天の悪戯
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日も修行場の環境は劣悪だった。
足元は悪いし、そして変わらずに暑い。昨日よりももっと暑いんじゃないだろうか。滴る汗が目に入ってきて視界が歪む。あー!と私はイライラを隠さないまま叫んだ。
チャクラコントロールは相変わらずだ。本当に微妙なズレなのに、なかなか修正できない。本当になんなのだろう、この違和感は。まるで私の中に誰か別の生き物がいて、それが意識を持ってチャクラコントロールを邪魔しているかのような。…それは流石に考えすぎか。
印を解き、先程汲んだ泉の水を喉に流し込む。昨日と変わらない澄んだ味。
サソリさんは昨日、ヒルコを泉で洗っていた。実は少し気になっていたのだ。しかし今日自分の舌で確かめて確信した。この水には既に毒は含まれていない。
あの泉は自浄作用がとんでもなく高い。少なくともヒルコから流れ出た毒は解毒しているようだ。もしサソリさんと今後戦闘することがあったら、上手い具合に使えそうである。
でもなぁ、と私は肩を鳴らした。私に必要なのは現在防御力ではなく攻撃力である。いくら守ったところでサソリさんに勝つことはできない。
サソリさんだけではない。今まで会った暁のメンバーは5人。誰一人として私が敵いそうな相手はいない。現実的に考えてやはり救援が必要だ。
ーーー千秋さんに連絡を取りたい。
泉の上、青い空を見上げる。結界は間違いなく貼ってある。それは肉眼で確認できるものではない。
しかしこの泉のような強い力を持つホットスポットの上空はどうしても歪みが発生するものだ。定石通り行けば結界が弱まっている可能性は高い。外部との交信を狙うならここは狙い目かもしれない。
でも、仮にもし結界が弱まっていたところで私には空は飛べないし、役立つ忍具だって持っていない。
ううん、と唸る。答えが出ず、またううん。
「随分難しい顔をしているな」
顔を上げると、そこには知らぬ間にイタチ先輩が立っていた。さすが先輩である。気配は全く感じなかった。
イタチ先輩は無表情のまま竹皮を差し出した。炊き立てのお米の良い香りがする。
「ここを脱出するための方法でも思いついたか?」
『……。真顔で冗談を言っても笑えませんよ』
いつから見られていたのか、と内心焦ると同時にイタチ先輩もやはり暁なのだと再認識する。夕食の差し入れを名目とした私の監視に来たのだろう。
食糧ありがとうございます、と言って私は早々に踵を返そうとした。が、イタチ先輩に左手を掴まれる。
振り返れば、イタチ先輩の漆黒の瞳と視線が合わさった。この瞳を見る度、私は簡単にあの日に連れ戻されそうになる。何も知らず、ただ真っ直ぐに前を向いていたあの日々を。
イタチ先輩は何も言わないまま、私の左手の甲にそっと唇を押し付けた。絶句してその場に固まる。先輩の唇が私の手の温度よりも一度低い。
冷たい先輩の唇が私の指に移動する。ちかちかと光る指輪がイタチ先輩の唇に隠れて見えなくなった。
突如罪の意識に苛まれ、やめてくださいと放つ。
『どうしたんですか、先輩…ッ』
唇に人差し指が押し付けられ、反対の手でしゅる、と薬指から指輪が引き抜かれる。体の一部分だと思っていたそれがあっけなく剥がれ、そして草むらに消えた。
拾おうとして、その隙を突かれる。今度は唇に先輩の温度。悲鳴をあげようと開かれた唇は格好の餌だ。舌を押し込まれ、絡みとられる。千秋さん以外の男性と初めての口付け。
憧れていた先輩。それでも、私はこんな行為は望んでいなかった。昔も、今も。
やめて、と口にしようとするたび深く口付けられる。毒でも盛られたのか疑うくらいに甘い痺れ。受け入れてしまいそうになって、しかしそんな裏切りは許されない。私が永遠の愛を誓ったのは千秋さんだけだ。
「気持ちいいか?」
その質問に必死に首を横に振った。イタチ先輩は全てわかっているとでもいうように穏やかな表情。沼に引き摺り込まれそうだった。
懸命に理性を辿り、何度も夫の顔を思い出した。
私と先輩はタイミングが合わなかった。今更どうあがいても結ばれることはない。それはお互いにわかっているはずだ。
私は先輩の胸を両手で押した。後悔も、未練も。全てと決裂するように強く押し返す。
先輩が変わっていない事実が苦しくて、でも本当は少しだけ嬉しかった。でも伝えることは許されない。
『…もう、手遅れですよ』
自分に言い聞かせるように、そう呟いた。
.