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夕暮れの校庭を一人で歩いた。サソリとデイダラは校門で待ってくれている。
女子の部室に彼らが行くわけにはいかないという配慮だ。
足がとんでもなく重かった。しかし不思議と、涙は出ない。
知らなかった。デイダラが私のことを好きだったなんて。皐月が私のことを嫌っているなんて。本当に、微塵も。知らなかった。
私は今まで、どれだけ皐月を苦しめていたのだろう。近くにいたのに、なにも気付いていなかった。最低だ、と思った。こんなの、実は嫌いでしたなんて言われても文句は言えない。
今度からどんな顔をして皐月に会ったらいいのか、全然分からなかった。
「美羽…ッ、待って!」
その時。息を切らした皐月が追いかけてきた。とてもじゃないけれど振り返れない。私は歩くスピードを早めた。
「待って…ごめんね、誤解なの」
『…なにが誤解なの』
自分でも驚くほど冷たい声が出た。皐月が声を詰まらせる。
『デイダラが私を好きだっていうのが誤解なの?』
皐月は何も言わない。できれば誤解だと言って欲しかった。
「それは…私の口からはなんとも言えない。だけど、私が美羽のことを嫌いっていうのは誤解」
『なんで?』
「なんでって…」
皐月は言い淀んでいる。納得がいかなかった。
もしも本当にデイダラが私のことを好きなら、皐月はずっと嫌な思いをしてきたはずだ。それなのに私のことを嫌いじゃないなんて逆におかしいじゃないか。
私は初めて皐月を見た。いつもは堂々としていて正しいことしか言わない皐月が、今まで見たことがないくらい酷く動揺した様子だった。その顔を見て、確信する。
先ほど私が聞いた会話は全部、間違いではないのだと。
『可哀想な私に同情してくれてありがとうございました』
私は更に歩くスピードを上げる。すると、皐月が私の腕を掴んだ。強い力だった。
「どうして信じてくれないの」
皐月は言った。声が震えていた。
「今までずっと一緒にいたじゃん。私は美羽のことが好きなんだよ。どうして信じてくれないの」
『そんなの信じられるわけないじゃん』
「なんで?」
『だって、皐月はデイダラのことが好きなんでしょう。だったら私のことなんて邪魔に決まってるじゃん』
皐月が黙る。私は沸騰するこの感情を抑えられなかった。
『別にいいよ。私ずっと友達いなかったから。またいなくなっても平気』
「……」
『やっぱり私には嫌われる理由があるんだよ。皐月も無理する必要ないから。皐月は私と違って友達沢山いるもんね』
「私あんたのそういうところ嫌い」
グサっときた。嫌われているのはもうわかっていたはずなのに。
「どうしてそう、悪意にばっかり敏感で、目の前の私を信じてくれないの?」
『……』
「1年以上ずっと一緒にいたじゃん。その私は信じてくれないの?美羽から見た私は、ずっと美羽のことを嫌いだったように見えるの?」
今までの皐月のことを思い出す。皐月はいつも私に優しかった。時々キツイことも言うけど、それはいつだって私を思っての発言だった。
あの時の皐月が、私のことを嫌いだったなんて思いたくはない。思いたくはないけれど。
私は好かれた記憶より、嫌われた記憶の方がずっと多いのだ。
『仕方ないでしょ。だって私、ずっと嫌われてきたから』
「……」
『好かれる方がおかしいのよ。今までありがとう。嘘でも友達になってくれて嬉しかった』
皐月からはもう動揺の色が消えていた。代わりに怒りに歪んだ顔が私を睨み付けている。
「…わかった。もういい」
皐月は静かに言った。
「私は美羽が大っ嫌いよ。そう言えば満足なんでしょ」
私は首肯する。
『そう言ってもらえた方が逆にスッキリするわ』
「あっそ。そりゃよかった。じゃあね」
皐月は私に背を向けた。私と皐月は、違う方向に向かって歩き出す。
彼女のことは唯一無二の親友だと思っていたのに。
壊れるのはこんなにも容易くて、脆い。
****
「遅いな、美羽と皐月」
夕日がじりじりとオレたちを焼く。美羽が皐月の元に向かってから30分以上の時間が経過していた。確かに、食料を届けに行っただけなのに遅い。スマホへの連絡もなかった。
「何してんだろうな、うん」
「…さぁ」
