丑の刻、君を想う
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雲とは全く違う木ノ葉の街並みを眺めながら物思いに耽る。
ここは彼女の故郷で、彼女の一番好きな場所。
結婚後、雲隠れに居住を移した美羽さんは当然あの喫茶店に来ることもなくなり、大好きだった仕掛け時計を見ることも、住み慣れた木ノ葉隠れの街並みを自由に歩くこともできなくなった。
何一つ文句は言わずとも、彼女が木ノ葉に帰りたがっていることは知っていた。それなのに僕は自己都合で彼女を縛り続け、正直者の彼女に何度も何度も嘘を吐かせた。
愛しているから、と愛の言葉をまるで免罪符のように押し付けて妻を人形のように扱い続けたのは他でもなく夫である僕だ。
あの日は確かに、繋いだ手の暖かさだけで幸せだった。それなのにいつからか僕は美羽さんと手を繋ぐことよりも、家畜のように枷をつけて手綱を引くことを望んだ。心が手に入らないことに焦りすぎて、彼女のことを支配しなければ気が済まなくなっていたのだろう。
気がつけば僕が美羽さんの笑顔を最後に見たのはいつだったか、もう思い出すことすらできない。
「いい様だな。女にでも振られたのか?」
振り返れば、そこには見慣れた同期の男が立っていた。ギリギリまで調べを進めると言っていた相棒も、やっと木ノ葉にたどり着いたようだ。
「遅かったじゃねぇか。待ちくたびれたぞ」
「無理難題押し付けといて何言ってんだよ。お陰で数日まともに寝てないんだぞ」
言葉とは裏腹に涼しい顔を崩さないシー。僕は知っている。コイツは死ぬほどタフで、多少乱暴に扱ったところで壊れやしない。だからこそ信頼もしている。
「で。どうなった?」
「ダルイとオモイにだけ事情は説明した。オレたちの留守はどうにかするから国のことは気にしなくていいと。しかし雷影様からNGが出ている以上、人員補給及びそれ以上の協力は難しいってよ」
概ね予想通りの展開である。
「暁のアジトの件は?」
「そっちが問題。目撃情報その他から分析して現在火の国より西にいることには間違いない。しかし詳細はわからずじまいだ。向かいながら探すしかないな」
暁という犯罪組織が簡単に足のつく手掛かりを残しているとは考え辛い。結局はシーの感知能力を頼りに地道に探すしかないのだろう。
苛立ちを抑えず僕は盛大に舌を打った。
「時間がないってのに…」
「仕方ないだろう。なんてったって暁だ。ここまで調べが進んだだけでも感謝しろよ」
シーは雲隠れの里の中でもトップレベルで優秀な頭脳を持つ人間だ。彼がなし得ないことは他の誰に依頼しようと無駄だということは嫌というほど理解している。
しかしこんなにちんたらしていて本当に間に合うのか。いくら特異な能力を持っているとはいえ、命の保証をされているわけではない。もしかしたら、既に殺されているかもしれない。その可能性を見て見ぬふりするしかないこの状況、自分の無力さに唇を噛み締める。
「お前の方は?」
「サクラさんに話は通した。今交渉中。なるべく優秀な忍びを引っ張ってきてくれると有り難いんだけどね」
他里に迷惑をかけるのは忍びないが、今はなりふり構っていられない。一人でも多くの戦力を確保できるよう神に祈るばかりだ。
サクラさんが戻ってき次第すぐに出発しようと合意する。シーは早速胸元のタバコに手を伸ばしたが、僕はとても吸う気にはならない。腕を組みながら憎らしいほどの晴天を睨み上げた。脳裏に浮かぶ、僕たちの主君の顔。
「こんなことしてるってバレたらまじで雷影様に殺されるな」
「だろうな。今オレたちの命はダルイとオモイにかかってる」
「まぁアイツらなら上手くやってくれるだろうけど、………?」
ふと、視線を感じて僕は振り返る。人の姿はない。気のせいかと思い、しかし違和感が拭えずもう一度振り返る。
「どうした?」
シーが僕の不自然な動きに気づき怪訝な顔。
僕はじっと一点を見つめる。ギョロっとした瞳が木陰から僕を見下ろしていた。
