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美羽はあれから完全に塞ぎ込んでしまっている。オレからの連絡にも返信がない。真白さんにこっそり様子を聞いたら、部屋で一人で勉強をしているようだ。
何か私にできることがあったら言ってね、と真白さんは言った。何かあったのはわかっているのだろうが、詮索はしてこない。そこはやはり彼女なりに線引きがあるのだろう。真白さんは何も考えていないように見えて鋭い人物である。
皐月は皐月で、デイダラに何も話していないようだ。言えないのだろう。何かあったのか伝えるには、好意を告白しなくてはいけないからだ。
尋常じゃなく話が拗れている。とてもオレ一人でどうにかなる問題ではなかった。
何度か降り立った駅を通り抜ける。
重い足取りで、奴の家に向かった。インターフォンのボタンを押す。家主が応答した。
「オレだ。開けろ」
暫くして、ガチャン、と鍵が開いた。目つきの悪い漆黒の瞳と対峙する。
「…今日は来る予定じゃなかったはずだが?」
「相談がある」
相談?とマダラが眉を寄せた。
オレはずかずかと家に踏み入る。小太郎が警戒した様子で逃げていった。小太郎は美羽以外に懐いていない。
オレはいつも使っている居間に足を踏み入れた。勝手に座布団を引っ張り出して腰を下ろす。マダラが呆れた様子で机を挟んで座った。
「お前がオレに相談なんて。明日地球が滅びるのか?」
その言葉を無視してオレは口を開く。
「デイダラが美羽を好きな事に本人が気づいた。美羽と皐月が決裂している。どうすればいいんだ」
オレは矢継ぎ早に言った。マダラは目を白黒させている。
「…ほお。やっと気付いたのか」
「恐らく女子どもが噂話をしているのを良くない風に聞いたんだと思う。完全に塞ぎ込んでる」
マダラは少し考える仕草を見せる。
「どうしたらと言われてもな。事実として受け入れるしかないだろう」
「デイダラの美羽への好意は正直どうでもいい。問題は美羽と皐月だ」
どうでもいいって、とマダラ。
「随分な言い様だな」
「見てわかるだろ。二人はべったりだったんだよ。皐月は友達が多いタイプだが美羽はそうじゃない。今は夏休みだからいいが明けが地獄だ。アイツ孤立しちまうぞ」
美羽も友達がいないわけではない。しかし彼女は女子の嫉妬の対象になりやすい。皐月が離れたら掌をひっくり返される可能性大である。
オレが美羽と一緒にいる手もあるが、それは彼女を女子から孤立させることを加速させる。男子と女子だ。どうしても常にべったりというわけにはいかない。
二学期は文化祭も体育祭も修学旅行もある。仲の良い友人がいないのはかなり辛いだろう。
「心配しすぎじゃないか。また勝手に友達作るだろう」
「そう楽観視できねーんだよ。アイツ中学までいじめられてたから」
ああ、とマダラは呟いた。どうやら知っているようだ。
「あれは教師の問題だな。むしろあの教師が美羽を孤立させるためにいじめを助長したと言える」
『…教師が?』
「お前と一緒だよ」
『は?』
「仲間をなくす事で美羽を自分に依存させたかったんだ」
依存。その言葉に反応する。覚えがあるだろ?とマダラは笑った。
「今、美羽を自分に依存させたいなら狙いどきだぞ。仲間もいない。弱っているからな」
「……」
「でも、お前がしたいことはそうじゃないだろう」
マダラは続ける。
「知ってるか?お前らが学校で学ぶこと」
「…勉強だろ」
「それはあくまでサブだ」
頭に疑問符を浮かべるオレ。マダラは頬杖をつきながらニッと笑った。
「理不尽と忍耐だよ」
「……」
「お前らは学生だからわからないだろうが、社会に出たら今以上に理不尽なことだらけだぞ。学校はその理不尽さに耐える練習をする場だ」
黙っているオレに、マダラは更に続ける。
「目の前の石をどけるのは簡単だ。でもこれから先、お前はずっと美羽が転ぶ前に石を退け続けるのか?そしてそれが可能なのか?」
「……」
「美羽は今、自分で考え、なんとかしようとしている。お前は見ていればいいんだよ。手を差し伸べるのはアイツのためにならん」
「……」
「心配なのはわかるが。しばらく見守ってやれ。アイツだって中学から成長しているんだから。案外アッサリ解決するかもしれんぞ」
オレは首に手を当て考える。些か楽観的な意見の気もするが。
美羽が成長しようとしている。その言葉はなんとなくわかる気がした。
「つまり、オレにできることは何もねーってことか…」
「あるにはあるぞ」
「?」
「いつも通りに接することだ。腫れ物を扱うようにしないこと。簡単なようで難しい。そして美羽が相談してきた時だけ、きちんと考えて答えてやれ」
確かに、今までのラインは彼女を気遣いすぎて鬱陶しくなっていたという自覚があった。
だからこそ、美羽は頑なに返信をしてこないのかもしれない。
「信じてやれ。アイツはお前が思うより強いぞ」
マダラはそう言って、いつも通りの余裕の顔で笑った。
****
スマホを確認するも、やはり連絡はない。気にはなるが、もうこちらからは連絡はしないことにした。
美羽はきっと、今自分で考えている。そこにオレの意見は必要ないのだ。だからこそ、彼女はオレに相談してこないのだろう。
