二人のヒーロー
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サソリさんの十八番、毒の使用は当面の間抑えられる。
だからと言って私とサソリさんの実力差は歴然。既にチャクラも底を尽きかけている私にとっては戦闘が長引けば長引くほど不利になる。
千秋さんが来ればなんとか、と安易な妄想に縋りそうになって直ぐに頭を横に振った。救援を頼りに考えるのはあまりに軽率だ。今の私は、千秋さんの到着まで持ち堪えられるかすらわからない。
随分冷えた掌で再び印を結ぶ。生命エネルギーを削って無理矢理チャクラを捻り出す諸刃の剣。後先考えない粗暴な策だ。しかしそうしなければ今この瞬間にも膝を折ってその場に崩れ落ちてしまう。死にたくなければ戦うしかない。
カタ、と小さな機械音が僅かに鼓膜を刺激した。咄嗟に振り返り水遁の印を結ぶ。
目前に迫った傀儡が寸前のところで水に飲まれた。ほっと息をつく暇もない。
何体傀儡をバラしたのだろう。それなのにサソリさんの手駒はまだまだ尽きないようである。一体どれほどの傀儡をストックしているというのか。変態め、と心の中で罵った。
時送りは便利な能力ではあるものの、いかんせんチャクラ消費量が激しすぎてこれ以上安易には使えない。しかし水遁は守りに過ぎないし、サソリさん本体にぶつけられたとしても大したダメージは与えられないだろう。サソリさんを倒すにはやはり時を送るしかない。
時送りは最後の手段のために温存。ギリギリまで水遁で追い詰めて、一気に叩く。それが今考え得るベストな戦術であろう。
それにしても、と足元で動かなくなった傀儡を見据える。サソリさんの傀儡にしては動きが雑だ。それに私を目の前にしてクナイの一本すら出さない。
傀儡師は言うまでもなく遠距離戦を得意としていて、近距離戦に持ち込むのは避けたいはずだ。傀儡で私に留めを刺した方が圧倒的に楽に違いない。しかし目の前に現れる傀儡の動きからはその意が感じられない。動きが保守的、とでも言ったらいいだろうか。
ぼんやりと靄の掛かる頭で、サソリさんの思惑を必死に辿る。好戦的で人を殺す事を厭わないサソリさんが私を即座に射止めない理由。数秒考えを巡らせ、私は一つの仮定にぶち当たった。
ーー私を生きたまま捕えようとしている?
二時の方向にまた傀儡の気配。印を結びながら傀儡の動きを注意深く目で追う。すると傀儡の手から肉眼では確認しづらい細いチャクラが輝いていることに気づく。
そういうことか、と私は思わず舌を打った。
傀儡を叩き落として木の上に退避する。薄く目を細めて周囲を見渡してみれば、やはり至る所に不自然な光が発光している。これは身体に絡めて動きを封じる、捕縛目的のチャクラ糸だ。予想は的中。まるで蜘蛛が蝶を捕らえるかのように、サソリさんは私を生捕にしようとしている。
でも、こんな面倒な手を使ってなんのために?
