絶望か、希望か
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子供の頃は夜が来るのが怖かった。しかし、今は夜の方がなんとなく落ち着く。
それに反して夜明けはなんとなく心がざわつく時間である。
暗いアジトに一本の光が差す。1日の始まりは何故か毎日うんざりする。
一晩かけてヒルコのメンテナンスに徹していた。毒の仕込みもいつも通り完璧である。今日の任務はいつも以上に気持ち良く遂行することができそうだ。
早速ヒルコに入ろうと身をかがめた瞬間、『あっ』と空気が揺れる。振り返らずとも誰なのかは明らかだ。そのまま無視してヒルコに身を収めようとすると、強い力で腕を引かれた。うんざりしながら仕方なく振り返る。
見慣れてしまった大きな瞳がオレを捕らえて嬉しそうに細められた。
感じる、違和感。
『サソリさん、おはようございます』
「…なんだその不細工なツラ」
つい思ったことをそのまま口に出してしまった。月下は一瞬顔を硬らせ、そのままブスッと頬を膨らませた。
『不細工とは随分失礼ですね』
「本当のことを言っただけだ」
目蓋がぼってりと腫れて重い。いつもは白く透き通った肌も今日はなんとなくくすんだ印象を受ける。
本人も気にしているらしく、彼女は自分の目頭を指でそっと押した。
『昨日あまり寝られなかったんですよ』
ああ、とオレは納得した。
そういえば、昨日はイタチとよろしくやっていたんだった。
それを気にして、の話だろう。しかし勿論それに突っ込んで話をする気はなかった。
月下は相変わらずオレの腕を離さないまま、『そんなことより』と声を弾ませた。雲隠れから拉致されて一週間。いつ見ても彼女はこの暗い組織に少しも馴染んでいない。
『これを見てください』
じゃん!とダサい効果音をつけて月下は懐からある物を取り出した。
一瞬警戒してしまったが、なんてことはない。見せられたのはただの布きれだった。オレにただのボロ布を見せつけている彼女は相変わらず何故か嬉しそうである。オレは率直な感想を口にした。
「なんだこれ、雑巾?」
『なっ…どこからどう見てもクナイ入れじゃないですか!』
クナイ入れ…?オレは再び月下の手中に視線を戻す。見た通りで言えばボロ布、100歩譲って雑巾という見た目である。
クナイ入れを作るだなんだとは確かに聞いていたが。これに忍具を入れるなんてオレだったら確実にお断りである。
「ヘタクソにも程がある。いくら夫でもそんなゴミ貰ったら困るだろ」
『ご…ゴミって…これでも一生懸命作ったんです!』
「懸命に作ろうがなんだろうが結果が伴わなければ無意味だ。忍びの世界では常識だろ」
うっ、と月下が言葉に詰まっている。
何やらぶつくさ文句を言いながらもオレと視線は合わさない。自分自身でも出来には自信がなかったのだろう。渡せる宛がないのが寧ろ不幸中の幸いかもしれない。
ふと、月下の腹に視線が移る。まだ何も変化はない。妊娠しているといっても恐らく初期の初期だ。人間であって、まだ人間ではない。しかし確実にそこにいる生命体。
無駄な時間を使って何かを与えたいと思っているくらいには情のある、夫との子供。
知ってしまったからには隠す気もなかった。それどころか本人が一番知らなければならない問題である。
息をする必要もないのに、空気を体に取り入れた。ひゅう、と虚しい呼吸音のようなものが二酸化炭素にならないまま再び口から出て行く。
「お前、最終月経いつだ?」
『……は?』
月下が大きな瞳を瞬かせる。動揺と表するより、状況が全く理解できていないといった方が正しいだろう。
『えっ…なんですか急に。セクハラ?』
「質問にだけ答えろ。いつだ?」
月下はオレの真剣な様子に揶揄われているわけではないということを悟ったようだ。不審そうな顔をしながらも、唇に手を当てて記憶を探っている様子。
『えっと…この前きたのは先月の頭です』
「……」
『…あれ?そういえば今月はまだ、きてない…』
言いながら、月下の顔から静かに光が消えて行く。オレは冷静に話を続けた。
「前回が先月の頭なら、今月はもうとっくに終わってないとおかしいな」
『……』
オレの言葉を皮切りに月下の顔がはっきりと動揺し始める。やはり自覚はなかったようだ。
青ざめる顔と唇。若い夫婦で、毎晩のように身体を重ねていたのであればいつ子供ができてもおかしくは無い。しかしこの様子からして少なくとも彼女にその意思はなかったらしい。
しかしそんなものはこの暁という組織においてはどうでもいい話であった。
『…うそ、でも…まさか、そんな』
「お前は今、二つのチャクラを持っている。コントロールが上手くいかないのはそのせいだ」
『……』
「バテやすいとか、眠気が強いとか。他にも色々覚えがあるだろ」
オレの畳み掛けに月下は何も答えない。否定する要素がどこにも無いからだろう。彼女は口を噤んだまま自分の足先に視線を落としている。その視線の先にあるのは喜びとは程遠い感情。全身の震えも、止まらない。
彼女の受け入れられないという情はどうでもよかった。実際問題腹には子供がいる。それはもう変えようの無い事実。
そして彼女は選ばなければならないのである。
「お前に二つ選択肢をやる」
オレは二本の指を突き出した。相変わらず視線は合わない。それを気にせずオレは続けた。
「一つは堕胎。まだ初期だから薬で処置できる。面倒だがオレがその薬を作ってやることは可能だ」
『……』
「もう一つはそのまま放置。しかしそうなればチャクラコントロールも体力も回復はしない。寧ろ子供が大きくなればなるほど状況は悪化するだろうな」
オレは一度言葉を切った。息継ぎは必要ないが、混乱の最中にいるであろう月下に頭の整理をさせる時間を作るためだ。
ゆっくり3秒数えて、オレは話を再開させる。
「要は子供一人が死ぬか、二人とも死ぬかの差だ」
『……』
「この組織に使えない人間は必要ない。その意味は説明せずともわかるな?」
『……』
「1日だけ考える猶予をやる。それ以上は待たねぇから、そのつもりで」
月下の腕が力なく重力に従って落ちる。オレはそのままヒルコに身体を預けた。
月下はもう、オレを引き留めはしなかった。
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