変わった鳥だ。今まで見たことがない。
「…お前さ、鳥に詳しい?」
「鳥?なんでまた」
「あそこにいる鳥。なんていうか知ってるか?」
僕の指し示した方向にシーは視線を向ける。タバコを一度吸って吐き出した後、ああ、と頷いた。
「ミミズクだろ」
「ミミズク?」
「フクロウの一種だ。雲にはいない鳥だな。確か生息は川の国じゃなかったか」
川の国。火の国より西にある自然の多い小国だ。
「川の国生息の鳥がなんでここにいるんだろうな」
「さぁ。近いから迷い込んできたんじゃないか?」
「……ふぅん」
一度は納得したものの、やはり何か引っかかる。三度振り返れば、ミミズクはまだ僕のことを見下ろしていた。その瞳が、何か僕に訴えているようにも見える。…流石に考えすぎか。
なるべく足音を立てないように近づき、木の上のミミズクに手を伸ばす。捕まえられるわけがないと思っていたのに、意外にもあっさりミミズクは僕の腕に飛び乗ってきた。数歩後ろでタバコをふかしていたシーと顔を見合わせる。
「ミミズクって野鳥だよな?こんなに懐っこい生き物なのか?」
「さぁ…」
「……」
体を擦り寄せてくるミミズクをまじまじと観察する。可愛らしい顔に反して身体はがっちりとしていてかなり重い。さすが猛禽類といったところだ。
徐々に視線を落としていく。そして僕は、ふかふかの羽毛で隠された足の先にキラリと輝くものがあることに気付いた。
全身の血液が、ザワっと音を立てて駆け巡る。
「…ごめんね。これ、貰っていいかい?」
焦る気持ちに必死に蓋をしてミミズクに優しく問いかける。勿論返事はない。震える手で足を掴み、ゆっくりと引き抜いた。
呼吸がうまくできない。それくらいに、僕は動揺していた。
「なんだそれ。……指輪?」
目の前で確かに輝く小さな輪。平常心なんて保てるわけがない。腹の底から熱いものが込み上げる。
握りしめた拳を額に押し付け、やっとのことで声を絞り出した。
「彼女のだ」
「ああ?」
「間違いない。美羽さんの指輪だ」
ミミズクの脚についていたもの。それはかつて僕の妻の左手の薬指に輝いていた指輪だった。見間違えるわけがない。あんなに時間をかけて、僕が彼女のために選んだものなのだから。
シーの顔色が変わる。流石、多くを説明せずとも察したようだ。
「ミミズクは川の国の中でも一部の地域にしかいないはずだ。直ぐ調べる」
言うや否や、シーは瞬身の術で姿を消した。恐らく木ノ葉隠れの里の書庫に向かったのだろう。ここまで目星がついていれば奴なら直ぐに調べをつけて戻ってくるはずだ。
残された僕とミミズク。僕は感謝を込めてミミズクの頭をそっと撫でた。
「ありがとう。キミのおかげでもう一度、美羽さんに会えそうだ」
大きな瞳がもう一度僕を見た。と同時に高い空に飛び立っていく。
役目を終えたと言わんばかりに、なんの未練もなく飛び去っていくミミズクの姿。それを見届け、僕は改めて手の中の指輪に視線を戻した。
僕たち夫婦だけがわかるサイン。彼女は一体どんな気持ちでこれをミミズクに託したのだろう。
ありがとうございます、と受け取ってくれたあの時の彼女は、まだ偽りのない笑顔を僕に向けてくれていた。
思い返せば僕は、君を苦しめてばかりだった。それなのに君はまだ、僕を信じて助けを求めてくれるのか。その事実がとんでもなく嬉しくて、そして眩暈がするほど胸が苦しくなる。
結婚する前、彼女の花のような笑顔が大好きだった。あの笑顔をもう一度だけでいい。この瞳に焼き付けたい。その代償がこの命だったとしても。それは僕自身が背負った咎だ。君がまた笑ってくれるなら、僕は何の後悔も感じないだろう。
もしも願いが叶うなら、また木ノ葉の街を二人で歩こう。他愛もない話をして、珈琲を飲んで、君の大好きな仕掛け時計を一緒に見よう。
そして僕は。今度こそ君と。
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