01
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ぽつ、ぽつ、ぽつ
ザー…
天気予報通りの雨が降り、オレは昇降口で傘を広げようとした。しかしそこには入り口を塞ぐ一人の少女の姿がある。
「…おい」
『………』
「おい」
『………』
「おい!邪魔なんだよ!」
『っ!す、すみません…』
自分が声を掛けられたことに気づいたその人物は、大袈裟に身を竦めてオレに道を譲った。舌打ちを聞かせてやろうとしたところで、あることに気づく。
「………」
『………』
(どうしよう、睨まれてる…)
「…お前、」
『………?』
「誰だっけ」
『………』
質問に、目を泳がせるだけで何も答えない少女。そのリアクションに若干イライラしながら、思案を巡らせる。
「もしかして同じクラスか?」
『…はい、多分…』
「あー…待て、名前…」
『………』
「…思い出せねぇな」
少女は数回瞬きをしたあと、小骨が喉に引っかかったような微妙な表情を浮かべた。
『…月野、です。月野美羽』
「ああ、それだそれ。そんな奴いたと思った」
名前を知ったところでさしてその少女に興味があるわけでもなく、オレは今度こそ傘を広げた。濡れたアスファルトに一歩踏み出そうとする。
しかしその時、オレは引き寄せられるようにもう一度振り返った。
「…もしかして、傘ねぇの?」
『……はぁ、まぁ…』
「降水確率100%だっただろ。なんで持ってきてねーんだよ」
『持ってきたんですけど…誰かに使われちゃったみたいで…』
「は?」
オレの返答に、少女は一々ビクビクと肩を揺らす。どうやら男があまり得意ではないようだ。ここに立ち竦んでいる様子から察するに、傘を借りられる友達もいないのだろう。放っておけばいいものを、オレはなんとなく彼女に傘を差し出していた。
「よかったら、入っていくか」
『え…っ!?そんな、いいです…』
「帰れねぇだろ、この雨じゃ」
『そうですけど…名前も知らない人にそんなご迷惑をかけるなんて…』
同じクラスなのにオレの名前知らねぇのかよ。自分のことを棚に上げてムッとしたオレは、彼女に一歩近づいて無理矢理目線を合わせた。
「サソリ」
『え、』
「赤砂サソリ」
『ああ、お名前…』
「名前も知らない奴じゃなくなっただろ。入ってけよ」
『で、でも…』
尚も躊躇する彼女の手を引き、オレは無理矢理アスファルトを踏み出した。ぱしゃん、と水たまりが音を奏でる。
「家どこ」
『…!光が丘の方です…』
「あぁ、近いな。オレの家と」
『……そうですか』
先程名前を知った間柄の二人にそれ以上の会話があるわけもなく、二人はそのまま口を引き結んだ。
ポツポツと滴る雨と、踏み荒らされた地面が崩れる音だけが、この時の二人を包み込んでいた。
****
次の日
何事もないように午前は流れ落ち、オレたちは学食で空腹を満たしていた。
「なーデイダラ、うちのクラスどう思うよ?」
「どうってなんだよ」
「どの女が可愛いかっつー話に決まってるだろ」
飛段の質問に、デイダラは興味なさ気に「ああ」と相槌を打った。
「またその話かよ。お前女の話しかしねーな、うん」
「むしろ全然女の話しねーデイダラちゃんのが不自然だわ。ホモなの?童貞なの?」
「ホモでも童貞でもねーよ、殺すぞ。うん」
「なんだよ、つまんねーな。おい、サソリ」
「あぁ?」
「お前は?気になる奴いねーの?」
ほんの一瞬、昨日の大きな瞳が頭をよぎった気がした。しかし勿論口に出すことはなく、目前にあるうどんをずずっと啜る。
「特にねーな」
「なんだよ。本ッッッ当つまんねー奴らだな」
「そういう飛段はどうなんだよ、うん」
「あ?俺は勿論……あれ、いすぎてわかんねーな…」
「お前いつか女に殺されるな」
デイダラも呆れた様子でから揚げ定食を口に運ぶ。そのまま話は終息に向かうかと思いきや、飛段が「あぁ!」と再び大きな声を上げた。
「そーいえばよォ、今日も月野さんにフラれたんだよなァ」
「…ごほっ!ごほ!!は、なに、お前まさか月野さん狙ってんの?うん」
飛段の言葉にデイダラが派手にむせる。オレも飛段に視線を向けた。月野。昨日のあいつか。
「んにゃ。狙ってるって程じゃなくてライン聞いただけ。だけど怖がっちゃってよぉ、全然教えてくんねーんだよ」
「あー…あの子人見知りすんだって。皐月ともやっと話すようになってきたって言ってたくらいだからな、うん」
「お、何々、詳しいじゃん!もしかしてデイダラちゃんも月野さんのこと狙ってんの?」
「ね、狙ってねーよ!だからあんま刺激すんなっつー話!」
ぎゃあぎゃあと煩いデイダラと飛段を眺めながらふと昨日のことを思い出す。自分を見上げる怯えた瞳、小刻みに揺れる肩。過剰すぎるほど人見知りな彼女と付き合うのは苦労しそうだ、と思った。あの皐月が手を焼いている程なのだから。
まあ、自分には関係のない話だ。お茶とともに考えを呑み下したところで、ふと隣に人の気配を感じ顔を上げる。
そこにいたのは、幼馴染みの女だった。
「サソリ、ちょっといい?」
****
視聴覚室
皐月は人を呼び出しておきながら何やらイライラしているようで先程から指でとんとんと机を叩いている。言われるがままについてきてしまったものの、その態度が非常に不愉快でオレも机を強く叩いた。
「…うっさいわね。静かにしなさいよ」
