雨と初恋
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“時送りは雲にいる”と聞いた時、婚姻したのだろうと直ぐに思い至った。
どうやら、自分を愛してくれる男と一緒になることができたようだ。その事実に安心する反面、心の何処かで寂しく思ってしまう自分がいることは否定できない。
リーダーは彼女の能力に目をつけた。組織に反するつもりはない。彼女の情報をオレは簡単に売った。
サソリさんとデイダラが彼女を拘束してくると聞いている。あの二人が相手では、いくら彼女でも手も足も出ないだろう。
仕方が無かった。8年前救えなかった彼女のことを、今更オレが救えるわけもない。
「イタチさん、どうかされましたか?」
隣の鬼鮫の声かけに我に帰る。いや、と返事をしながら空を見上げた。あの日のように分厚い雲が、今にも悲しみに泣き出しそうだ。
「雨が降りそうですね、急ぎましょう」
鬼鮫はそう言って歩調を早める。オレはなんとなく、先を急ぐ気にはならなかった。
ザッ、ザッ、と重く地面を踏み締める。人間とは違い乾き切った地面が水の到来を今か今かと待ち構えていた。
「鬼鮫」
「はい?」
「雨は嫌いか?」
は?と鬼鮫が間の抜けた返事をする。オレは今までと変わらぬスピードで足を前に滑らせた。
鬼鮫が空を見上げる。その視線の先にあるのは、太陽不在な重い空。
「特段嫌いじゃないですよ。まあ、足元が悪くなって動きにくいのは難点ですが」
「……」
「そういうイタチさんは?」
自分で質問をしておきながら、そう問われると即答できない自分がいた。
あの日まで、晴れようが雨が降ろうが特に何の感慨もなかった。与えられる任務を淡々とこなすだけ。その日々に天気など関係がなかったから。
地面に小さな染みができる。降ってきましたね、と鬼鮫。オレは足を止め、再び空を見上げた。
雨が降る度、オレはあの日に帰る。8年前、伝えられなかった幼い思い。後悔と、諦めと、千切れるような胸の痛み。そして、陽だまりのような暖かさ。
あの日返せなかった傘のことを忘れたことは一度もない。返せる日が来ないことは知っている。彼女もわかっていただろう。
でも、それでも。オレを信じて、いつか必ず返してくださいと言ってくれる彼女のことが、オレは間違いなく好きだった。
手を伸ばして生温い雨を掴む。指の間をすり抜けて落ちて、そして見えなくなった。
それはまるであの日の恋心の様に儚くて、しかしはっきりとオレの腕に一筋のラインを残していく。
恋をした事実は、例えどんなに時が流れようが消えることはない。
自然に口角が緩んだ。それはオレと初めて会った日、慣れないコミュニケーションに苦心していた彼女の不器用な笑顔と似ていた。
「オレも嫌いじゃない」
「は?」
「雨。嫌いではないさ」
鬼鮫は暫くの無言の後、はぁ、と興味なさそうに呟いた。
オレはやっと”あの日”から”今日”に戻り、真っ直ぐに前を見る。
木ノ葉のうちはイタチはもういない。ここにいるのは、暁のうちはイタチである。後悔も未練もあの日に捨ててきた。今更後ろは振り向かない。
すまない。あの日の傘は、これからも返すことはできないだろう。
もう空は見上げない。オレはひたすら真っ直ぐに前だけを見つめ続ける。
次に彼女に出会う時。オレは8年の時を経てやっと、君にきちんと失恋することができるのだろうか。
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