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美羽はあれから表面上はいつも通りだった。マダラの家に行き世話を焼き、デイダラともいつも通り会話をし、夏季講習には行かなかったがオレと勉強会もした。
ただ夏休みの終わりが近づくにつれ、なんとなく気分が落ち込んでいるのは見て取れた。しかしこれはもう致し方ない。オレにできるのは見守ることくらいしかないし、オレからの助けも彼女は望んでいないだろう。
二学期が始まった。
美羽と皐月はただのクラスメイトだった。あからさまに避けたりはせず、しかし一緒にいるわけでもない。美羽が孤立することを懸念していたが、それなりに上手くやっているようだった。話しかける女子もいるし、自分から話しかけている時もある。その様を見てホッとした。
マダラの言う通り、美羽はオレが思っているより強いのかもしれない。
「美羽と皐月、どしたんだ?」
しかしオレたちからすれば二人の様子が異様なのはすぐにわかる。
飛段は別々の場所にいる二人を交互に眺めながら首を傾げた。
「珍しいじゃん。一緒にいないなんて」
「…まあ色々あったんだよ」
色々?とイタチ。オレは曖昧に頷く。
「喧嘩してるんですか?」
「喧嘩…まあ、喧嘩と言えばそうだな」
問題はもっと根深いが、それは簡単に説明できるものではない。
オレはチラッとデイダラを見た。奴も二人を眺めながら複雑そうな顔をしている。
「皐月から何か聞いたか?」
オレはデイダラに耳打ちした。デイダラは暫く沈黙した後、いや。と小さな声で答える。やはり何も聞いていないらしい。
「あの二人が喧嘩?あんなに仲良いのに?」
「仲が良くても喧嘩くらいするだろ。気にすることねーよ」
オレたちの心配を掻き消すように、授業開始のチャイムが鳴り響いた。
****
皐月が隣にいない学校は、私が思った以上に退屈なものだった。
「昨日のNステ見た?」
「見た見た。ユウトくんかっこいいよねー」
「今回のCHANELの新作マスカラ、高かったんだけど超良くて」
「えー、貸して貸して」
女子は基本、芸能人かファッションの話しかしないのだな、と初めて知った。どちらにもあまり興味のない私は会話に入れない。
無駄にニコニコしながら黙って会話を聞く。
いつもより美味しくないお弁当を食べながら、皐月とはどんな話をしてたっけ、と考える。漫画の話と、二人で行った猫カフェの話と、スタバの話と。……。よく考えたら本当にくだらない話しかしてないな。
でも、それでも楽しかった。なんでなんだろう。
皆がダラダラ食べている中、話し相手のいない私はいつもより早く食べ終わってしまった。お弁当箱を重ねたところで気づく。あ、薬がない。
今日はあの日だった。しかも重い日。生理痛がキツい私は痛み止めを飲まないと立ち上がれないくらい辛くなってしまう。思い出したようにお腹がズキズキと痛んだ。
女子がこれだけいれば誰かが薬を持っていそうなものだけど。なんとなく、声をかけられなかった。
『…ちょっと、お手洗い行ってくるね』
一応皆に声をかけ、ナプキンをもってトイレに向かう。薬がないことに気づくと更にお腹の痛みが強くなってきた気がした。午前中に飲んだ痛み止めが切れてきているのだろう。
トイレで用を済ませ、手を洗う。鏡に映った顔が青白い。ブサイクな顔、と独りごちた。
本当に酷い顔だ。これ、みんなの前でちゃんと笑えてたのかな。
じっと鏡を見ていると、後ろでトイレを流す音がした。扉が開く。そこには皐月がいた。皐月は私の姿を認めて、少しだけ驚いた顔をした。しかし何事もないようにツカツカと歩いて隣で手を洗っている。私は無駄に手櫛で髪を整える仕草をした。
「ブサイク」
『は?』
思わず皐月を見てしまった。皐月は手を洗いながらジロッと私を見た。
「顔色悪いって言ってんの」
『ああ…』
話しかけられると思っていなかったので驚いてしまった。
「薬ないの?」
『……。なんの話?』
流石皐月である。私の顔色を見て察したらしい。長くいれば体調不良も悟られやすくなる。というか単純に皐月が鋭い。
皐月は私の返答に、何も言わなかった。さっさと手を洗い終え、パタパタと手を振っている。その様を見てムッとした。
『だからタオル持ち歩きなって何度も言ってるじゃん』
「は?めんどくさいんだもん」
『女子失格』
私は持っているタオルを皐月に突き出した。皐月がじっと私を見ている。
