02
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あの日からも私たちの日常は続いた。
サソリくんはお弁当を受け取ってくれている。何か怒らせてしまったかと懸念したものの、そういうわけではないようだった。そこは素直に安心している。
後もう一つ。一緒に帰るようになった。
彼は何も言わないけれど、おそらく、痴漢にあった私に気を遣ってくれているのだろう。約束したわけでもないのに彼は下駄箱で待っていて、私の姿を確認すると一緒に歩き出す。まるでカップルみたいだと思った。全然違うけれど。
「美羽ちゃんとサソリくんって付き合ってるの?」
そういう質問をされることが増えた。私は毎回、同じ答えを返す。
『付き合ってないよ。ただの友達』
目の前の女の子は安堵の顔をしている。彼女もまた、サソリくんのことが好きなのだろう。
サソリくんってどんな子が好きなんだろうねー、と談笑しながら女の子たちは去っていく。隣で黙って様子を見ていた皐月が言った。
「…いいの?」
『なにが?』
「ただの友達、なんて言っちゃって」
私は目を瞬かせる。
『だって、友達だよ?』
「美羽にとってはそうかもしれないけどさ」
皐月にしては歯切れの悪い言い方である。
私はチラッとサソリくんを見た。サソリくんはいつも通りデイダラくん達と談笑している。
『ほんと、人気なんだねー。何回も聞かれるもん。付き合ってるの?って』
「…美羽はさ、サソリのことどう思ってるの?」
どうって、言われても。
『優しいよね。ただの友達なのに本当によくしてくれるの』
「……」
皐月は呆れたように私を見た。私は心の中でこっそり、早く放課後になれと願った。
****
『サソリくんは、どんな女の子が好きなの?』
いつも通りサソリくんと肩を並べながら歩く帰り道。私は聞いてみた。
サソリくんは驚いたような顔で私を見る。
「…そんなこと知ってどうすんだよ」
『少し気になって。よく女の子達が話してるから』
「……」
そういうことか、とサソリくんは納得したように呟いた。
「特にない。好きになったやつがタイプ」
『へー…』
そういうものなのだろうか。
「お前は?」
『私?うーん…』
腕を組んで暫し考える。
『…優しい人?かな』
「ふーん。普通だな」
『だって、男の子と付き合ったこともないし。あんまり想像つかなくて』
サソリくんがじろっと私を見ている。私は続けて聞いた。
『サソリくんが今まで付き合った女の子ってどんな子?』
「……。今日はやけに踏み込んでくるな」
サソリくんは別にいいけど。と続けた。
「正直、特別好きだったわけじゃない。付き合うってことに興味があって、それで」
『……』
「好きだから付き合ってくれって言われたから。お試しみたいな感じで」
サソリくんは頭を掻いた。
「思ったよりめんどくさいことが多くて。すぐに嫌になったな」
『ふーん…』
でもエッチはしたんだろうな、と頭の中であのコンドームが浮かんだ。妙に刺々しい態度になってしまい、サソリくんが訝しげに私を見ている。
「…お前、変な想像しただろ」
『べ、別にしてないし…』
目を泳がせた私を、サソリくんは笑った。
「ゴム見て、動揺しちゃった?」
『なっ』
やっぱりな、とサソリくんは言った。
「微妙に置き位置が変わってたから。見たんだろうなと」
『だってあんなとこに置いとくから…!』
サソリくんは全く動揺した様子がない。
「お前が思ってるほどたいしたことじゃねーから。セックスなんて。ヤろうと思えば誰とでもできる」
『……』
「女は退屈でな。話すより、セックスした方が楽なんだよ」
その言葉に、なんだかムッとした。
『私といるのが退屈だって言いたいの?』
「逆だろ」
『?』
「お前といるのは退屈じゃない。だからセックスしなくても平気」
喜んでいいのか、怒っていいのかよくわからない。