「お前の方がうるせーよ。なんなんだよ、人呼び出しておいてその態度は」
「別に私が呼びたかったわけじゃないわよ」
「はあ?」
嫌な予感がした。入り口の方を眺めている皐月を見て、オレは急激に察する。
「…女か」
「まぁね」
「勘弁しろよ。そーいうの本当めんどくせえんだよ」
オレは徐に席を立った。どこの誰かは知らないが、皐月を利用して自分を呼び出し、するつもりなのだろう。恐らく告白という奴を。
「ちょっと、待ちなさいよ。もうすぐ来るはずだから」
「言っとけ。そーいうのは嫌いだってな…っ」
皐月の制止を聞かずドアを開けたところで、オレは息を詰まらせた。
昨日小さいと思った少女が、更に小さくなってその場に固まっている。
「……月野?」
『……ご、ごめんなさ…』
対峙した月野は、条件反射とでもいうようにオレに道を譲る。その様を見て、現状をすぐさま理解した。
「もしかして、オレ呼び出したのお前か?」
『……はい』
すみません、と消え入りそうな声で呟く彼女。やってしまったと後悔しても遅い。恐らく彼女はオレの激昂を聞いてしまっただろう。完全に萎縮してしまっている。
俯いてしまっている月野のつむじを見下ろしながら、鋭くなっている声を慌てて抑えた。自分が気を使う必要がないことはわかっていたが、彼女を見ていると小動物を虐待しているような微妙な気持ちになるのである。
「えーと…何か用か」
『………』
「…すまん。悪かった。お前だと思わなかったから。話があるなら聞くぞ」
オレの言葉に、彼女は恐る恐る顔を上げる。
「怒ってないから」と念を押せば、意を決したようにあの、とか細い声を絞り出した。
『昨日は、ありがとうございました』
「…ああ、そのことか」
『はい。とても助かったので…』
深々と頭を下げた後、月野は後ろに隠していた紙袋をオレの前に差し出した。
「…なんだよ」
『昨日のお礼です。味の好みがわからなかったので、甘いものとしょっぱいものを入れておきました』
「は?お礼なんて別に…」
いらねぇのに、と言いそうになってそのまま飲み込んだ。
彼女のことだ。否定したらそれをそのまま真に受けて傷つくだろう。
オレは紙袋を受け取り、素直に礼を言った。
「サンキュ。貰っとくわ」
『……!はい』
ほんの一瞬、月野が嬉しそうに顔を緩ませた。どくどくと何故か暴れる心臓を疎ましく思いながら、オレは彼女からさりげなく目線を外した。
「つーかお前なんで敬語なんだよ。クラスメイトだろうが」
『え…だって別に仲良くないですし…失礼かと思って…』
「…まあそうだけど。とりあえず敬語やめろよ』
月野が躊躇して唇を噛んでいるのがわかる。彼女の態度をなんとなく予想していたオレは、ほぼ間を空けずに言葉を続けた。
「オレが気持ち悪いんだよ。敬語嫌いなんだ」
『…そうなんで、…そうなの?』
「ああ。それでいい。そっちのが好きだ」
オレの返答に、月野は安心したように肩の緊張を緩める。
『よかった。実は私も敬語あんまり得意じゃなくて』
「なんだよ。なら最初からそうすればいいだろ」
『だって、ちょっとだけ怖かったから…』
「怖い?」
オレが?まあ、こいつからしたら怖いかもしれねーな…
初対面の女子にカッコいいだの好きだの言われることは多々あったが、怖いとマイナスイメージを言われたのは人生で初めてである。
『でも、よかった。優しいのね、赤砂くん』
「…別に優しくもねーと思うが」
『私には優しく見えるよ』
今まで虐待されたハムスターのように怯えきっていたくせに、すっかり気をゆるした様子で惜しげも無く微笑む彼女。
不覚にも可愛い、と思った。思ってしまった。
『貴重な昼休みにごめんね。どうしてもお礼が言いたくて』
「いや、別にいいけど…オレこそこんなに貰っちまっていいわけ?」
『どうぞどうぞ。お友達と食べて。…あの、金髪の人と、銀髪の人にも』
「…ああ、デイダラと飛段な」
『そう。気を使って話しかけてくれるんだけど、私緊張して上手く話せないから…』
それは気を使ったんじゃなくて気があるんだと思うが…という本音は勿論口には出さなかった。今の彼女に男からの好意は重荷にしかならないだろう。
「なぁ」
踵を返して皐月の元に向かおうとしている月野を思わず引き止めてしまった。素直に立ち止まってオレの言葉の続きを待つ月野。
「ライン」
『…え』
「オレの、教えとくから。用があるときはそっちに連絡寄こせ」
半ば強引に彼女のスマホを受け取り、自分のラインIDを登録する。
彼女の連絡先はあえて聞かずにそのままスマホを返した。
教えろと言えばよかったのかもしれないが、先程の飛段の言葉を思い出して故意に避けたのだ。
『あ、ありがと。じゃあ何かあったら…』
困惑顏の彼女が社交辞令の礼を言ったところで、傍観していた皐月が席を立ち月野の背中を抱きかかえるようにして教室から押し出した。
「…用済んだみたいだし、行こ」
『あ、うん。皐月もありがとう。赤砂くん、またね』
「…あぁ」
未練を全く残さない様子で立ち去る月野の後ろ姿を目で追うと、隣の気の強そうな瞳と目があった。オレを一瞥して、彼女はつまらなそうに唇を動かしたのである。
「…この子に手出したら許さないから」
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