雨と初恋
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番外編
「厄介な女がいるんだ」
人気のない事務室でそう渋い顔をしたのはオレの三個上の部隊長だった。話があると呼び出されたため任務の話かと思っていたが、出てきた畑違いの言葉にオレは目を瞬かせる。
部隊長は一枚の書類をオレに手渡した。忍者登録証の写し。それに貼り付けられた顔写真を見ておや、と思う。
「彼女、知っています。”時送り”ですよね」
「ご名答。そして今や九尾と並ぶ里の嫌われ者だ」
オレの二つ下で、サスケの三つ上。時を自在に動かせる忍びの末裔。その存在はアカデミーの時から有名だった。
実力は学年でもトップクラス。そして何より話題だったのは目を惹く容姿だ。立ち姿から指の先まで一部の隙もなく麗しく、見た者は術をかけられずとも時が止まると言われる程彼女は美しい女性だった。
しかし彼女には表情というものがまるでないのも特徴。顔は常に無。加えて時送りという血継限界持ちである。天使の顔をした悪魔、と揶揄されていたことは木ノ葉の忍びの間ではあまりにも有名である。
「木ノ葉の仲間として差別することなく隊に入れろ、という火影様からの御命令だ」
「……」
「しかし相手はあの時送り。いつ力を暴走させるかもわからない危険兵器」
「……」
「誰が好き好んで仲間にしたいと思うのか。上の考えていることは理解し難い」
わかりました、とオレは言った。ここまで聞けば話を理解するには十分である。
「オレの部隊に入れればいいんですね」
「…流石イタチ、察しがいいな」
貴方は厄介ごとをオレにいつも押し付けていますからね、と嫌味を言う気はない。
部隊長は肩の荷が降りたとでもいうように朗らかな顔つきで「頼んだぞ」と言った。
****
『はじめまして。これからよろしくお願い致します』
彼女はオレに向かって丁寧に頭を下げた。栗色の髪が揺れ、甘い香りが鼻先を掠める。
続いて大きな瞳がオレを射抜いた。ガラス製のように透き通った美しい瞳。まるでフランス人形のようだな、と見惚れてしまう。
『まさかイタチ先輩の部隊に入れていただけるなんて。光栄です』
「オレを知っているのか?」
『木ノ葉でイタチ先輩のような優秀な忍びを知らない人間なんていませんよ』
僅かに目尻を下げながら彼女は言った。笑っているのだということに数秒遅れて気づく。
『とんだ貧乏くじを引かされましたね』
「……。なんのことだ?」
とぼけるオレに、ふ、と空気を揺らす彼女。意外だ。確かに顔の筋肉の動きは乏しいが、オレときちんとコミュニケーションを取ろうとしているのはわかる。もっと高飛車な女かと思っていたが、そういうわけではなさそうである。
第一印象は、特段悪くない。
『早速ですが、今日の任務は?』
「今日は暗殺任務だ。不正に木ノ葉の情報を他国に漏洩している大名がいる」
『いきなりハードですね』
オレから書類を受け取り、真剣に目を通している。伏せられた瞼の先にある睫毛がとんでもなく長い。
まだ11歳の少女に違いないのに、妙な色気を感じさせられる。いい歳をした男どもが彼女の話題を酒のつまみに、抱きたい抱きたいとそれはそれは品無く騒いでいたのを思い出した。
大人びているのは、大人になるのを強いられたからだろう。オレと同じように。
『イタチ先輩?』
我に帰ると、大きな瞳がオレに向けられていた。もう書類の確認は終わったようだ。それを受け取りながら、咳払いをする。妙な罪悪感に襲われたのを誤魔化すためだ。
「今日はお前の実力を確認する意味合いもある。気を抜くな」
『イタチ先輩のお眼鏡に叶うかはわかりませんが、精進させていただきます』
遠慮がちな言葉を選びながら、彼女は紛う方なき優秀な忍びの顔をしていた。
『思ったより早く終わりましたね』
「早く終わらせたのはお前だろう」
『イタチ先輩様々ですよ』
任務からの帰り道、彼女は服についた血液をハンカチで丁寧に叩いている。こうしておくことで後で洗濯した時汚れが落ちやすくなるんですよ、と彼女は言った。その細やかなエチケットに彼女はやはりオレと違って女性なのだな、と思う。
彼女とツーマンセルの任務は、想像以上にスムーズだった。指示を出さずともオレの意を的確に汲み取り、サポートする力が抜群。直接手を下したのはオレだったが、彼女の尽力なくして今回の任務の成功はあり得なかっただろう。
時送りはオレが思った以上に、いや、里の皆の評価以上に優秀な忍びである。
今回の報告書は色々と筆が乗る作業になりそうだ。
時はまだ夕刻。深夜、或いは次の日までかかると思われた任務だったため、今後の予定はフリーである。
早く帰って休みたいと思う反面、まだなんとなく彼女と話してみたいという想いが湧く。決して邪な気持ちではなく、純粋に彼女のことがもっと知りたいという興味だ。
しかし、この場に留めておく気の利いたセリフも思い浮かばない。
考えを巡らせていると、ぐぅ、と静寂を裂く低い音。
彼女が今日、初めて動揺を見せた。
『…すみません。今日、実は寝坊して。朝ごはん食べてなくて』
ぷっ、と思わず吹き出してしまった。
寝坊したにしては、彼女の化粧や身繕いには一部の隙もない。朝食を食べるのは諦めたくせに、身嗜みだけは欠かさなかったようだ。如何にも女子らしいその選択がなんだか微笑ましかった。
『そんなに笑わないでくださいよぉ』
彼女は僅かに頬を桃色に染めながら顔を顰めている。別に馬鹿にしたわけではないのだが、彼女にとっては不快なリアクションだったようだ。
オレは口元を押さえながらすまない、と言った。
「何か食べていこうか」
『え、いいんですか?』
任務が終わったら即報告書を提出、が原則である。しかし任務は思った以上に早く片付いているし、飢えている後輩に食事を与えるのも先輩としての役割だろう。
オレは唇に人差し指をそっと押し当てた。
「火影様には内緒だぞ」
ぷっ、と今度は彼女が吹き出した。クスクスと笑う横顔。初めて見る、彼女の花のような笑顔。
時が、止まったかのようだった。
『意外に悪い男ですね、イタチ先輩』
彼女は口元を押さえながら、悪戯な眼差しでオレを上目遣いに見る。
オレは彼女から視線を逸らしながら足を一歩前に踏み出した。
「人聞きの悪いことを言うもんじゃない」
『冗談ですよ』
彼女はまだ笑いながら、『二人だけの秘密ですね』と色めかしく囁いた。
彼女のことを表情がない恐ろしい女、天使のような顔をした悪魔と言ったのは一体誰なのだろう。
皆に疎まれた時送りは、だれよりも華やかに笑うただの可憐な少女だった。
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