『迷惑だから。拭いて』
「……」
皐月は無言でそれを受け取った。両手でグシャグシャにしている。拭き方すら雑である。
「洗って返せばいい?」
『いいよ。そんなの』
「あ、そ」
皐月はそう言うとタオルを私に返してさっさと踵を返してしまった。
相変わらずだな、と思った。そしてその相変わらずの姿に、酷く安心してしまう。
****
「サソリ」
教室でスマホをいじっていると、話しかけてきたのは皐月だった。なんとなく驚いてしまう。彼女と話すのは久しい。
「これ」
皐月はずいと拳を突き出した。反射で受け取る。そこには銀色に包まれた二つの白い粒。
「なんだこれ。薬?」
「あの子に渡して。調子悪いんだと思う」
あの子、というのが美羽だというのはすぐにわかった。そういえば生理中だったな、と思い出す。しかし、なぜオレに。
そのまま踵を返そうとする皐月の腕を掴んだ。めんどくさそうに振り返る皐月。
「自分で渡せよ」
「やだ」
「何故」
「……。気まずいんだもん」
皐月は目線を斜め下に向けながら小さな声で呟いた。気まずいって。
「別に普通に話しかければいいだろ」
「無理よ」
「だからなんでだよ」
「………。嫌われたから」
嫌われた?受動態?オレは眉を顰める。
チラッと辺りを見回した。美羽の姿は見えない。
「…お前が美羽に何か言ったんじゃねーのか?」
「言ったといえば、言ったことになるんだと思う。陸部で、美羽の悪口言ってるの聞かれたから」
「悪口って」
お前なぁ、と言いかけたところで皐月が反論する。
「私は言ってない。陸部はアンタのファンが多いのよ。周りがわーわー言ってるだけ。私は美羽の悪口言ったことなんてないから」
「……。じゃあなんでこんなに拗れてんだよ」
「それは」
皐月が一層声を顰める。
「皐月がデイダラ好きなら、私のことは邪魔でしょって。嫌いじゃない方が逆におかしいって」
「あー…」
やはり美羽が話を誇張させているようだ。お互いに自分が嫌われていると思っているらしい。オレは頭を掻く。
「言っとくけど、お前美羽に嫌われてないぞ」
「……」
「オレに言ってたから。皐月には感謝してるって。嫌われても自分は好きだから、だから普通にするってさ」
皐月は黙っている。心なしか頬が赤い。
「迷惑かけて悪いけど。できたら普通に話しかけてやってくれ」
「……今はまだ無理」
「何故」
「色々あんのよ。もうちょっと時間ちょうだい。気持ち整理させて」
まだ皐月も混乱しているらしい。まあ、あれだけ揉めておいてすぐに仲良くしろっていうのも無理な話か。
オレは首肯した。
「わかった。これはオレが渡しとくから。何か手伝えることがあるなら言ってくれ」
皐月はありがとう、と呟いた。
オレに素直に礼を言うあたり、皐月もかなり精神的に参っているようだ。
皐月が去った後、オレは美羽の姿を探しに教室を出た。すると、廊下でボーッと外を眺めている美羽の姿が。確かに顔が青白く、調子が悪そうである。
オレは持ってきていた薬とペットボトルを差し出した。驚いたようにオレを見る美羽。
『…え。なんで』
「調子悪いんだろ。飲んどけ」
美羽は素直にそれを受け取った。じっと薬を見つめている。
「ダメそうなら保健室行くか?」
『ううん。平気。薬飲めばすぐ治まるから』
美羽は薬の袋を破り、口の中に放り込んだ。ペットボトルの水に唇をつける。
ごくりと喉を鳴らし、美羽は虚な目でオレを見た。
『悔しい』
「なにが」
『喧嘩してるのに、それでも尚見透かされているところが』
主語がなくても誰のことなのかは明白である。オレは鼻を鳴らした。
「お前のことを嫌いな奴がそんなことに気付いて、薬まで渡してくれるものなのか?」
『……』
「お前の気持ちもわかるけど。もっとアイツのこと信じてやれば?」
美羽は黙っている。
時間の問題だな、と思った。美羽も皐月も明らかにお互いのことを気にしている。何かきっかけがあればまた仲良くすることも可能だろう。少しだけホッとした。
美羽はオレにペットボトルを返し、思い出したように口を開いた。
『…ねえサソリ。昨日のNステ見た?』
「は?なんだ急に」
美羽からテレビの話が出るのは珍しい。彼女は基本芸能人に興味がないはずである。オレもそうだが。
「見てねーけど」
『…だよね』
「お前見たの?」
『ううん、見てない』
「…なんだそれ」
オレの言葉に、何故か美羽は嬉しそうにふふっと笑った。