天の悪戯
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火照った私の身体を包むサソリさんの身体が、ひんやりと冷たくて気持ちがよかった。時間を戻したミミズクも、私も、木々や空気さえも熱を持っているのに、この場でたった一人、サソリさんだけが熱を持っていない。
この世界にとって、サソリさんとはなんなのだろう。遠のく意識の中でぼんやりと考える。
彼は犯罪者で、里の裏切り者だ。罪のない人の命を数え切れないほど奪ってきて、千秋さんすら傷つけた。最低で、最悪で、憎むべき相手。迷う謂れはない。私が今、一番殺さなくてはならない人間。
サソリさんの腕にそっと触れる。なけなしのチャクラが私の左手に集まり、そして弾けた。
しかしサソリさんは変わらずアジトに向かって足を進めている。何も止まらない。世界にサソリさんがいる事実は、変わらない。
サソリさんは私の殺意に気づいていた。しかし、何も抵抗はしなかった。
そして私は悟る。
ああ、そういうことか。
疑問に思うより先に心が納得した。私はサソリさんを殺さなければならない。それが世界のためだから。それが任務だから。
でも、私にはきっと彼は殺せない。
本当はわかっていた。殺せない事実に安堵している私が、この世界で一番罪深いのだと。
目が覚めた時には、サソリさんの姿どころか他に誰の気配もなかった。洞窟の中で私はすっかり眠りこけてしまっていたようだ。身体に薄い麻の毛布がかけてある。こんな所で小さな気遣いに触れられたことに少しだけ、心が揺れた。多分小南さんだろう。サソリさんはきっとここまでしてはくれない。
またチャクラ切れを起こしてしまった。戦場だったら確実に死んでいる。それを暁という組織の前で二度もなんて、サソリさんに馬鹿にされても何も言い返せない。
洞窟内はひんやりと冷えているのに、身体がまだ熱い。微熱でもあるかのような浮かされた感覚。なんだか変だ。風邪でもひいているんだろうか。雲を離れてからなんとなく、ずっと体調がおかしい。チャクラが上手く練れないのもきっとこのせい。
でもそんなものは言い訳でしかなかった。体調管理も実力のうちである。早く修正しなければ。今日も修行に出ていいんだろうか。しかし確認できる相手もいない。
思い出したようにぐぅ、とお腹が鳴る。昨日もサソリさんに恵んでもらった朝ごはんのおむすび以外何も食べていない。もしかして食事も自給自足制なのだろうか。言われてみればこの組織に料理をしてくれる人がいるとも思えない。
しかし外に出ようものなら殺されるだろうし、そもそもお金もない。こんなひもじい生活は初めてだった。木ノ葉では自分の給料があったし、雲では千秋さんが私を養ってくれていた。齢19にして初めての貧乏と飢えである。これが想像以上にしんどい。心が荒んで食べ物のことしか考えられなくなる。はしたない、と自分を叱責して私は必死に頭を横に振った。空腹ぐらいなんだ。水ならばいくらでもある。それだけで十分じゃないか。
突如ピン、と緊張の糸が張る。私は素早く腰に手を伸ばしクナイを握った。私が振り返ったのと、相手が刀のようなものを振り上げたのはほぼ同時である。
ガツッと鈍い音がする。クナイで受け止めたのに右手に割れるような痛み。身体中のチャクラを右手に集めなければ、容易に潰されてしまいそうだった。
刀越しに、鋭い瞳と目が合う。異様な佇まいに背筋がぞっとした。
「私の鮫肌を受け止めるとは。意外に削りがいがありそうなお嬢さんですね」
『…誰ですか!?』
相手を睨み上げて必死に応戦する。私に反して相手は余裕の表情だ。
「干柿鬼鮫と申します。以後お見知り置きを」
『…っ、』
「まあ、以後があるかはわかりませんが」
刹那、私の手から力が抜ける。チャクラが搾り取られていると気づき、私は即座に床を蹴って間をとった。鬼鮫と名乗った青年はほう、と舌舐めずりをしている。
