月夜の反逆者
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嵐の去った空はこの世のものとは思えぬほど美しく澄み渡っていた。まるで目の前の女の命がもうすぐ終わりを迎えることなど、あり得ないと嘲笑うかのように。
リーダーが3日後に帰ってくる、とオレは端的に伝えた。彼女はゆっくりと瞬きをした後、いつも通りの抑揚のない声で『そうですか』と一言。特段動揺したような様子はなかった。
しかしリーダーの帰還が何を意味するのか、わからないわけはないだろう。彼女はオレから視線を逸らしながら自分の腹を掌で摩った。その指先が、わずかに震えていた。
まだ顔色の悪い月下を生乾きの忍服に着替えさせ、例の泉に向かった。
嵐があろうが槍が降ろうが、この泉だけはいつでも穏やかだ。
『…で。修行って?具体的に何を……ッ!?』
話を聞き終わる前に、オレは月下の背中を足で蹴り飛ばした。頼りない身体が真っ逆さまに泉に飲み込まれていく。
数秒後、月下はぷはっと泉から顔を覗かせた。青白い顔に怒りの滲んだ赤が刺す。
『…っ、殺す気ですか!?』
「殺す気だ」
『はぁ?』
「今からお前を殺す気で攻撃する。それを避けた上で、お前もオレを本気で殺す気で攻撃しろ」
ぷかぷかと身体を水に揺らしながら月下は目を白黒させる。
「集中しさえすれば術が使えると言ったのはお前だろう。水上に立つことでよりチャクラコントロールに集中できる。今のお前の修行にはうってつけだ」
木登りをしながらの修行もチャクラコントロールを整える上では適しているといえるが、落ちた時の身体への負担が大きすぎる。月下は妊婦だ。外部からの衝撃は腹の中の子供にとって確実に悪影響である。それを考慮しての水上の修行。その分難易度も確実に上がるが、悠長に初心者向けの修行をやっている場合ではないのもまた事実である。
「いかんせん時間がない。とにかく身体で覚えるしかないだろう」
『……』
月下は無表情で、しかし瞳の色が闘志に燃え始める。絶望の淵であることに変わりはないのに生き残ることを全く諦めていないその瞳。この勝気な態度がオレは嫌いじゃない。
印を結び、ゆっくりと湖上に身を持ち上げた月下は足を震わせながらもなんとか立ち上がる。しかしどう見てもチャクラコントロールはブレブレで、足首が水面下に沈んでしまっている。現在下忍レベルのチャクラコントロール。この2日程度で、それがどこまで改善されるのかは未知数だ。そもそもオレからの攻撃を食らって生き残れるのかすら不明であるが、ここで死ぬレベルならどうせ3日後も生き残れはしないだろう。
オレは巻物に手を伸ばした。最近手に入れたばかりの新作。手応えを試したかったオレにとっても絶好の機会だ。
「言わなくてもわかっていると思うが手は抜かない。死んでも恨むなよ」
『わかっています。どうぞよろしくお願いします』
月下はそう言って、敵であるオレに深々と頭を下げた。
イタチは同郷の月下の実力を高く評価していた。
チャクラコントロールのセンスは里でも一二を争うレベルだったと。買い被り過ぎだと思っていたが、あながち間違ってはいなかったようだ。
最初は何度も失敗して水の下に情けなく身を沈めながらも、月下は状況に応じて自分の術を柔軟に変化させる能力が非常に高かった。
今では足の裏を水面にぴたりと密着させ、オレの隙を狙って確実に攻撃を仕掛けてきている。完全にオレの動きを封じるまでには勿論至っていないが、修行を始めてから半日程。進捗としては悪くはない。しかし、問題がないかと言われればそういう訳でもない。
『…っ、はぁっ、はぁっ…』
相変わらずオレを冷静に観察して攻撃の機を狙いながらも、肩が大きく上下している。顔が白いを通り越して紫がかって見えるほど血色が悪い。
オレは構えていた傀儡を自身の方に引いた。未だに警戒を解かない月下に声をかける。
「少し休憩にするぞ」
『…っ、大丈夫です…まだ』
「またチャクラ切れを起こして倒れられたら迷惑なんだよ」
『……』
月下は変わらず肩を揺らしながらすみません、と呟いた。どうやら自分でもチャクラ切れ間近だという自覚はあったようだ。
水面を歩き、月下に近づいていく。右手を差し出すと月下は驚いたようにオレを見上げた。
「ほら、さっさと捕まれ」
『……』
「背負ってやるほどオレは優しくないんでね」
かあっと何故か赤面する月下。何故そのリアクションになるのか意味不明である。
訝しんでいるオレに、また『すみません』。
『…男性に優しくされることにあまり慣れてなくて。すみません』
「……。別に優しくした覚えはないんだが」
『天然のタラシですね』
「支えてやらねぇぞ」
『冗談ですって』
ありがとうございます、と花のように笑いながら月下はオレの手をそっと握った。それと同時に核の部分になんとなく違和感を感じる。今まで経験したことのないこの感じ。
自分自身のメンテナンスを怠った覚えはないが、もしかしたら不具合でも起こしたのだろうか。
手を引いて歩き地に足をつける。と同時に月下の身体からガクンと力が抜けた。倒れないように身体を支えながらその場にゆっくりとしゃがみ込む。罰が悪そうに月下が瞼を伏せた。
『…すみません、急に力が』
「いや。腹の中で人間育ててたら当然の反応だろう」
忍びの世界では基本、身籠った女は戦場に赴かないのが通例だ。
扱いは手負の忍びと変わらない。つまり、それ程妊娠とは体への負担が大きいということなのだろう。男であるオレにだってそれくらいは想像がつく。
チャクラコントロールの擦り合わせは悪くはない。しかしこの体力のなさが最大のネックだ。普段より集中力が求められるため、チャクラの消費が更に激しいのも痛い。
考え込んでいるオレを不機嫌な様子だと判断したのか、月下はまた小さな声ですみませんと言った。
いちいち弁明するのも面倒なので無視して本題に入る。
「チャクラの感覚はどうだ?」
『うーん…お陰様で大分掴めてきたんですが。恐らくお腹の子のチャクラの流れが一定じゃないんです。たまに乱れるとそれに引っ張られちゃって』
未の印を結びながら月下は再び感覚を研ぎ澄ませている。しかし上手くいかないのか表情は芳しくない。
腹の子供のチャクラ。それこそ未知数で、どんな動きをするのか想像もつかない。
しかしいくら時送りといえどただの赤子。現時点でそんなに厄介なチャクラを持っているとも考えずらい。
「お前、チャクラを練る時に身体の中でどんな流れをイメージしてる?」
『えーと…右に回るようなイメージですかね』
「それならチャクラが乱れた瞬間に左回りに切り替えろ」
『え……』
左ですか、と月下。オレは首肯する。
「恐らく、子供のチャクラの流れにも法則性がある。上手く術が発動する時はお前と同じ向きにチャクラが流れていて、上手くいかない時はチャクラの流れが逆流しているんじゃないか」
『……』
「少しずつ流れをずらして注意深く観察。子供とお前は一心同体。どこかで必ず噛み合う瞬間がある。その感覚を身体に刻みつけろ」
月下は直ぐにわかりましたと答えた。
『左回りとは盲点でした。次からやってみます』
「チャクラが回復し次第修行再開だ。そんなにちんたら休憩する時間はないからな」
月下はまた素直に『はい』と答えた。
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