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その日の最後の授業は体育だった。トイレでナプキンを変えていたら更衣室に行くのがすっかり遅れてしまった。
お腹は重いけれどそんなに痛くはない。薬様々である。私は小走りに更衣室に向かった。時間的にもう誰もいないだろうな、と更衣室の扉を開く。ガタッと音がした。
『…あれ、ひかりちゃん?』
「…、美羽ちゃん」
誰もいないと思っていたのに、そこにはクラスメイトの一条ひかりちゃんがいた。今日一緒にお昼ご飯を食べたメンバーの一人である。
ひかりちゃんは既に体操服を着ていた。室内に入りながら、私は彼女に声をかける。
『遅れちゃった。急がなきゃね』
「……うん。そうね」
ひかりちゃんが何かをポケットに隠したのが見えた。しかしそれに言及する気もない。
「先に行くね」
『うん、すぐ行く』
更衣室を去っていくひかりちゃんの背中を、黙って見送った。
****
体育の授業を終え、再び更衣室に戻る。皆が和気藹々話をしている中、私は黙々と着替えた。体操服を脱ぎ、シャツを羽織る。
「えっ!ないんだけど!」
ボタンを止めていると、一人の女子が慌てたようにバックを漁っていた。なにー?と周りの皆が反応する。
「CHANELのマスカラ!」
「えー?教室じゃないの?」
「教室に置いてきたらまずいからちゃんと持ってきたの!それなのにない!」
周りがざわついている。
CHANELのマスカラ。今日お昼に話題になっていた。
なんとなく、ひかりちゃんを見てしまった。彼女の横顔が微妙に強張っている。
「誰!?盗ったの」
「盗ったって…」
「絶対盗られた!じゃなきゃなんでなくなるのよ!」
更衣室に漂う不穏な空気。皆が周りを疑うようにジロジロ見ている。嫌だな、と思った。
その時。着替えを終えた皐月が出口に向かってさっさと歩き出した。目敏く気づきそれを呼び止める女子。
「皐月!ちょっと待ってよ」
「部活遅れるから」
皐月は全く話を聞かない。相変わらずマイペースである。
しかしその態度は被害女子の逆鱗に触れたようだ。
「もしかして皐月が盗ったんじゃない?」
「はぁ?」
皐月が至極めんどくさそうに眉を寄せる。
あり得ないな、と思った。皐月がそんなことをするわけがない。何故なら彼女は皐月だから。それ以外に理由がない。
「そういえば今日皐月授業途中で抜けたよね」
「ああ…水筒忘れたからね」
「その時に盗ったんじゃないの?」
皐月が呆れた顔をしている。
「CHANEL?だかなんだか知らないけど全く興味ないから。第一そんなに大事なら学校持ってくるんじゃないわよ」
言うことがいちいち正論でしかもキツイ。皐月の長所であり短所である。その態度が火に油を注いだ。
「やっぱり皐月が盗ったんだ。だからそんなに必死なんでしょ」
「必死なのはアンタでしょ。私は無関係。じゃ」
踵を返した皐月のバックを女子が掴んだ。バサっと皐月の荷物が落ちる。
当たり前だけれど、マスカラは出てこない。
「どこに隠してんのよ」
「だから隠してないっつーの。しつこい」
皐月は荷物をかき集め本当に更衣室を出て行ってしまった。女子は怒りに声を張り上げている。
「まじムカつく。あれ高かったのに」
「絶対盗ってるよね」
「第一皐月って前から」
一気に皐月の悪口大会である。証拠なんて一つもないのに。皆、自分が疑われるのが嫌なのだ。適当に犯人を作り上げた方が楽なのだろう。
本当に馬鹿馬鹿しい。
『皐月がそんなことするわけないじゃん』
私は言った。自分でも驚くくらい鋭い声だった。女子が一斉に私を見る。
『皐月はタオルすら持ち歩かない子よ。あんなガサツな子がCHANELのマスカラなんて使うわけないから』
なんだか悪口を言っている気もするけど、事実なので仕方がない。
「だったらなんで逃げたの?」