「随分上質なチャクラをお持ちですね。ここで殺してしまうのが勿体無いほどだ」
『……』
「しかしネズミを狩るのが私の仕事。情けは無用。たっぷり削らせて頂きますよ」
鬼鮫は再び私に大刀を構える。恐らく私を侵入者と勘違いしているのだろう。報連相が全くなされていないじゃないか、と悪態を吐く暇など勿論ない。
本気でやらなければ殺される。クナイを投げ捨て、印を結び両手にチャクラを溜める。鬼鮫は楽しそうにその様を眺めていた。蟻地獄に嵌る蟻を眺めているような目。私に負ける気など微塵もないのだろう。
集中しろ、集中しろと自分に言い聞かせる。思い出せ、木ノ葉にいた時のことを。チャクラコントロールには自信があったはずだ。いい加減、目を覚ませ。
そうしなければ、待っているのは死。
「やめろ、鬼鮫」
その時である。殺伐とした空気に、低く落ち着いた声が響き渡った。
漆黒の瞳と目が合う。私の心臓が跳ね上がったのと、鬼鮫が「イタチさん」と口にしたのはほぼ同時だ。
うちはイタチ。木ノ葉在籍時、私の二個上の先輩。そして今は暁のメンバーの一員。
木ノ葉にいた時は、人当たりの良い優しい先輩だった。彼が里を抜けてから一体何年経ったのだろう。時の流れは、私のことも彼のこともすっかり大人の姿に変えていた。
イタチ先輩は私に何も言わないまま、今度は鬼鮫に視線を向ける。
「鮫肌を下ろせ」
「…しかし、」
「下ろせ」
落ち着いた声の裏に、確実な圧を感じる。
チッと舌打ちを残してから、鬼鮫は大人しく刀を下ろす。
「彼女は侵入者ではない」
「というと?」
「”時送り”だ。お前も話は聞いているだろう」
鬼鮫が改めて私に視線を向ける。私はまだ印を結ぶ手は緩めてはいない。
しかし鬼鮫は私を警戒する気は既になさそうである。
「ほぅ…このお嬢さんが例の。通りで特別なチャクラを感じるわけだ」
鬼鮫は大刀に視線を落とした。刀のはずなのにうねうねと生き物のように動いている。恐らく私のチャクラを削り取ったのはあの刀であろう。流石S級犯罪者組織。わけのわからない化け物揃いである。
イタチ先輩はつかつかとこちらに歩み寄り、私と鬼鮫の間に体を割り入れた。そこでやっと私は印を結んでいた手を綻ばせる。しかし心臓はまだ強く波打ったままだ。
「鬼鮫。お前は小南に今回の任務の報告を」
「…わかりました」
鬼鮫が改めて私に向き直った。にやっと笑んだ唇の隙間からギザギザの歯が覗いている。
「時送りのお嬢さん。次回は是非手合わせをお願いします」
煙と共に鬼鮫が姿を消した。震える唇から深く長い息を吐き出す。
危なかった。イタチ先輩が止めてくれなければ確実に殺されていた。
『ありがとうございました。イタチ先輩』
「オレは事実を伝えただけだ。特別なことをしたわけではない」
訪れるのは、静寂。木ノ葉にいた頃は顔を合わせれば雑談くらいはできた仲なのに、今は何を喋ったらいいのか全くわからない。当然だ。イタチ先輩は犯罪者で私は時送りといえど一般の忍びである。むしろスラスラ会話が出てくる方がおかしい。
沈黙を裂くようにぐう、と私のお腹が盛大に鳴り響いた。慌ててお腹を押さえてすみませんと謝る。こんな時にもお腹は空くのは相変わらずである。
「腹が空いているのか?」
へっ、と私は声を漏らした。イタチ先輩は変わらず無表情のままだ。急に恥ずかしくなり、咄嗟にいえ、と言った。
『大丈夫です。すみません』
「……」
先輩は踵を返した。そのまま去っていくのかと思いきや、私に振り返る。
言葉はなくとも、付いて来いと言われているのはなんとなく察した。
私は素直に彼の後を追う。それ以外に方法もない。考える力が既に枯渇していた。
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