月下の花
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「遅かったな、旦那」
オレの顔を見るなり、デイダラが苛立ちを隠さずそう吐き捨てた。まぁな、と生返事をしてオレは懐から巻物を取り出した。そこにはヒルコと記されている。
現れた傀儡に素早く身体を滑り込ませた。デイダラが早々に足を進める。
「野暮用ってなんだよ」
「ああ……大した用じゃねぇよ。毒草の手配だ」
予め用意していた台詞を伝えると、予想通りデイダラはふぅん、とつまらなそうに相槌を打った。不満そうなオーラを無視して前に進む。デイダラは大人しくオレの後ろをついてくる。
暫く進んだところで、デイダラが何かを思い出したように顔を上げた。
「雲って、そういえば懐かしいな。一年くらい前だっけ。ほら、あれ。あの子だよ、あの子…………」
デイダラがこめかみを押さえながら渋い顔をしている。オレはヒルコの中で密かにため息をついた。
「なんだっけ……、月?月子ちゃん?」
「月下だろ。お前が勝手にそう呼んでただけだが」
「あーっ!そうだ、月下ちゃん!可愛かったよなあの子。まぁ旦那が殺しちゃったんだけど、うん」
はは、とデイダラが嗤う。
そういえば、名前。最後に聞こうと思っていたのに聞きそびれてしまったと今になって気づく。
少しだけ名残惜しく思う反面、これでよかったのだと納得する自分がいる。予想していたよりも数段幸せな生活を送っているようだった。
部外者であるオレが介入して歯車を狂わせたくはない。それに何より、これ以上情が湧いてしまうのを避けたかった。
やはりオレは彼女のことを何も知らないのだと割り切ってしまった方がむしろ楽である。
「月下ちゃんかぁ、懐かしいなー」
何故か一人で盛り上がっているデイダラ。オレはヒルコの中でそっと瞼を落とした。先程見た彼女の花のような笑顔が直ぐに浮かんで、そして儚く消えていく。
「もう覚えてねぇよ」
素っ気なくそう答えた。デイダラは何故かニヤニヤしながらオレのことを見ている。
「えー、嘘だ。だって旦那あの子のこと好きだったじゃん」
「…………」
思わず足を止めてしまう。するとデイダラはオレの様子を見てギョッと目を見開いた。
「……えっ?まじ?好きだったの?」
「…………」
「えっ?えっ!?まじ!?それってもしかして、旦那の初恋…っぶ!!」
ヒルコの尾で思い切りデイダラの頭をぶっ叩いた。頭を押さえて蹲っているデイダラを無視して前に進んでいく。
「くだらないこと言ってんじゃねぇよ」
「いってー…んだよ、冗談だろ」
「笑えない冗談は冗談とは言わねぇんだよ。よく覚えとけ小僧」
まだ文句を垂れているデイダラを無視して、オレは月を仰いだ。雲隠れで見る月は五大国の中でとりわけ美しい。そう感じるのはただ単にここの標高が高いからか、はたまた何か別の理由があるのか。知ってはいるが、あえて考えたくはなかった。
「無駄話は結構だがな。お前、これから尾獣を狩りにいくんだぞ。ちゃんと準備はしてあるんだろうな?」
「わかってるって。最初は砂の一尾だろ。余裕余裕」
「っとに……舐めてかかって死んでもしらねぇからな」
へいへーい、と全くオレの警告を聞く気は無さそうなデイダラ。
水面下で準備を進めていた暁の計画。リーダーの指示で、オレとデイダラはこれから砂の国に入り尾獣を狩ることになっている。
彼女には悪いことはしないでほしいと言われたが。オレの立場上そういうわけにもいかない。オレはこれからも躊躇なく人を殺すだろう。そこに今更罪悪感を覚えることは難しい。
仕方がないのだ。オレと彼女は生きる道が違いすぎる。
もう二度と交わらないオレたちの道。オレはいつか彼女のことを忘れるのだろうか。
それとも、死ぬ間際ですら覚えていて、最後の瞬間に彼女のことを愛しく思ったりするのだろうか。
未来がどうなるかなどわかりはしない。でも彼女が前を向くなら、オレも前を向き続けるのだろう。例えそれぞれが違う道を辿っているとしても。そうすることが、お互いを繋ぐ唯一の手段だと知っているから。
もし、これから先オレもお前も死んで。
次は戦いのない世界で、再び出会うことができるのだとしたら。
その時は今度こそ名前を聞きたいと思った。そうしたら、君はまた花のように笑ってくれるのだろうか。
こんな”もしも”を考えるなんて馬鹿げているとは思っていても。
それでも、願わずにはいられない。
ーーーまた、どこかで会いたい。
「砂の一尾。どんなもんか楽しみだな、うん」
「ああ。……そうだな」
夜が明けて、また忌々しい朝がやってくる。
オレたちは今日も人を殺すだろう。高笑いをしながら、罪悪感なんて微塵も感じず。
この命が尽きるその瞬間まで。それがオレたちの選んだ生きる道だから。
でも心のどこかで願うのだ。どうか君の未来が優しい世界で包まれますように、と。
end.