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一限のチャイムが鳴っても、美羽は教室に現れなかった。
合わせて担任も今日は顔を出していない。
スマホに連絡を入れてみても、既読はつかなかった。おかしい。何かあったのか?と心がざわつく。
さすがに授業中に行動を起こすことはできず、終了のチャイムと共に席を立った。旦那、とデイダラに呼び止められる。
「どうしたんだ?」
「美羽と連絡つかねえんだ。心配だから家行ってくる」
えっ、大袈裟じゃね?と飛段。
「寝坊したんじゃねぇの?」
「それはあり得ない。美羽には真白さんがいるから」
真白さんは生活にはそれなりに口を出すタイプだ。時間が過ぎても寝ている美羽を起こさないほど美羽に無関心ではないだろう。ということは通学途中に何かあった可能性が高い。
とりあえず行くわ、と踵を返そうとしたところで、扉に立っていた担任と目が合った。担任はオレを探していたようだった。手招きされ、大人しく指示に従う。
「美羽のことだが」
ナチュラルに名前呼びするマダラにイラッとくるものの、話はオレの求めていた内容だ。
「通学途中に貧血起こしてな。家に送り届けたぞ」
「…貧血?」
美羽はよく貧血を起こす。生理前と生理中が多いが、確か今は生理前だったはず。言われてみれば彼女が貧血を起こして倒れてもおかしくはない。
「貧血って…大丈夫なのかよ」
「寝てれば治るだろう。女子にはよくあることだ」
なんでもないことのようにマダラは言った。
言っていることは正しいが、なんとなく面白くない。
オレの心情を察してか、マダラはふっと小さく笑った。
「たまたまオレが通り掛かっただけだ。何も手出しはしてないから安心しろ」
「…手出ししないのは当たり前だろが」
「それを心配した顔をしていたから答えてやっただけだ」
イラッとくる。しかしマダラは余裕の表情だ。
「少し放っておいてやれ。おそらく今は寝ているから」
「……」
反論する余地はなかった。さっさと踵を返した担任の背中を、オレは静かに見つめていた。
****
あのまま、少し眠ってしまっていた。
なんとなくスマホに目を向けると、LINE通知に驚く。そういえば何も連絡しないまま帰ってきてしまったのだ。開いてみると、大半はサソリからである。他のメンツからもボチボチ届いていた。貧血大丈夫?の言葉を見て、恐らくマダラ先生がそう説明してくれたのだと察する。気遣いがありがたかった。
時間を確認すると今は丁度昼休みの頃合である。少し悩んで、私は通話ボタンを押した。呼び出し音が鳴る前にサソリが電話に出る。
「もしもし?お前大丈夫かよ」
『ごめん。寝ちゃってて。返信できなくてごめんね』
それはいいけど、とサソリ。
後ろで皆が、美羽大丈夫ー?と言っているのが聞こえる。
「貧血って聞いたけど」
『そう。それで気持ち悪くなっちゃって。マダラ先生に送ってもらったの』
サソリがふぅん、と呟いた。私から直接話を聞くことで納得したのだろう。
『ごめんね。お弁当渡せなくて』
「そんなの全然構わねぇから寝てろ。明日は迎えに行ってやるから」
うわっ過保護!と飛段の声。うるせぇ、と答えているサソリ。
私は思わず笑ってしまった。
話もそこそこに通話を終わらせ、思い切り伸びをした。色々あったけれど体調はさして悪くない。お腹も空いたしお弁当を食べてしまおう。鞄を開けて、二つのお弁当箱を取り出す。
そこでふと、母はもう何か食べたのかな、と思い至った。お弁当は二つある。私一人では食べきれない。
少し悩んだものの、私はお弁当を二つ持ちリビングに向かった。
母がぼーっとテレビを見ている。うるさいバラエティ番組だ。お母さん、と声をかける。
『お昼食べた?』
「…ううん、まだ」
『よかったらお弁当食べてくれない?サソリに渡せなかったから』
母は相変わらずぼーっとしている。私はとりあえず母の目の前にお弁当を置いた。箸だけ別に用意する。
気を使う間柄でもないので、私は勝手に食べ始めた。今日はサソリの好きな唐揚げだったのに。渡せなくて残念である。
暫く無言で食べ進めていると、ふうっ、と母がため息をつくのが聞こえた。見ると、お弁当に手をかけている。どうやら食べるらしい。
「なんというか…変な偶然もあるもんね」
母は笑った。先程より大分表情が柔らかい。
主語がなくともなんの話なのかはわかる。
「うちはくんね。高校の同級生」
『うん。先生に聞いた」
そう、と母。
「懐かし過ぎてびっくりしたわー。まさか美羽の担任だとは」
少し悩んで、しかしモヤモヤしているのも嫌なので聞いてみる。
『もしかして、なんだけど』
「うん?」
『付き合ってたとか?』
母は目を白黒させた。
「まさか。違うわよ」
『…あれ?そうなの』
なんだ。違うんだ。そう思いつつ唐揚げを口に運ぶ。
「プロポーズはされたけどね」
『ぶっ!!』
思い切り吹いた。唐揚げがごろんと机に転げ落ちる。
汚いわねー、と母。私は麦茶をグビッと飲み下した。
『ちょっ…待って。予想以上の話だった』
プロポーズって。あのマダラ先生が?
母はお弁当を食べながら平然と話す。
「まあ…高校生の時の話だから」
『それを断ったってことよね?』
「うーん…」
母が顔を歪ませる。
「…タイミングが合わなかった、と言った方が正しいかな。結局私は真広くんと付き合っちゃったから」
『……』
私は無言になった。母が小さく笑う。
「美羽は、サソリくんのこと好き?」
『…そんなの当たり前でしょ』
「もし今目の前にサソリくんよりもっと素敵な人が現れたとしたら?」
サソリより素敵な人。ピンとこない。
私は机の上に落ちた唐揚げを拾い上げて口に放り込んだ。
『うーん…サソリより素敵な人ってのがイマイチ想像できないな』
「例えばサソリくんより美羽のタイプの顔で、なんでもできるどこかの国の王子様が声をかけてきたとしたら、全く揺らがない自信ある?」
少し考えて、答える。
『正直、ドキッとはするかもね』
「でしょう?」
『好きにはならないけど』
母が目をパチクリさせる。
「どうして?」
『うーん…だってその王子様は、サソリじゃないから』
「……」
『私、サソリが完璧だから好きなわけじゃないの。ヤキモチ妬きですぐムキになるところとかイラっとすることもあるけど、そのどうしようもなくダメなところすら可愛いって思っちゃったら、もう王子様でも勝てないと思わない?』
母がふふっと笑った。
「そんなに一人の人を好きになれて美羽は幸せね」
『…お母さんはお父さんのこと好きじゃないの?』
「大好きに決まってるでしょ」
母は即答した。その様に少し安心する。
母もお弁当の唐揚げを口に入れた。
「言ったでしょ。昔の話。もう二十年近く前の話よ」
『……』
「終わったことじゃない。始まりすらしなかったのよ、私とうちはくんは」
私、と母が自分のことを呼ぶのは珍しい。母は自分のことをママと呼ぶ。お父さんのこともパパと呼ぶはずだ。このいっ時、彼女は私の母ではなくなっていた。