『だから部活があるんでしょ』
私はバタンとロッカーを閉じた。皆が狼狽ているのがわかる。私が怒っているのが珍しいのだろう。
私はじろっと例の女子を睨んだ。
『これ以上皐月を馬鹿にするなら貴方を許さないから』
荷物を持ち、更衣室を出た。
パタパタと上履きを鳴らし、彼女の後を追う。
『…皐月!』
階段を駆け上り、皐月を呼び止めた。皐月が無表情で私を見る。
『バカじゃないの』
「は?」
『あんな態度とったら疑われるに決まってんじゃん。どうして大人しくしておかないのよ』
皐月はふう、とため息をついた。
「じゃあどうすんの。犯人探しでもすんの?」
『…それは、』
ひかりちゃんの顔が浮かぶ。正直、疑ってしまう自分がいた。しかし証拠と言える証拠はない。
「犯人探ししたところでまた揉めるに決まってんじゃん。そいつ捕まえてどうすんの。晒し上げて皆で無視するつもり?」
『……』
「私そういうのほんとに嫌いなの。女子同士のいざこざに巻き込まれるのはもううんざり。私が犯人で丸く収まるんならもうそれでいいわ。アンタも私に話しかけない方がいい。巻き込まれるから」
皐月はさっさと教室に向かってしまう。私は無我夢中で皐月の腕を掴んだ。
『そういう考えはやめた方がいい』
「……」
『皐月は知らないんだよ。クラスの皆が全員敵に回った時の怖さを』
思い出す。K女にいた時のことを。朝から下校時まで話してくれる人は誰もいない。確かに私はここにいるのに、まるでそこに存在しないかのように扱われる苦しさを。
皐月にそんな思いをさせたくなかった。
『盗ったのは私でいい』
「はあ?」
『私は慣れてるから大丈夫』
今度は皐月が私の手を掴んだ。
「だからなんでアンタはそう自虐的なの」
『なによ。やってること変わんないでしょ』
「あんたのそういうところほんと嫌いよ」
『私だって皐月のそういうとこ大っ嫌い』
皐月が驚いたように私を見た。私の口は止まらない。
『大体皐月はいつも雑すぎんのよ。少しくらい協調性持ったらどうなの』
「…そんなの美羽に関係ないでしょ」
『関係あるの。私が迷惑してんのよ』
「私がいつアンタに迷惑かけたのよ」
『いつもよ、いつも』
皐月がムッとした顔をした。
「そんなに私が嫌いなら丁度いいじゃん。私は今日から皆の嫌われ者なんだから。ほっといてよ」
『嫌。放っておかない』
「…なんなのよ、さっきから。なんでそんなに絡んでくんの?ウザいんだけど」
私は迷わず言った。
『友達だからに決まってんでしょ』
「……」
『ていうかもう手遅れ。私も啖呵切って出てきちゃったから。明日から私も無視だろうねきっと』
女子たちの冷たい瞳を思い出した。あれは完全に敵認定されている。
皐月は呆れたような目を向けた。
「…馬鹿?」
『馬鹿なのはお互い様でしょ』
皐月が小さくため息をついた。少し悩んだように頬をかいている。
「…仕方ない。アンタとは一時休戦ね」
『休戦?』
「そ。可哀想ないじめられっ子同士協力するしかないでしょ」
『……』
黙っている私に、嫌?と皐月。私は首を横に振る。
『わかった。仕方ないから協力してあげる』
皐月はそこで初めて少しだけ笑った。
「別に美羽のこと許したわけじゃないから」
『奇遇ね。私も皐月のことを許したわけじゃない』
私も笑った。全然笑える状況じゃないのに、何故かにやけが止まらなかった。
その時である。サソリ含む男子チームが教室に戻ってきた。
二人でいる私たちを見て、あれ?という顔をしている。
「…お前ら仲直りしたの?」
サソリの言葉に首を振る皐月。
「いや。全然」
私も同意した。
『うん。まだバリバリ喧嘩中』
「はあ?」
サソリが困惑顔で私たちを見ている。
私と皐月はそっぽを向きながら、声を合わせて言った。
「『私たち仲悪いから。誤解しないでね』」
「……」
サソリは眉間にシワを寄せながら、めちゃくちゃ仲良いじゃねぇか…と呟いた。