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『マダラ先生。昨日の夜ご飯なに食べました?』
マダラ先生は黙っている。腕の中の小太郎が代わりににゃーん、と鳴いた。
「どうでもいいだろう、そんなこと」
『よくないです!なんですかこのカップラーメンの山は!』
ビシッと私はゴミ箱の中のカップ麺の器を指差した。何日分かわからないけれど凄い量である。このゴミの溜まり方を見るに、ゴミ捨てすらまともにしていないらしい。
マダラ先生は至極めんどくさそうな顔をしている。
「仕方なかろう。独身男性なんて皆そんなもんだ」
『ダメダメダメ!ダメでーす!カップラーメン禁止!』
「無理だ。そんなことしたら死ぬ」
『任せてください!私が作ります』
ドサっと私は大量の食材を机の上に置いた。マダラ先生が困惑した様子で私を見る。
『こんなことになってるだろうとちゃんと準備してきました』
「そうは言っても…鍋くらいしか調理器具もないぞ」
『大丈夫です。それも持ってきました』
一人暮らしの男性の家に調理器具がないのはサソリで経験済みである。ちゃんと家から準備して持ってきた。
マダラ先生は未だに納得いかない表情である。チラリとパソコンに向かっているサソリに視線を向けた。
「…おい。どうなってるんだお前の女」
「諦めろ。コイツはみんなのオカンだ」
「オカン?」
「そ。捨て猫には餌をやらないと死ぬ病気なんだよ」
当たらずとも遠からずだな、とデイダラが笑う。馬鹿にされているような気もするけど、とりあえず今はそんなことはどうでもいい。
『じゃ!キッチン借りますね!サソリとデイダラはそのままお仕事よろしく!』
有無を言わさず、私は居間の扉を開いてキッチンに向かった。
****
「美羽はいつもああなのか?」
美羽と小太郎がキッチンに向かい室内は驚くほど静かである。その静寂を破ってマダラが声をかけてきた。オレは首肯する。
「オレと初対面の時もそうだった」
「……」
マダラは悟ったような顔で、「お前も苦労してるんだな」と言った。否定はできない。
「美羽は世話焼きだから。そこに距離感がないのが玉に瑕、うん」
「まあそうだな。男を勘違いさせるタイプ」
男は単純なのである。可愛い女子が自分のために料理を振る舞ってくれようものなら、オレのことが好きなのか?と勘ぐってしまうものだ。恥ずかしながらオレもそうだったし。
しかしそんな気は全くないのが天然オカンの美羽である。
オレはパソコン画面から顔を逸らさず言った。
「ま、味は保証するから。あんま心配すんなよ」
「…本当に、春島とは全く違うな。アイツは”全人類の男性は私に尽くすためにいる”ってタイプだったぞ」
真白さん…。若かりし頃は今よりもっと凄かったようである。
男がなんでもやってくれるから、彼女自身はなにもしなくてよかったのだろう。そして本人もそれをよしとしてきた。美羽もそれをずっと間近で見てきている。
美羽が真白さんに反発するのはこういった背景もあるのだろう。
実際は口で言っているほど真白さんは苦労知らずではないと思うが。二十歳そこそこで夫婦のみで子育てするのは簡単なことではないだろう。
「…お前らは」
マダラがオレとデイダラを交互に見た。
「同じ相手が好きなのに仲がいいんだな」
「……」
デイダラがぶすっとしている。オレは答えた。
「別に仲良くねーよ。腐れ縁だ」
「腐れ縁、ねえ」
マダラがニヤニヤした。
「バレるのは時間の問題だぞ」
「……」
「バレませんよ。オイラ言う気ないんで、うん」
デイダラは頬杖をつきながら仏頂面である。マダラは続けた。
「お前が言う気がなくとも、だ。厄介な奴はどの世界にもいるんだよ」
厄介な奴。先日の夏季講習の女を思い出す。もう顔も名前も忘れたが、アイツもデイダラの美羽への恋心を悟っている風だった。
オレが思っている以上に、デイダラから美羽への矢印は周知されているらしい。
遅かれ早かれ美羽がそれに気づく日はやってくる。その時一番心配なことは、美羽と皐月の関係性だ。
オレとデイダラはどうにでもなる。しかし彼女達は違うであろう。仲睦まじい二人の友情が一瞬で壊れる危険性が見え隠れする。恋愛とはそういうものだ。今の彼女たちは爆弾を抱えているような状態である。
大変だな、とマダラは呑気に言った。完全に他人事である。オレはため息をついた。
「こればっかりは仕方ない。二人のことは見守るしかねぇから」
マダラはオレの言葉に、ニッと口角を上げて笑った。
