天の悪戯
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アジトに戻れば、そこには今オレが一番会いたくない男が立っていた。
瞳がかち合うが会話はない。元々オレもイタチも饒舌なタイプではない。これが通常運転だが、今日に限ってはなんとなく居心地が悪い。
「サソリさん」
イタチが声をかけてきたのは予想外だった。オレは濡れたコートを干しながら生返事をする。
「なんだよ」
「彼女は?」
「じきに戻ってくるだろ」
イタチはアジトの外に一度目を移し、その後再びオレに視線を戻した。その様子を見て、あの女のいない場でオレに話がしたいのだと察する。
まさかオレに恋愛相談でもするつもりじゃねぇだろうな。そう訝しんだのも束の間。
「彼女のチャクラコントロールの件で話があります」
チャクラコントロール。あの女が今一番苦しんでいる案件だ。
「現在のあのチャクラの乱れ方は異常です。彼女があんな雑なチャクラの使い方をするのをオレは初めて見ました」
「結婚してから忍びを辞めていたらしい。身体が鈍っているんだろ」
「……」
単に本人の努力不足だ。そう思い込んでいるオレは適当に話を流す。
イタチが闇を飲み込んだような漆黒の瞳でオレを見ている。
「…気づきませんか?」
「何がだよ」
「彼女がチャクラコントロールに苦しんでいる理由です。察しのいい貴方なら気付いているかと思ったんですが」
「周りくどいな。わかっているなら結論から言え」
イタチにしては要領を得ない話題の提供だ。イライラしているオレに、イタチは無表情のまま洞窟の外の空を見上げた。今日は雲が厚く、月の姿は全く見えない。
月の光の届かないこのアジトは、まるで地獄の沼に浸かってしまったかのようだ。
「妊娠です」
一瞬、言葉を理解するのが遅れた。再びイタチと目が合う。この時のオレは人生で一番間抜けな顔をしていたかもしれない。
「腹に子供がいます。それも、とびきり強いチャクラを受け継いだ時送りの子孫」
「……」
「二つのチャクラが体内を巡っている事実に本人が気づいていない。だからいくら修行をしても上手くチャクラが噛み合わない」
イタチの言葉で、自分が抱えていた違和感に初めて気づく。
初めのズレは、小南の「4人」という言葉。あの場には確かにオレとデイダラと月下しかいなかった。後一人が誰なのか。それをやっと理解する。それは奴の腹の中にいる子供だった。
それがわかれば全て納得がいく。雑すぎるチャクラコントロールも、手合わせした時の弱さも、直ぐにチャクラ切れを起こしてしまう体力のなさも。それは全て腹で子供を育てているが故ということか。
何故、こんな時に。奴の運命を呪わずにはいられない。新しい命の誕生。一般的には幸せの形として語られるそれを、奴はこんなところで独り抱え込まなければならない。
しかも、この暁という組織においては奴の妊娠から出産を見守ることは到底あり得ない。世間一般では宝でも、身重な身体はこの組織においては足で纏いでしかないからだ。
もし、リーダーにバレたら。結果はここで言うまでもない。
「この事実を知っている人間は?」
オレは冷静にイタチに問うた。イタチは首を横に振る。
「サソリさんにしか伝えていません」
「……。何故オレに?」
オレに伝えるより先に、リーダーなり小南なり順番があるだろう。昨日の様子を思い出す限り、小南は既に気付いているような気はするが。
イタチは僅かに頬を緩めた。それが笑っているのだと数秒遅れて気づく。こいつの笑った顔をオレは初めて見たかもしれない。
イタチには似合わない随分柔らかい表情だった。
「サソリさんがこの事実を知ったらどうするのか興味があったから、ですかね」
「…なんだ、それは」
「さぁ。解釈は貴方にお任せします」
イタチは黒い髪をふわりと翻した。
「オレの後輩をよろしくお願いします」という意味深な言葉を残して。
残されたオレは迷子の子供のように立ち尽くした。前にも後ろにも進めない。
自分が動揺していると、気付こうともしないまま。
その晩、オレが月下の女と顔を合わせることはなかった。
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