月夜の反逆者
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太陽が水平線に身を沈める夕暮れ時。
全身にチャクラを溜めて神経を研ぎ澄ませる。さわさわと靡く風の音以外何も聞こえない。この世界にはオレしか残されていないのではないかと錯覚してしまうくらいに静かな夜の到来。
刹那、視界の隅がキラリと虹色に輝く。慣れた手つきでチャクラ糸を思い切り引く。が、傀儡がオレの指に従わずにガクンと項垂れた。見れば、関節の隅々に七色の細かいチャクラが突き刺さっている。
やられた、とオレは舌を打った。それと同時に木陰から月下が顔を覗かせる。憎たらしいくらいの満面の笑み。
『やっ、たー!見ました!?見ました!?ついに傀儡の動きを止めました!』
見切りをつけてさっさとチャクラ糸を切断すると、傀儡が地面にバラバラと崩れ落ちる。腕だけではなく足の関節も見事に潰されている。あの一瞬でよくもまあこんなに的確にオレの傀儡を射止めたものだ。いくら慣れていない傀儡を使用したとはいえ、こんな小娘に。デイダラが先の戦闘で苦戦していたのにも十分に頷ける。
損傷具合からしてこの傀儡は恐らくメンテナンスをしてももう使い物にならないだろう。それなりに苦労して手に入れた素材だったのに…と暗然としていると、オレの隣に寄ってきた月下がオレの様子に気づいて目を瞬かせた。
『そんなに大事な傀儡でしたか?ごめんなさい、壊してしまって』
月下は動かなくなった傀儡を眺めている。唇に手を当てて数秒静止した後、まるで名案を思いついたとでもいうように掌に拳を押し付けた。
『戻しましょうか?』
「…は?」
『千本より細いチャクラを刺したので、取り除くのは難しいかと。戻した方が早いです』
オレの答えを聞くより先に印を結び始めている月下。オレは思わず奴の右腕を掴んだ。月下が疑問の眼差しでオレを見る。
「そんなことはしなくていい」
『え…何故ですか?』
「それをしたらお前、」
命を削ることになるんだろ、と言いかけて寸前のところで思い留まった。いちいち確認するのも馬鹿馬鹿しい話である。
月下は話の続きを待っていたが、オレがそれ以上の言葉を発さないことを悟ると納得はしていないながらも印を綻ばせた。
『まぁ、無理にとは言いません。私も好き好んで使いたい能力じゃないですし』
ふぅ、と思わず口からため息が漏れる。
「お前のことを夫が必死に縛り付けていたのも、今となってはわかる気がするな」
『はい…?』
お人好しと書いて馬鹿と読む。戦場に出したら真っ先に犬死にするタイプだ。
夫も此奴の性格をわかっていたからこそ、忍びとしての彼女を認めてやれなかったのだろう。大事に思うが故なのは第三者には理解できるが、当の本人にはあまり伝わっていないのが悲しいところである。
そんなことより、とオレは話を変えた。
「チャクラはどうだ?」
『サソリさんの言う通りでした。回転を変えればドンピシャではまります。逆回転に慣れていないので合わせるのが大変ですけどね』
オレの予想通り子供のチャクラの流れにも法則性があるようだ。時送り自体かなり高度な技術が必要とされるのに、オレの指示をあっさりと受け入れて実践できてしまうのは他でもなく彼女自身の能力の高さの表れである。
能力だけを見れば月下は組織において十分使える忍びだろう。あくまで能力だけ、の話だが。
「そうか。なら場数を稼ぐしかないな。休憩を挟んだらもう一戦交えるぞ」
『……』
月下が何か言いたげな瞳でオレを見ている。そしてまた感じる核への違和感。
夜の始まりを告げる風が、二人の間を駆け足で通り抜けていく。
『サソリさん』
「ああ?」
『なんで急にそんなに優しくなっちゃったんですか?』
何を言うかと思えば、想像以上にくだらない質問である。
「先ほども言ったが、別に優しくした覚えはない」
『……』
「お前が組織にとって使える人間であれば、今この瞬間に見殺しにするのは惜しいと思っただけだ。ただ、それはあくまでオレ個人の意見。リーダーがどう判断するかは知らん」
月下のチャクラコントロールが戻ったところで、孕っているという突き抜けたマイナス要素自体はどう足掻いても埋められない。
3日後、運良くリーダーが今この場で手を下す必要がないと考えたとしても遅かれ早かれ殺される運命を辿るのは必然だろう。
この修行は、”延命”にすぎない。しかしそれでも修行すると決めたのは、他でもなくオレ達だ。
『……』
月下がまだ何か言いたそうにオレを見ている。女特有の察してモードである。しかしオレに此奴の考えが察せるわけもないし、そもそも察する気もなかった。
「その様子ならまだ動けそうだな。さっさと修行再開するぞ」
