月夜の反逆者
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「お取り込み中悪いが奇襲だぜ、うん」
「見りゃわかる。もっと静かに応戦できねぇのかよ」
「それはできねー相談だ。オイラの芸術に反するからな」
デイダラは高らかに持論を語りながら粘土をこねている。無視してオレは冷静に状況確認を図る。
「規模は?」
「雲隠れと木ノ葉隠れ合わせて10人程度。人数は少ないが皆さん相当気合入ってる様子だぞ、うん」
『…木ノ葉隠れ?』
月下が目を見張る。本人にとっては予想外の救援らしいが、オレにとっては想定の範囲内だ。
早瀬の妻への執着は相当なもの。居場所の見当がつけば持ち得る戦力を全てかき集めて挑んでくるに違いない。能力を理由に疎まれていた月下も、性格から察するに慕っていた木ノ葉の忍びが少なからずいるはずだ。もしかしたら木ノ葉の方が彼女の奪還に意欲的かもしれない。
「現在結界の外でイタチと鬼鮫が応戦中だ。それにしても解せねぇ。なんでアジトの場所がバレてんだよ、うん」
休息を邪魔され殺気立っているデイダラに真相を伝える気にはならず、さぁな、と曖昧に答える。月下は黙ったままだ。
「いくらイタチと鬼鮫でも相手も相当な粒揃いだ。結界は突破されると考えた方がいい、うん」
「だろうな。小南は?」
「早々に移動した。まぁアジトはここ以外にもあるしな、うん」
オレたちは元々同じ場所に長期滞在はしない。この場も所謂捨てアジト。不具合があれば移動するだけ。
今問題なのは、目の前の女ただ一人。
「もうめんどくせぇな。どうする?さっさと殺しちまう?」
月下の奪還が目的なのだとしたら、ターゲットが死ねば相手の任務は強制終了だ。デイダラにしては真っ当な意見ではあるが、オレは首を横に振った。
「まだリーダーの判断を聞いていない。オレたちの独断で此奴を殺すわけにはいかねぇだろ」
「えー…」
「それに、此奴が死んだら確実に相手を逆上させる。それこそ面倒だ」
デイダラは納得はしていない様子で、しかし反論はしてこなかった。ふんっと鼻を鳴らして奇襲された方角に身体を向ける。
「あちらさんを殲滅する分には問題ねぇよな、うん」
当然行き着く考えであろう。オレは「好きにしろよ」と答えた。月下は相変わらず黙っている。
鳥が飛び去っていくのを見送り、オレは月下に視線を向けた。長い睫毛が月明かりに照らされてキラキラと輝いている。まるで星空のようだ。
『いつからですか』
「ああ?」
『いつから気付いていたんですか?』
ああ、とオレは相槌を打った。
「もしかしたら、と感じたのは昨日だ。確信したのは今し方だがな。それまではオレとしたことが全く気づかなかったぞ」
『……』
『日付から逆算するにイタチといざこざのあった日だろ』
正解です、と月下は低い声で言った。
『結界の小さな穴を探し、私の指輪をミミズクの脚に託して飛ばしました』
「……」
『千秋さんが私の指輪に気付いて、ミミズクの生息場所まで思い至るかは賭けでしたけど。結果だけ見ればどうやら上手くいったみたいですね』
ミミズクはこの辺りにしか生息していないと軽率な発言をしたのは他でもなくオレだ。しかしその発言を覚えていて、まさか雲への連絡手段に使うとは夢にも思わなかった。オレもこの女を甘く見すぎていたということか。月下は最初から今に至るまで、暁という組織に加担する気は全くない。目標はあくまで、生きたままこの組織を抜け出すこと。虎視眈々と強かに、その機を狙っていたのだろう。
彼女は雲隠れの忍びとして、暁を潰すために救援要請を送った。
責める謂れはない。忍びとしてあるべき姿を、彼女は貫いただけだ。
『どうして』
月下の思い描いた作戦は今のところ順調なはず。それなのに表情は硬く、無理矢理絞り出すような声だった。契りの輪を失った左手が、変わらずに胸元をギュッと鷲掴んでいる。
『裏切ったとわかっていたなら、何故私を殺さないんですか』
此奴は、忍びに向いていない。
能力の問題ではない。精神的な問題だ。
月下にとってオレが自分のために修行をつけるのは計算外だった。敵と信じて疑わなかったオレが一時的にだとしても味方に回り、自分の身を案じて尽力してくれた事実に月下は激しく動揺している。憎いと思っていたオレに味方意識という名のあらぬ情が湧いたのだろう。
オレを裏切ると決めていたはずなのに、最後の最後で月下はオレを敵と見なすことへの迷いが生じている。
しかしその甘さはこれからの戦場では確実に命取りだ。
お情けで生き残れるほどこの世界は甘くない。
「お前が考えているような理由はない。オレとお前は所詮相入れない道にいる。情は不要だ。裏切りを決めたなら、振り返るな。後悔するな。お前が迷えば助けに来た仲間が死ぬぞ」
あの3人がそこらの忍びに倒されるとはとても思えない。現時点で既に雲や木ノ葉には犠牲者も出ているだろう。それは月下自身が自分で蒔いた種。今更迷っても誰も助かりはしない。
向かってくるならば、オレたちの目的の邪魔をするならば。今度こそオレは、アイツを殺すしかない。
ぶわん、と空間が歪む。どうやら結界が解かれたようだ。悠長に話をしている時間はもう残されていない。
『サソリさん』
長い髪が夜風に揺れる。
月下はオレの瞳を見据えた後、深々と首を垂れた。
『短い間でしたがお世話になりました。ありがとうございました』
「礼を言われる筋合いはない。そもそもお前を拉致したのはオレだぞ」
『いえ。貴方がいなければ、私はあの里で朽ちていくのを待つだけの人形でした』
月下が顔を上げる。その瞳にはもう、迷いはなかった。
『貴方が私を連れ去ってくれたおかげで、あの人がどれだけ私にとって必要で、大事な存在だったのかを知ることができました。捨てていた忍びとしての尊厳を、取り戻すこともできました』
「……」
『敵である貴方に抱く感情としておかしいのは百も承知です。でも、貴方には感謝してもしきれない。本当にありがとうございました』
ふんっとオレは鼻で笑った。この期に及んで馬鹿げたことを言う女だ。
「これから殺されるかもしれない相手に頭を下げるなんて滑稽だな」
『そうですね。でも、どうしても伝えておきたくて』
「御託はいい。……やっとオレを殺す気になったのか?」
はい、と月下は迷いなく答えた。と同時に七色のチャクラがキラキラと奴の体を取り巻く。
儚く麗しく美しく、そして誰よりも強く輝く月下の花。
オレは、この光景を見るのが好きだった。
『雲隠れの忍びとして、早瀬の妻として、この子の母として。死ぬわけにはいきません。サソリさん。…貴方の時間を奪わせていただきます』
月下の女は、今や完璧に時送りの忍びとしての力を取り戻していた。
腹の底から笑いが止まらない。オレは弱い忍びに興味はない。強い忍びと対峙し、倒すことこそオレの求める芸術。そしてそれがオレの人生の醍醐味。
オレにもやっと、此奴を殺す理由ができた。
.