソリは私にずいと紙パックを差し出した。見れば、鉄分入りの飲むヨーグルトである。わざわざ買っておいてくれたらしい。
「腹ん中入れとけ。食わねぇと余計調子悪くなるぞ」
『…ありがとう』
素直にお礼を言って受け取った。そして思う。かなり気を使わせていると。
直接的には何も言ってこなくとも、皐月と私のことに彼が気を揉んでいたのは知っていた。その上今回の女子間の争いである。サソリもさすがにうんざりであろう。
「それにしてもよぉー…」
飛段がクラスを見回している。
「昨日まであんなに仲良くしてたのに、掌返しがひでぇな」
「女子なんてそんなもんよ」
皐月が興味なさそうに答える。
「アンタたちは知らないかもしれないけど、小学校でも中学校でもこういうことはあったから。ターゲットが変わるだけで、本質は全然変わんないのよ」
デイダラがああ、と相槌を打った。
「中学の時のは知ってるな、うん」
「まじで?全然知らねぇ」
デイダラは察しがいい。女子同士の陰湿な争いにも気付くのだろう。
「私そういうのまじめんどくさくて大嫌いだから。お偉い女子様に忖度しなきゃいけないくらいなら別にこれでいいわ」
むしろ気使わなくて良くて楽。と皐月。その言葉に嘘はないようだった。
サソリが私の背中をポンと叩いた。
「堂々としてればいい。お前らは何も悪くないんだから」
その言葉に、小さな声でうん、と答えた。
****
美羽と皐月は完全に女子の群れから外されている。
二人で弁当を広げている彼女たちを眺めながら、オレは小さく息を吐いた。
「心配?」
イタチに声をかけられ、曖昧に肯く。
「まぁ、な」
「大丈夫だろ。別に独りになったわけでもなし。暫くすれば元に戻るだろ」
何はともあれ、美羽と皐月自体は元の鞘に収まっている。本人たち曰く、仲直りはしていないらしいが。そこはとりあえず棚上げだ。
皐月は元々我が強く一人でも平気なタイプである。が、美羽は違う。人の悪意に敏感で、他人に流されやすい。なんでもない素振りをしているが、現状に心を痛めているのは明らかだった。恐らくK女にいた時のことを思い出しているのだろう。
せっかく最近は過去を精算できている様子だったのに。これでは昔に逆戻りである。
「それにしても…女は本当に面倒な生き物だな」
角都が心底面倒くさそうに言った。その意見には100%同意である。
「マスカラだっけ?そんなに高いの?」
「ブランドものらしいから。五千円くらいじゃね?うん」
「五千円!?高!」
飛段が驚愕している。たかだか睫毛に塗るだけなのにやたら高い。
「そもそも美羽と皐月って化粧してんの?」
「してるじゃん、軽くだけど。見ればわかるだろ、うん」
美羽はマスカラとグロスだけ塗っているはずだ。皐月も似たような感じである。そもそも彼女たちは元の顔がいい。決して派手さはないものの、化粧をしなくても素材の良さでそこらの女子には余裕で勝てる。
ふぅん、と飛段が相槌を打った。
「他の女子は化粧バッチリなのにな。そう考えると化粧ってあんま効果ないんじゃね?」
「お前…身も蓋もないこというなよ」
「だってこのクラスで美羽と皐月より可愛いやついねぇじゃん」
声がでかい。そしてそれは真実だからたちが悪い。
オレは無言で飛段の頭を叩いた。
「お前は話をややこしくするんじゃねーよ」
「いってー…だって耐えらんねぇんだよこの空気」
全体がピリピリしているのはなんとなくわかる。オレたちにもわかるくらいだ。渦中の美羽と皐月は相当辛いに違いない。
そして思う。やはりオレは、見守るしかないのだろうかと。美羽が苦しんでいるのに、オレは何もしてやることができないのだろうか。