『……』
月下は浮かない顔で、小さく首を縦に振った。
夜も昼もなく、オレ達は修行に明け暮れた。
睡眠をとるかは一応尋ねたが、『必要ありません』と一蹴。そんな暇があるならチャクラコントロールを極めたいという月下自身の判断だ。身体の不安は勿論あるが、それはそもそもオレが心配するようなことではない。細々と休憩を挟みながらも、月下は絶えることなくチャクラを練っていた。生き残る為の手綱を手探りに、しかし確実に掴んでいく。今まで女の忍びには弱いイメージしかなかったが、月下の負けん気の強さは性差を感じさせないほど強いものだった。
2日目の朝を迎え、そしてあっという間に日が暮れていく。オレ達は私語を殆ど交えず、ただ忍術の高みを目指していた。お互いに少しでも気を抜けば命の保証はない。オレの人生でそう思わされたごく少ない忍びにこの女が入るなんて、数日前のオレに言っても到底信じないだろう。
『…っはぁ、すみません、ちょっと休憩…』
言うや否や、オレの目の前で月下は膝を折った。またギリギリまでチャクラを使ったようだ。呆れながらオレも張り詰めていた神経を弛緩させる。
「だから適度に休憩しろって何度も言ってんだろが。いくら術の精密さが上がったところで敵にチャクラ切れを見せた瞬間殺されるぞ」
『…はい、すみません』
オレと違い生身の人間。しかも妊婦である月下がオレの休みない動きについてきているのは異常だ。生きることへの執着。それだけを頼りに彼女は何度でも立ち上がった。
オレの攻撃を冷静に研究している月下に適当な傀儡を使ってもすぐにバラされて、既に通用しない。2日間でよくもここまで、と臍を噛まずにはいられなかった。攻撃力自体が低いのが玉に瑕だが、もしこの場にもう一人攻撃タイプの人間がいたらオレをもってしても苦戦させられるかもしれない。
地面に手をついて呼吸を乱している月下の二の腕に血が滲んでいる。よくよく観察してみれば身体の至るところに無数の切り傷。どうやらオレの攻撃を全て避けられているというわけではないらしい。
傍に寄って跪き、腕を取る。月下がまた驚いた様子でオレを見た。
「見せろ。止血してやる」
『え……平気です。これくらい』
慌てて腕を引っ込めようとした月下を無視して傷口を確認する。パックリ割れた傷口からはじわじわと血液が溢れ出している。生身の人間は不便だな、と何度考えたか知れない思考がまた頭を過ぎた。
圧迫止血し、腕に薄布を巻きつける。月下はじっとその様子を見ていた。
水分の多い瞳が、水面のように揺れている。
『ありがとうございます、サソリさん』
「布巻いてるだけだろ」
『そうじゃなくて。……毒、使ってませんよね』
一瞬指を止め、しかしすぐに手当てに集中する。
『おかしいなと思って。攻撃を食らっても全然、体に毒が回る感じがしなかったから』
「お前には毒を使わずとも勝てる自信があったからだ。別に情けをかけたわけではない」
『その割には結構苦戦してましたよね』
「今すぐこの傷口に猛毒を塗り込んでやろうか?」
『だから冗談ですってば』
ふ、と空気が弛緩する。夕闇に染まる月下の笑顔が、何故か泣いているように見えた。
月下は空いている左手で自分の胸元をぎゅっと掴んでいる。その様はまるで心そのものを掴もうと足掻いているようだ。
どくん、どくん。月下の激しい心臓の音がオレの耳まで届く。昨日から隠しきれていない動揺と罪悪感。そしてオレは改めて思う。
此奴ほど忍びに向いていない人間もそういない、と。
出会った時から少しも変わらない。見ているだけでオレの感情を逆撫でする女。
此奴は最初から暁には成り得ない存在だった。
今更何も、驚きはない。
「裏切りの懺悔でもしたいのか?」
月下の表情が凍る。大きな瞳は更に見開かれ、呼吸をするのも忘れてオレを見つめる。
今までの疑念が、一気に確信に変わる。
『……気付いていたんですか』
「逆にその態度でよく気づかれないと思ったな」
『……』
オレは傷口の布をきつく結び、その場に立ち上がって空を仰いだ。太陽はすっかり影を潜め、下弦の月がオレたちを見下ろしている。
今日が終わっていく。ーーそれと同時に、長い夜の始まりだ。
図ったかのように鳴り響く爆発音。夜空に開戦を告げる火花が咲き、オレたちの横顔をカッと照らす。
また派手にやらかしやがって…と眉を顰めるオレと、緊張に顔を強張らせる月下。
「やはり来たか。思ったより早かったな」
『……』
「旦那ァ!」
闇を裂くようにして一羽の鳥がオレたちの頭上を舞う。デイダラが金髪を夜空に靡かせながら二人でいるオレたちをジロッと見下げた。
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