二人のヒーロー
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億千の星が瞬く美しい夜空に、途方もなく大きい火花が咲く。追って鼓膜を割くような破裂音。
思わず足を止めて振り返った僕に、「おい」と声を刺したのは唯一隣に肩を並べているシーである。
「振り返るな。前にだけ集中しろ」
「…でも、今の爆発」
「木ノ葉の衆に犠牲が出るのは仕方がない。割り切れ」
ギリっと唇を噛み締める。後ろ髪引かれる思いで、それでも僕は足を一歩前に踏み出した。無言でシーもそれに続く。
僕の無茶苦茶な協力要請に名乗りを挙げてくれたのは、春野サクラさんを含む木ノ葉の上忍、中忍総勢12名。暁に挑むには決して十分とは言えない。しかし戦力のない僕たちにとってはとんでもなく有難い支援だった。
少ない準備時間の中、僕は集まってくれた一人一人に頭を下げて回った。すると皆、当たり前のように口を揃えて言うのだ。「住む里が違えど、彼女は仲間ですから」と。
美羽さんは木ノ葉での生活をあまり僕に話さなかった。僕もあえて聞くことはなかった。いい思い出がないのだろうと思い込んでいたからだ。
でも、美羽さんのことを語る木ノ葉の皆の表情は随分柔らかい。そこに僕たち雲の人間が彼女に持っていた差別意識は微塵も感じられなかった。
僕は、最初から彼女のことを見誤っていたのかもしれない。
「…大丈夫か?」
シーが珍しく僕に気遣わしげな声を出す。僕は視線を前に固定したまま「ああ」と端的に答えた。結界を解くために止むを得ず散り散りになった今。木ノ葉の皆の戦闘は気掛かりではあるが、僕が優先しなくてはいけない事象に変わりはない。
「こっちの方向で間違いはないんだな?」
「ああ。微力だが特殊なチャクラを感じる。恐らく奥さんで間違い無い」
ただ、とシーは声を落とした。
「もう大分弱ってる。はっきり言っていつ死んでもおかしくないレベルだ」
「……」
「奥さんのすぐ近くに、もう一つのチャクラを感じる。恐らく暁のメンバーの誰かだろう。戦闘中か、既に拘束されているのか。どちらにしろ状況は危機的だ」
思い切り足元の木を後ろに蹴り飛ばして前に進んだ。過去の自分と訣別するかのように。
「急ぐぞ。一秒だって無駄に出来ない」
「……」
印を結んで美羽さんの姿を追うシーの表情は芳しく無い。
シーは僕に言われて嫌々ついてきただけで、一番美羽さんと遠い位置にいる人間だ。だからこそ一番冷静に状況を判断することもできる。そしてこれから起こるであろう結果も。
「千秋」
「ああ?」
「オレとお前ってそれなりに長い付き合いだよな」
「なんだ急に」
一瞥しようとして、「前を向け」と叱責される。自分から話しかけたくせになんだよ、と不満に思いながら大人しく指示に従った。
「お前はアカデミーの時から特段優秀な人間だった」
「……」
「同期の中でも昇進は一番早かったし、雷影様の補佐につけと真っ先に声掛けされたのもお前だろ。面倒だから嫌だと断ったと聞いた時は引いたけど」
「一体なんの話だよ」
こんな時に世間話か?と訝しんでいる僕に、「まあ聞け」とシー。
「要はお前が雲隠れにとって他の誰よりも有益で、必要な人材だと言うことだ」
「……」
「オレは雲隠れの里の忍びとして、貴重な戦力であるお前を保護する責務がある」
一息ついて、シーは静かに続けた。
「戦禍においてはどうしても命の選別が発生する。お前と奥さんの人命を天秤にかけた時、どちらを優先すべきなのかは部外者のオレから見たら歴然だ」
「……」
「いくらお前が強くとも、手負いどころか死にかけの人間を一人抱えて暁に勝てるとは到底思えない。共倒れになるくらいなら奥さんは今ここで切るべきだ」
シーの言うことはいつも正しい。その正しさに何度も助けられてきたし、その正しさにいつだって苛立ちを覚えた。
僕たちの周囲を取り巻く闇がより一層深くなる。
「里にとって有益とか無益とか、そんなもんは関係ねェよ。今まさに苦しんでいる人間が近くにいて、助けを求めている。それを見捨てる選択肢は僕にはない」
「そんなのは理想論だ。お前はこれからも里の先頭に立って、沢山の人間を導いていかなくてはならない立場にある。お前はこれからも生きて100の命を救うんだよ。救出可能性の極めて低い目の前の1つの命に固執するのはただのエゴに過ぎない」
エゴ、か。そもそも僕と美羽さんの関係自体が僕のエゴの塊だった。
自分が彼女と一緒にいたいという私利私欲のために、彼女の心を潰した。彼女が僕に話をしてくれなかったんじゃない。僕が彼女の話を聞く気がなかったのだ。
美羽さんが月明かりの元、一人で泣いていた夜のことを思い出す。
冷たい夜にたった一人で故郷を想い、震えていた小さな背中。
「帰りたい」。僕が彼女の本音を聞いたのは、後にも先にもあの時だけだ。
どうして僕はあの時、大好きな人の細やかで、切なる願いを無視してしまったのだろう。あの時彼女を木ノ葉に返してやることができれば、現在の悲劇すら起きなかったのではないだろうか。
木ノ葉隠れの情景と、美羽さんをぼんやり思い浮かべる。
悔しいけれど、やはり彼女には雲より、木ノ葉の街並みがよく似合っていた。
木ノ葉隠れ、か。
「なぁ、シー」