****
マダラ先生の冷凍庫にはおおよそ1週間分の料理をストックした。温めるだけなんだからちゃんと食べてくださいね、の言葉に曖昧に肯くマダラ先生。また1週間後に来た時ちゃんとチェックしますからね!と念を押した。
「夕方でも暑いなー、うん」
3人で肩を並べながら帰路に着く。日はだいぶ傾いているのに蒸し暑い。最近は太陽が沈んでも30度を下ることはなかなかない。
サソリの眉間にシワが寄っている。彼は私たちの中でも一番暑さが苦手である。
「これからどうする?」
『うーん…微妙な時間よね』
時間をスマホで確認したところで、タイミングよく一通のラインが届いた。開いてみれば皐月からである。内容を読んで思わず笑ってしまった。なに?とサソリ。私はスマホの画面を見せた。
「”腹減った。死ぬ”。男のラインかよ…」
『多分部活終わったんだと思う』
皐月は陸上部である。この夏も毎日のように練習があるらしい。朝から走り回っていたらそりゃあお腹も空くだろう。
私は皐月に、【何か買って持っていくよ】と送った。【愛してる、美羽】の返信。私はまた笑った。
「じゃあ一度学校行って皐月拾いに行くか、うん」
デイダラの言葉に、私とサソリは同意した。
****
陸上競技で一番大事なのは忍耐である。
走っている時はいつだって苦しい。耐えて耐えて、誰も切っていないゴールテープを切った瞬間がとてつもなく気持ちが良いのだ。
人生も同じだ。耐えて耐えて、気持ちが良いのはほんの一瞬。その一瞬のために皆耐えて生きている。
「皐月。そろそろ帰ったら?」
部室で横になっていると部員に声を掛けられた。今日は特に全力を出し切ってスイッチが切れた状態である。おにぎりを何個か持ってきていたけれどとっくにストックが無くなってしまっていた。
「無理ー。何か食べないと動けない」
「食べ物なんてないよ」
「美羽が持ってきてくれるって」
ああ、と彼女は素っ気なく答えた。
陸上部で、美羽の名前を知らない人はいない。私と仲がいいというのも勿論ある。が、そこにあるのは、もっとどうしようもない理由だ。
「いい加減つるむのやめたら?」
「なんで?」
「評判良くないじゃん、あの子」
陸上部では、美羽のことを嫌っている女子が非常に多い。理由は二つある。一つは、美羽と喋ったことのある人物が私しかいない。それくらい、彼女はスポーツ系の女子との関わりが薄い。タイプが全く違うのだ。
あともう一つ。陸上部にはサソリとデイダラのファンが多い。彼ら二人にチヤホヤされている美羽が単純に気に入らないのだろう。
私は暑さに火照る頬を擦りながら言った。
「ご忠告どうも。でもそれは私が決めることだから」
何十回この解答をしたかわからない。女子は自分が気に入らない女を孤立させたがる。美羽と一番仲が良いのは私だ。私が美羽から離れれば彼女を孤立させるのは簡単だろう。
そんなことをしたところで、サソリもデイダラも私たちのことを好きになってくれるはずないのに。
「皐月は優しいから同情してんだよ。月野さんに」
他の部員がわらわらと集まってきた。鬱陶しいな、と思いながら体は相変わらず動かない。
「ああ、あの子女の友達いないもんね」
「男好きだから」
また始まった。美羽の悪口大会。うんざりした。
美羽はいい子だ。しかし彼女らにそれを説明したところで素直に受け入れてもらえるとも思えない。むしろ、いい子だから気に食わないのだ。何か確固たる短所があればそこを集中して叩けるのに、ないからこそ話が飛躍する。
「好き放題言うのは勝手だけど私のいないところでしてくれない?」
私はよろよろと身体を起こした。この空気の中に居たくない。
「皐月だって本当は月野さんのこと嫌いなんでしょ?」
「んなわけないでしょ。じゃあなんで一緒にいなきゃいけないのよ」
「だから、皐月は月野さんに同情してるんだよ」
同情、ね。私が美羽に同情する理由が笑えるくらいひとつも見当たらない。
「違うから。単純に気が合うの。それで」
「でもデイダラくんは月野さんのこと好きじゃない。それはどう考えてるの?」
「……。それとこれとは別問題」
「同じ問題だよ。皐月が月野さん嫌うには十分な理由」
「……」
「皐月はずっとデイダラくんに片想いしてるのにさ。馬鹿にしてると思わない?」
「本当は月野さんのこと嫌いなんでしょ?」
どうしても私に美羽を嫌いになってもらいたいようだ。話すだけ無駄だと踵を返す。足がガクガクして力が入らない。
私は確かにデイダラが好きだ。美羽に嫉妬したことがないとは言わない。でも美羽のことも好きなのだ。人間関係なんてそんなに単純ではない。
壁を伝って部室の扉を開ける。すると扉が何かに引っかかってうまく開かない。足元を見れば、そこにはコンビニの袋。
それを見た私は、戦慄した。