いつもなら心配で探しに行くところだが、校内では何か危険な事象が起こるとも考えづらい。それに闇雲に探しに行くより校門で待っていた方が確実に落ち合える。
「暇なら勉強して待ってるか?」
「いや、しねーし…お!」
デイダラが顔を上げた。その視線を追うと、美羽がこちらに歩いてくるのが見える。コンビニの袋がないところを見ると皐月には会ったらしいが、肝心の皐月の姿は見当たらなかった。
「おーい、美羽」
デイダラがひらひらと手を振っている。美羽は無表情である。オレは彼女の様子がおかしい事にすぐに気付いた。
「皐月は?」
『…知らない』
「知らない?」
どういうこと?というデイダラの質問には答えない。美羽は青白い顔をして、オレを見た。
『全部聞いた』
「…は?」
美羽はそれだけ言って、オレたちをすり抜け歩き出してしまう。勿論オレとデイダラは困惑する。
全部聞いた?全部聞いたって何をだ。
「…おい、待て」
「え、なに?どうしたんだ?」
『だから全部聞いたんだって!』
美羽は大きな声を出した。叫びに近かった。
美羽はそのまま再び歩き出してしまう。オレはデイダラを一瞥した。
「よくわかんねーけどオレは美羽を追うから。お前は皐月待っててくれ」
「…了解、うん」
既に小さくなり始めている美羽の背中を懸命に追う。
道を一つ折れたところで、オレは美羽の腕を掴んだ。
「待てって」
『……』
美羽は足を止めた。チラッと後ろを見る。デイダラがいないことを確認しているようだった。
オレは一つ息を吐いてから、聞いた。
「どうしたんだよ」
『サソリは知ってたんでしょ』
「何を」
先程から全く要領を得ない。美羽はオレの胸あたりをじっと見ている。
『デイダラが私のこと好きだって』
オレは息を詰まらせた。そのリアクションを見て、美羽は確信を得たようだ。
『知ってて、黙ってたの?』
「…言えないだろ、そんなこと」
『言って欲しかった』
「……」
『言ってくれてたら、こんなに皐月を傷つけることもなかったのに』
美羽は唇を噛み締めている。どういう経緯かはわからないが、陸上部に行った際にデイダラの自分への想いを知ってしまったようだ。
予想されていた中でも最悪の事態だ。この様子だと、彼女は既に皐月とは決裂している。
オレは美羽の腕を掴む手に力を込めた。この胸の動揺を悟らせたくなかった。
「とりあえず落ち着け。デイダラがお前を好きなところで、別に何も変わらない」
『変わるに決まってるじゃん。どんな顔して皐月に会えばいいのよ』
「いつも通りでいいんだよ」
『無理。皐月は私のこと嫌いなんだって』
美羽はなんでもないことのように言った。それは素振りだけで、とんでもなく気にして傷ついているのは火を見るより明らかである。
オレからしたら皐月が美羽を嫌っているようには到底思えなかった。
しかし美羽のこの性格だ。受け入れられないのも仕方ないことだろう。
『…最っ低』
美羽は言った。それが誰かに向けられたものではなく、自虐なのだということはすぐにわかった。
『私はずっと大事な人を傷つけてた。何も知らなかったなんて言い訳でしかない』
「……」
『こんなんだから嫌われるんだって、よくわかったの。いじめられてたのもずっと友達いなかったのも、やっぱり私が悪いんだ』
「……」
『いいよ。サソリも嫌ってくれて構わない。私はもう一人でいい』
オレは知っている。美羽は皐月のことが大好きなのだと。彼女は誰よりも、オレよりも皐月のことを信頼していた。その親友を傷つけていた自分を許せないのだ。好きで、誰よりも信じた相手だからこそ、彼女は自責の念に押し潰されている。
間違っている、と思った。デイダラが美羽を好きな気持ちも、皐月がそれによって受けた傷も、確かに消えない。しかしそれは美羽が悪いわけではないのだ。これ以上、美羽が自分を傷つける姿をオレは見たくない。
今にも壊れてしまいそうな美羽の肩をそっと抱いた。嫌がられるかと思ったが、彼女は抵抗しなかった。
好きだ、と何億回思っただろう。オレは美羽が好きだ。例え世界中の人間が彼女を責めたとしても、オレは彼女の隣にいたい。オレは誰よりも大事な彼女をしっかり抱きしめ、言った。
「美羽にはオレがいる」
『……』
「言ったろ。何があってもオレはお前の味方だ。それは今までもこれからも変わらない。絶対にもう、一人にはさせないから」
美羽は何も言わなかった。小さな身体が、震えていた。