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日曜日は久々にサソリとデートだった。
朝から夜まで一緒に過ごして、勉強を忘れて沢山の話をし、夜はキスをして別れた。
もう死ぬほど幸せで毎週末これがいいな、と言ってみたら秒で却下された。まあ当たり前である。
今日は月曜日だ。電車に乗ったところで幸せだった気持ちが一気に萎えていった。土日を挟んですっかり忘れていた。これがあるのだった。
週が変わっても、私がターゲットである事実は変わらないらしい。いつも通り下半身を撫でられながら私は唇を引き結ぶ。ほんとに気持ち悪い。いい加減にして欲しい。
いつも通り耐えて時間が過ぎるのを待っていると、今日は痴漢の手が横腹を撫でて胸に触れた。思わずビクッとしてしまう。
何をしても抵抗しないと判断されたのだろう。胸を揉まれながら、頭の芯がどんどん冷えていくのを感じた。声を出そうとしても、出し方を忘れてしまったかのように唇が動かない。人間は本当の恐怖を感じた時、声を出せないものなのだと初めて知る。
大丈夫だ、と思った。服の上からだから大丈夫。別に強姦されるわけでもないんだから大丈夫だ、と。
「なにをしている」
その時だった。背後から低い男の人の声。私の胸を掴んでいた手を押さえつける。
周りがざわついた。
そこにいたのはマダラ先生だった。マダラ先生は私の後ろに立っていた男性をホームに引きずり下ろした。呆然としている私に、お前も降りろ、とマダラ先生。
「うちの大事な生徒に何をしているかと聞いている」
「っ、何もしてねぇよ」
男性はマダラ先生に完全に怖気付いていた。ギロっと睨まれる。身がすくんだ。
「オレは何もしてない。現にこいつも何も言ってないだろ」
『……』
言い淀んでいる私に、ハッキリ言え、とマダラ先生。
「お前。触られたんだろう」
『……』
マダラ先生の射るような瞳に、嘘はつけなかった。
数秒悩んだ後、私は小さく首を縦に振った。
****
車掌室で事情を聞かれた。1週間前から被害にあっていたことを伝えると、マダラ先生が顔を顰めている。
「お前…なんでもっと早く言わなかったんだ」
その言葉に、すみません、と答える。何故、と言われてもそれは口に出して説明しづらい。
マダラ先生は言った。
「自分が我慢すれば、というのは大きな間違いだ。お前が告発すれば後々の被害が減る。お前が自分を守ることは、他者を守ることにも繋がる。逆を言えばお前が我慢することによって苦しむ人間が増えることもあるということだ」
ひたすら、すみません。それ以外に言えることがなかった。
マダラ先生はそれ以上何も言わなかった。
解放されて、駅のホームに戻る。通勤ラッシュのピークを過ぎた駅は人がまばらだ。
マダラ先生と肩を並べて電車を待つ。
チラッとマダラ先生が私を見た。
「今日は帰れ」
『……』
「そんな顔で学校に行っても皆に好機の目を当てられるだけだぞ」
無言でいる私の手をマダラ先生が掴んだ。ホームの反対側に連れていかれる。
丁度よく滑り込んできた電車に押し込まれる。続いてマダラ先生も乗り込んできた。
「家まで送る」
『…先生、学校は?』
「オレの代わりはいくらでもいる。まあ大丈夫だろ」
それは大丈夫ではないのでは…と思いながら、私はチラッとマダラ先生を見た。先生の顔は無である。
『意外に優しいんですね』
「は?」
『わざわざ助けてくれた上、家まで送ってくれるなんて』
「逆に、自分の生徒が痴漢にあっているのを見て放っておく教師の方が稀じゃないか」
言われてみれば確かに。マダラ先生は続けた。
「普通のことをしているだけだ。特段称賛されることでもない」
私は小さな声で、ありがとうございますと呟いた。
****
マダラ先生は自宅まで送ってくれた。かなり遠慮したのに、駅から自宅まではタクシーに乗せてくれるようだ。
『歩いてすぐなのに…すみません』
「構わない。申請すれば経費だ」
オレの金じゃない、学校の金。とマダラ先生。
それはそれで問題な気もする。
運転手さんに住所を伝え、車が動き出した。
マダラ先生がそういえば、と私の顔を見る。
「春島は在宅か?」
この春島が私ではなく母を示しているのはすぐにわかった。
母は専業主婦である。何か特別なことがなければ家にいるはずだ。
いると思います、と私。するとマダラ先生はにぃっと怪しく笑った。
「そうか…」
『…マダラ先生と母って、どういう関係ですか?』
「言ったろう。高校の同窓だ」
『友達ってことですか?』
マダラ先生は黙っている。私は頭に?マークを出した。
腿の上に肘を置き、考えるような仕草をする先生。
「広い意味では、まあそうだな」
『?』
「春島に何も聞いてないのか?」
『マダラ先生が担任ということすらまだ伝えてません』
マダラ先生が横目で私を見る。
「…普通聞かないか?」
『あの母なので。何やらかしてたのか聞くのが怖くて』
ぶっ、とマダラ先生が吹いた。マダラ先生が笑ったのを見るのはこれが初めてだった。
マダラ先生は口元を手で押さえながら必死に笑いを堪えている。
「さすが春島。娘にも全く信用されてないとは」
『色々迷惑かけましたよね。すみません』
「いや。もういい思い出だ」
そうこう話しているうちに、家の前に着いた。
マダラ先生はそのままタクシーに乗り、Uターンして学校に向かうらしい。本当にありがとうございました、と私は頭を下げた。マダラ先生は気にするな、あと春島によろしく。と言ってそのままドアを閉じる。
タクシーが見えなくなるのを見送った。
玄関に入ると、母の靴が目に入った。やはり在宅のようである。そっとリビングを覗くと、机を拭いている母と目があった。あら?と母が首を傾げる。
「どうしたの?」
『…ちょっと、調子悪くなっちゃって。今日は学校行くのやめたの』
痴漢にあったとは言えなかった。ふぅん、と母はタオルをひっくり返してまた机を拭いている。
「それならちゃんとベットで寝てなさいね」
『うん…それとお母さん。うちはマダラって人知ってる?』
母の動きが止まった。無表情で私を見る。
「…なに、急に」
『実はね。担任がマダラ先生なの』
「担任?」
ああ、と母が呟いた。
「…そういえばうちはくん、教育学部って言ってたかしら」
『じゃあやっぱり知ってるんだね』
いつもニコニコ顔の母が、今は真顔である。なんとなく、これ以上突っ込んではいけない気がした。
無言でタオルを畳む母。私はくるっと踵を返して自室に向かった。
トントンと階段を上がっていく。自室の扉を開け、制服を脱ぎ、ハンガーにかけた。タンスから部屋着を引っ張り出し、布団にくるまる。
察しのいい自分が嫌になった。
母のあの顔は、ただの同級生を思い出す顔ではなかった。