サソリくんは歩を緩めることなく先に進んでしまう。私は大人しくそれについていった。
『サソリくんって、変わってるよね』
「その言葉そっくりそのままお前に返すわ」
『どこが?』
「…お前さ、人好きになったことある?」
その質問に、押し黙る。サソリくんはふっとバカにしたように笑った。
「誰にでも優しいってのは誰にも優しくないってのと一緒だ」
『…どう言う意味?』
「そのまんまの意味。お前みたいな八方美人は人を傷つけるんだよ」
『私がいつ人を傷つけたのよ』
いつかわかる、とサソリくんは言った。意味がわからない。
『じゃあサソリくんは人を好きになったことあるの?』
私の質問に、サソリくんは初めて足を止めた。そして一言。ある、と。
素で驚いた。
『えっ、嘘!どんな子!?』
「なんでそんなこと気になるんだ」
『そりゃ気になるでしょ!だってあのサソリくんだよ!』
「どのサソリくんだよ…」
サソリくんは再び歩き出してしまう。
「普通だ。ちょっとアホだけど。普通の子」
『へー…その子のこと、今も好きだったりするの?』
私の質問に、サソリくんはまた黙った。そしてそれで察する。
今、その子が好きなんだ。
胸の奥に黒いものが落ちる感覚。ざわざわとして落ち着かない。この前も感じた。なんなんだろう、これ。
『へー…』
「……」
サソリくんは無言である。なんだか面白くなくて、私は言った。
『じゃあ、将来的にはその子と付き合うの?』
「…さあな。相手がどう思ってるかわかんねえし」
『サソリくんに告白されて断る女の子なんていないでしょ』
「知らねえ。告白なんてしたことねえし」
『…大好きなのね、その子のこと』
サソリくんはじっと私を見た。やめておけばいいのに、私の口は止まらない。
『いいじゃん。付き合っちゃいなよ』
「……」
『彼女できたら教えてね。冷やかしてあげるから』
サソリくんは相変わらずなにも言わない。私には話したくないのだろう。そりゃそうだ。私はただのお友達だ。
ああ、これは嫉妬なのだと思った。初めてできた男友達を、他の女の子にとられてしまう嫉妬。自分勝手な、黒い感情。
「ひとつ聞いていいか」
サソリくんは静かに言った。
「お前、オレに彼女ができたらどう思う?」
『なに、それ』
もしもの話だ、とサソリくんは言った。
もしもの話。
『…寂しい、かな。少しだけだけどね』
サソリくんは私の言葉を聞いて、ほんの少しだけ頬の筋肉を緩めた、気がした。
『ほんとにちょっとだけだよ。こうやって一緒に帰ったりできないなって。それで』
「お前が寂しいなら、オレは一生彼女つくらない」
『……え。なにそれ』
測りかねて、私は問う。基本サソリくんは無表情だ。顔からは何を考えているのか察することが難しい。
「なあ、寂しい?」
サソリくんはもう一度言った。私は目を伏せる。
『そんなずるい事言えないよ。私がサソリくんの恋愛にとやかく言う資格ないもの』
「……」
サソリくんは少しの沈黙の後、質問の仕方を変える、と言った。
「もし、オレが彼女にしたいのが美羽だって言ったらどうする?」
私は顔を上げた。サソリくんは相変わらず無表情である。
『…なにそれ』
「だから、もしもの話だ。オレが美羽のこと好きだったらどうする?」
もしもの話。
サソリくんが、私を好きだったら。
小さく息を吸って、私は答えた。
『困る』
「……」
『そんなの困るよ。だって私、もしかしたらサソリくんのこと』
「わかった」
サソリくんは静かに言った。
「変なこと聞いて悪かったな。忘れてくれ」
『えっ…』
サソリくんは踵を返して行ってしまった。追えなかった。背中に、追ってこないで欲しいと書いてある気がしたから。
オレが美羽のこと好きだったらどうする?なんて、なんでそんなこと聞くの。
そんなこと聞かれたって困るよ。
だって私、サソリくんのこと。
『好き…なのかも、しれないのに』
そんなこと、例え話で聞かれたって。苦しくなるだけで、困る。