「あ?」
「お前”翡翠料理”って知ってるか?」
は?とシーが声を転がした。僕は速度を緩めないまま、記憶だけで過去の足跡を辿る。
「結婚して一週間くらいだったかな。美羽さんが夜飯に作ってくれたんだよね」
「……」
「なんでも木ノ葉の郷土料理らしくてさ。人参と、ネギと、アサリと、ハマグリと……あとなんだったかな。それを煮込んで米に乗せて食べんの。それがまぁめちゃくちゃ美味くてさ。あ、美羽さんの料理は基本なんでも美味いんだけど」
「………なんの話だよ」
シーの言葉に、「まあ聞け」と続けた。おちょくるように真似したのに気づかれムッとされるが気にしない。
「その日から、僕が凹んだり、どうしようもなくてやってらんねぇって思った時。美羽さんが必ずそれを作ってくれたんだよ」
「……」
「なんとなく気になって一度聞いてみたんだ。この料理ってもしかして何か意味があるの?って。そうしたら彼女、なんて答えたと思う?」
こんな状況なのに頬の緊張が緩むのを感じる。
あの日の思い出は、いつだって僕を陽だまりに連れていってくれるから。
「”翡翠料理は、大切な誰かを笑顔にさせたい時に作る料理なんです”って」
「……」
「”千秋さんは強くて、あっという間に沢山の人を救ってしまう凄い人。でも繊細で優しい貴方には誰にも気づいてもらえない心労も多いでしょう。私は千秋さんが家にいる僅かな時間くらい、穏やかでほっと安心できるような、思わず笑顔になってしまうような、そんな暖かい時間を作りたいんです。私はそのためにここに来たんですから”って。なんかそれ聞いたらさ」
「……」
「この子の事だけは、何があっても僕が守ってやらなきゃと思ったね」
自分は幸せでもなく、僕の前で笑いもしなかったくせに。それでも彼女は僕を幸せにしようと必死だった。毎日僕の代わりに家を護り、文句も言わず雑用を引き受け、僕のために料理の勉強をし、危険な任務の前は必ず神社にお参りに行って無事を願ってくれたことも知っている。帰りは雨が降ろうが槍が振ろうが門扉の前で待っていて、安堵の瞳で『おかえりなさい』と声をかけてくれた。
それが彼女にとってはただの責務だったとしても。それでも僕は、嬉しかった。
「彼女は確かに、僕と違って100人の命は救えないのかもしれない。でもこれから先、誰よりも優しい心できっと1000人の泣いている人を笑顔にすることができる」
「……」
「彼女は雲隠れ…いや、忍びの世界に必要な人間だ。こんなところで死ぬべき人間じゃない。ここで彼女を見捨てたら、僕は一生後悔する」
「…そのお前が語る未来で、お前はきちんと彼女の隣にいてやれるのか?」
子供のわがままを嗜める父親のような声色だった。僕は美羽さんの姿を思い浮かべながら薄く笑う。
「どうかな」
「……」
「勿論最善は尽くすさ。でも万が一ってことはあるから。そうしたら、そうだなぁ…」
「……」
「僕の代わりにお前が美羽さんの料理食いに来て。そしたらきっと、お前も笑えると思うからさ」
暫しの沈黙。ざっ、ざっ、と僕達の森を蹴る音が闇に飲み込まれていく。
「断る」
シーは女のように長い睫毛を伏せながら言った。
「お前の仏壇の前で食う飯が美味いわけがないだろ」
「……」
「そんなに大事な女の未来をオレに託すんじゃない。そもそもオレはお前の奥さんのことをよく知らん。まあ、今まであえて知ろうとしてこなかったっつーのが正しいが」
初めて美羽さんをシーに紹介した時、シーは他里の人間である美羽さんの嫁入りに強烈に否定的だった。
あの女は早瀬には不釣り合いだ。そう文句を言われて大喧嘩した回数は数え切れない。
でも、任務終わりはいつも「早く帰ってやれ」と報告書の作成を引き受けてくれた。僕に長期の遠征任務を割り振らないように雷影様に打診してくれていたことも知っている。
そして何より、コイツはどんな時も、今この瞬間でさえ僕と肩を並べてくれる。
「オレの考えは変わらない。しかし今の戦の大将はお前だ。オレはお前に従う」
ふっ、と思わず吹いてしまった。隣でシーが僕を睨んでいるのがわかる。
「笑うところじゃないだろう」
「いや……本当に最高の相棒だなと思ってさ」
「何度も言う。オレはお前の相棒になった覚えはない」
「……」
「でもまぁ…そんなに美味いってんなら今度家に行ってやらないこともない。勿論お前がいる時にな」
「ははっ、そいつはどーも。今度美羽さんに言っとく……!」
唇に僅かな湿り気を感じた。水遁を使った形跡だとすぐに気づく。シーも察したようだ。そして低い声で「近いぞ」。
答える代わりに、背中に背負った剣に素早く腕を伸ばす。雷光が青白く輝き僕らの足元を照らした。
それは希望への道か。将又絶望への道か。
闇を裂きながら僕達はただ、懸命に前に進んだ。
彼女との生活は後悔だらけだ。もっとこうしてあげたら、ああしてあげられたら。
でも、君と出会えたこと。それだけは決して、後悔したくはない。だって僕は、間違いなく君に出会えて幸せだったのだから。
ありがとう、美羽さん。
僕の君への愛は、間違ってばかりだったから
せめて最期くらい、正しく君を愛すよ。
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