理由はどうでもいい、と直ぐに頭を切り替えた。ここで無駄に頭を働かせて隙を作ってしまえばサソリさんの思う壺だ。
目の前に叩きつけられる圧倒的実力差と、心許ないチャクラ残量。現実的に考えて私一人では絶対に勝てない。…やはり今はやり過ごして千秋さんの到着を待った方が。
『って、そんな甘っちょろい考えダメに決まってるわよね…!』
五時の方向から迫ってきた傀儡にクナイを投げつけながら自分を奮い立たせるように声を絞り出す。
相手はあのサソリさんである。最初から逃げの考えで勝てるわけがない。ただでさえ負け戦なのだ。文字通り死ぬ気で戦わなければ時間稼ぎすらできない。
次に来る攻撃に対応するためチャクラをかき集める。空っぽの身体が悲鳴を上げ、裂けるような痛み。印を結ぶのが一瞬だけ遅れた。
『っきゃ、』
その時である。目の前に現れた傀儡が初めて私に両手を伸ばした。そのまま押さえつけられ地面に叩きつけられる。傀儡が私に直接的に手を下すことはないと、警戒を緩めた途端である。
「傀儡縛りの術」
あっという間に目の前の傀儡が変化し、手首に巻きつく枷となった。拘束されてしまっては印を結ぶこともできない。印を結べなければ当然、術を発動させることも不可能。
最初からこうするつもりだったのか、と今更気づいても後の祭りである。完全に私の読み負けだ。
「天下の時送りも、印が結べなければただの人だな」
声の出所に視線を送れば、サソリさんが涼しい顔で私を見下げていた。その端正な顔には傷一つついていない。
「お前はそれなりに聡い。チャクラ糸を張れば必ず気付き、オレの意図を勝手に汲むと考えた」
『……』
「人間は追い詰められた時、変化を過剰に警戒する。それが例え無意味な策であってもな。あのチャクラ糸にお前を捕えるだけの耐久性はそもそもない」
『……。聞いてもいないのにわざわざ解説をどうも』
せめてもの悪あがきで悪態を吐いてみたものの、詰みだということは理解していた。
いくらサソリさんが近くにいようが、印が結べなければどうにもならない。
ゆっくりこちらに近づく足音と、駆け足になる私の心臓。家に帰りたいな、という呑気な逃避が頭を掠めた。温かいご飯を食べて、ゆっくりお湯に浸かって、ふかふかの布団で眠りたい。
あそこにいる時は苦痛でしかなかった日々。その日をこんなに恋焦がれる日が来るなんて、思いもしなかった。
背後に立ったサソリさんが私に合わせて屈む気配がする。とてもじゃないけれど振り返る勇気はなかった。命を握られているこの感覚は、恐怖と表現するには些か生温い。
伸ばされた指が私の毛髪に触れる。たったそれだけのことに自分でも驚く程身体が震えた。
熱を持たない掌が今度はなぞる用に私の頬に移動する。壊れ物に触れるかのような、優しい愛撫。この場に不釣り合いのその行為は、乱雑に触れられるよりも恐ろしく、何より不快だった。
「そう警戒するな。オレは”素材”は丁寧に扱う口だ」
言葉の意味を、計りかねる。
無言でサソリさんを横目で睨むと、彼はいつも通りの冷ややかな様子で私を静観している。その顔からは相変わらず何の感情も読み取れなかった。
しかし何かを確かめるように私の身体に触れるサソリさんは私に対して”そういう行為”を求めているようにしか思えない。
どうしていきなり。そもそも意味がわからない。混乱しつつも不快感には勝てず『やめてください』と強く拒絶の意を示す。
『そんなことをするくらいならさっさと殺してください』
「勘違いするなよ。別に性的な意味でやってるわけではない」
お前らみたいな猿と一緒にするな、と冷めた声でサソリさん。しかし私の身体を弄るサソリさんの手は、完全にセクハラ親父のそれである。
木ノ葉にいた時、酔った上司にされた性的な嫌がらせを思い出して思わず顔を顰めた。
サソリさんがあんな人達と一緒の人種だとは流石に思えないけれど。
サソリさんは私の身体を弄りながら、品定めをするように興味深げに目を細めている。
「やはり女の身体は男と比べて無駄が多いな。筋肉量が少ない割に、胸やら尻やらの脂肪が多すぎる」
『……』
「…お前、少し太り過ぎじゃないか?」
思わず拘束された拳を振り上げるものの、難なくサソリさんに捕らえられる。反抗できる立場でないことはわかっている。しかし黙っているわけにもいかなかった。
19歳の年頃の女にあまりにも失礼な物言いである。
『私は別に太ってません!普通です!』
「脂肪の量が多いのは事実だ。現実を見ろ」
『~っ、千秋さんは私の体型好きだって言ってくれました!むしろもっと太っていいよって。細すぎる女性よりそっちの方が好きだって』
私の発言に、わかりやすく白けた顔をするサソリさん。