寂しい気もするが、ここでオレに依存させたところで互いのためにならないのは明らかである。
最寄駅に降りると、いつも美羽と入っているスーパーが目に入った。何か買っていくか、と自動ドアをくぐる。
惣菜コーナーに直行しようとし、ふとなんとなく作ってみようか、と思い立つ。いつもだと美羽と勉強会をしている時間だ。彼女と会う予定のない今、時間は無限にある。
適当に見繕って食材を買った。レジを通してマンションに向かう。
忙しいと思っていた夏休み。美羽に会わなくなると、やることのなさに驚愕してしまう。オレも思った以上に彼女に依存していたのだと気付いた。良くない傾向だな、と冷静に考える。彼女のことは好きだが、彼女がいないと生きていけないような情けない男にはなりたくない。
キッチンに材料を置き、調理器具を出す。ここは既に美羽の城だ。オレには用途のわからない器具も多数ある。オレは包丁と鍋さえあれば問題ないが。
さて、と腕をまくった。手先の器用さには自信がある。いつも食事は美羽に頼りきりだが、自分がどこまでできるのか試してみたかった。
****
作ったのはハンバーグである。わざわざ作り方を調べなくても、なんとなくこうだろうというのが予想しやすかったからだ。
材料を捏ね、成形して焼く。焼き色がついたところでひっくり返して、蓋をした。ソースはデミグラスだよな、とケチャップとウスターソースを混ぜる。
両面焼き、皿に乗せソースをかけた。見た目は悪くない。なんとなくスマホで写真を撮ってみる。
何故か少し緊張しながら一口食べる。うーん、と考えた。
悪くはない。しかしなんというのだろう。特別美味しいとも思わない。美羽が作ったものは一口食べただけで美味い、と思うのに。この差はなんなのだろう。
咀嚼しながら考える。今までだったらこの味で満足できただろうが舌が肥えてしまっている今となっては物足りない。それが何故なのか凄く気になる。
悩んだ末、聞いてみる事にした。こちらからは連絡しないと決めたが、全く別の話題なら問題ない、という判断である。
わからないものをわからないままにするのは気持ち悪いという感情に勝てなかった。
写真を添付し、味がイマイチなんだが理由わかるか?と打った。返信があるかはわからないが、とりあえず聞いただけで少しスッキリする。
スマホを置こうとしたところで、機械音が鳴り響いた。驚いて画面を確認する。メッセージではなくライン電話である。早いにも程がある。
「もしもし?」
『お肉は合挽肉?』
美羽は一も二もなくそう言った。オレは肯定する。
「合挽。7:3だったな」
『それとは別に牛切り落とし肉を自分で合挽にして混ぜるの』
「わざわざ?何故」
『そっちの方が美味しいからに決まってるでしょ』
美羽は素っ気なく言った。
『料理に大事なのは一手間なのよ。ちょっとの手間で全然違うの』
「なるほどな。じゃあ肉の問題か」
『あと香辛料じゃない?ナツメグ入れた?』
なつめぐ?とオレ。馴染みのない言葉である。
『冷蔵庫に入ってるよ』
「ナツメグナツメグ…これか」
オレンジの小さい小瓶である。これを一振りするだけで劇的に味が変わるのだと美羽は言った。
「ふーん…じゃあ今度試してみるわ。ありがとな」
『……』
美羽は黙っている。5日ぶりにする美羽との会話はいつも通りだ。しかしそれはあの話を避けているからだろう。
今までの様子からして、美羽がオレに話したくないのはわかっていた。名残惜しいが、今日はこれで会話を終えた方が良さそうである。
「じゃあ、」
『ごめんね』
会話を締めようとしたところで美羽が言った。
『心配してくれたのに、連絡返せなくて』
「……。気にすんな。オレもしつこく連絡して悪かったな」
いつも通り、いつも通りと自分に言い聞かせる。
『色々考えてて。それで思ったんだけど』
「……」
『皐月には感謝してるの。今まで本当に優しくしてもらったから。たとえそれが同情だったとしても』
だから、と美羽は続けた。
『いつも通りにしようと思うの』
「……」
『嫌われてても、私は好きだから。これまでみたいに仲良くしてもらうのは難しいだろうけど。でも、私は普通にする。だからサソリは心配しなくて平気』
美羽はハッキリ言った。マダラのいう通り、どうすべきなのか自分で考えて答えを出したようだ。成長しているんだな、と感心した。
『あと、デイダラのことだけど…』
美羽は小さく息を吐いた。
『私は普段通りでいいのかな。そこがちょっと良くわからなくて』
「いいんじゃねぇの。本人は言うつもりなかったらしいから」
第三者が勝手にバラしただけで、デイダラ自身はまだ美羽に気持ちが伝わったことを知らない。気まずくなったり避けられたりすることを望んでいるわけもなかった。
『わかった。じゃあ普通にする』
「おー…お前あさってどうする?」
あさってはまたマダラの家に3人でいく予定である。
『ちゃんと行く。一応私の仕事でもあるから』
「そうか。じゃあまあ、いつも通りで」
いつも通りね、と美羽は呟いた。自分に言い聞かせているようだった。
根本的な解決自体は難しいのだろう。それでも美羽は前に進まなくてはならないのだ。本人もそれはよくわかっているのだろう。
そしてそれは、皐月も一緒である。