「よく考えろ。男が女の体型に言及する時点でそれなりにヤバい体型だと思われてんだよ。その上でフォローされてるだけだろ」
…確かに、木ノ葉から雲に来て極端に運動量は減ったし、食べることしか楽しみがなかったのは事実である。顔が何となく丸くなってきたことにも気付いていた。しかし千秋さんの優しさに甘えきっていた私は、体重計に最後に乗ったのはいつだかもう思い出せない。
しかし寄りにもよってサソリさんにこんな場でデブを指摘されるとは。デリカシー云々以前の問題である。
『仮に、もし仮に!私が太ってたとしてサソリさんに何か関係あるんですか』
サソリさんの動きが止まる。ブラウンの瞳はあまりに澄んでいて、こんな状況でも彼が純粋な人間なのではないかと錯覚してしまいそうになる。
サソリさんは数秒の間の後、静かな声で「あるに決まっているだろう」と言った。
「お前は大事な”素材”だ。手足の長さ、骨の大きさ、動きの癖、筋肉量、それこそ脂肪の多さに至るまでオレは知る必要がある」
『……。さっきも言ってましたね、それ。一体何の話ですか?』
サソリさんの指が、カタッと乾いた音を立てた。普通の人間からは出得ない、無機質な機械音。
世界に私たちしか残されていないかのような、深い深い闇。
「お前をオレの傀儡にする」
あまりにも自然な、世間話のような物言いだった。状況が理解できず絶句している私に反して、サソリさんは表情の一つも崩さない。
「お前は暁には不釣り合いな人間だ。しかしそのまま殺して捨てるにはあまりにも惜しい才を持っている」
『……』
「お前みたいな生意気な女は喋らない傀儡の方が良く映える。なに、ただ心の臓が止まるだけだ。お前の容姿も、身体も、チャクラもそのまま永遠に生き続ける。寧ろ人間として生きるより快適と言ってもいい」
いつもは大人びたサソリさんが、新しい玩具を喜ぶ少年のように見えた。これから先、希望が満ち溢れていると信じて疑っていないかのような、真っ新なキャンバスのような少年。
そんな少年時代が、この悪魔のようなサソリさんにもあったのだろうか。
『ばっかじゃないの』
考えるより先に口が動いてしまった。
あまりに突拍子もない話だ。はいわかりましたと素直に受け取れるわけもない。
『私にだってプライドがあるんです。もし死んだとしたって貴方の玩具には絶対になりたくありません』
「口数の減らない女だな。オレが直々に口説いてやってるのに」
『千秋さん以外の男性からの好意は迷惑です』
「……」
サソリさんの指が私の太腿の傷口に触れた。途端、焼けるような痛みが全身を駆け巡る。思わず悲鳴を上げそうになって、必死に唇を噛み締めて耐えた。
サソリさんの指から紫色の液体が僅かに滴っている。
「安心しろ。拷問用の毒だ。死ぬ程痛むが決して死にはしない」
『…っ、』
「死ぬ時の痛みはこんなもんじゃねぇよ。本当は死ぬ覚悟なんてねぇくせに喚くな」
太腿が付け根からもげ落ちそうだ。これでも尚、死に至る痛みではないというのか。
これから嬲り殺されるとしたら、一体何度この痛みに耐えなければならないのだろう。想像しただけで気が遠くなる。
サソリさんは痛みに悶える私を見下げながら薄笑いを浮かべた。
「泣いて命乞いでもするか?」
忍びにとって敵への命乞いは御法度。
私は一度忍びとしての尊厳を失った。どんな状況だろうと、それをもう二度と失いたくはない。
『…絶対に、嫌です…!』
「賢い選択だな。そんなことをされたら興醒めだ」
この口振りからして私が命乞いをしたら速攻で致死量を流し込むつもりだったのだろう。
この人はどこまでも性格が悪い。
必死に逆の太腿をつねりながらドロップアウトしそうになる意識を呼び戻す。サソリさんが感心したようにほう、と声を漏らした。
「この痛みに耐えるか。やはりお前も忍びだな」
『…はぁっ、はぁっ』
「……いいな。お前みたいな気の強い女は嫌いじゃないぜ」
ぎりっと奥歯を噛み締める。
反抗したくても唇が痺れて上手く言葉が発せない。
私はこのままサソリさんに殺されるのだろうか。千秋さんにもう二度と会えないまま。…それが、彼を裏切り続けた私への罰なのかもしれない。
遠のく意識の中で、必死に夫の背中を追った。いつも私を支えてくれた大きな大きな背中。
この情が愛だと気づくには、あまりにも遅すぎて。私は優しい貴方を傷つけてばかりでした。
本当にごめんなさい、千秋さん。そしてこんな私を愛してくれてありがとう。
どうか貴方だけでも、これからの未来を生きてください。
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