生きるために
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確かに、時を動かせる能力というのは使いようによっては貴重な戦力になり得る。が、今日手合わせして確信した。あの女は弱すぎる。少なくとも暁という組織において、使えるレベルだとはとても思えない。いくら素晴らしい才をもっていようが現在は宝の持ち腐れという他ない。
が、そんなことはオレのような下っ端が判断することではない。リーダーが使えると判断すればそうなのだろうし、使えないと失望されれば殺されるだけだ。本人もそれがわかっているから必死に修行しているのだろう。
殺されないための修行、か。どこまでも哀れである。
雲にいた時は夫に縛られ、ここに来たら人としてすら扱われない。しかし忍びの世界はそういうものだ。強くなければ淘汰されるだけ。奴も忍びである以上、覚悟はしていただろう。同情は逆に失礼である。
「サソリ。月下がどこにいるか知っている?」
アジトに戻り毒の調合比率表を確認している折、そう声を掛けてきたのは小南である。
言われて外を確認してみれば、外を照らすのはすっかり月明かりのみ。しかもその光すら重い雲で遮られている。外灯もないこの場で、まだ修行をしているというのは流石に不自然だ。
「さぁ。動いていなければ泉の近くにいると思うが」
「少し探してきてくれないかしら」
はぁ…?と思わず素の声が出た。小南はいつも通りの表情の動かない顔で「だって心配でしょう」。
「女の子一人でこの真夜中。何かあったらどうするの」
「別に何もねぇだろ。部外者が入って来られる場でもねぇし」
アジトと、その付近には結界が張ってある。あの女がいたのは結界の範囲内だった。どこぞの忍びが奴に危害を加える可能性は極めて低い。まぁ、”内部のもの”が危害を加える可能性は否定できないが。
特にデイダラは月下の女の事をいたく気に入っていて、常に隙を狙っている。今は粘土の調達に行っているはずだが、もし帰りに鉢合わせしたらまた懲りずに押し倒しているのかもしれない。それはそれで別に構わないが、もし情事中なら邪魔に入るのは御免である。
しかし小南は折れる様子がない。
「連れて帰ってきて頂戴」
「なんでオレなんだよ」
「貴方しかいないからよ」
小南はリーダーと組んでいるだけあって、下のものを使うことに抵抗がない。自分で行けばいいだろうに、そういう気はないようだ。
仕方なくオレは重い腰を上げた。女と争うのは面倒である。小言を言われるくらいなら動いたほうが幾分かマシというものだ。
アジトを抜け、泉の方角に向かう。足元はほとんど見えない。あの女の鈍さを考えると、修行に熱中しすぎて気づけばこの暗さ。そして動けなくなったというシナリオもしっくりくる。
どこまでもオレを幻滅させる女。先日の戦闘では、彼女に芸術すら感じたのに。オレの勘違いだったのだろうか。今ではオレの足を引っ張る存在でしかない。許されるなら速やかに返品か、止めを刺してしまいたいところだ。オレは弱い奴は嫌いだ。見ていてイライラする。
泉に到達し、当たりを見回すも奴の気配はない。つまり他の場を探さねばならないということだ。いなかったと報告すりゃいいか、と安易な考えが浮かぶが小南に絶対零度の瞳を向けられること必至である。
めんどくせぇな、とため息をつく。使えないならせめて大人しくしておいて欲しいが、言うことを素直に聞く玉ではないだろう。何故かオレが世話係に認定されている感があるが、真っ平御免である。イタチが帰ってきたら絶対に押し付けてやる。同郷だと聞いているし、イタチならそれ程嫌がらないだろう。
当てもなく彷徨い歩く。夜はオレでも動きづらい。流石にライトの一つくらい持ってくるべきだったなと後悔し始めた時、分厚い雲が風に乗って動き月が久しぶりに顔を出した。目の前にさぁっと光の道が差す。
そしてオレは、見覚えのある後ろ姿を捉えた。
月下の女は大木の下にしゃがみ込んでいる。休んでいるのかと思いきや、どうやら違うようだ。
『少し我慢してね』
その言葉を皮切りに、七色の光が彼女の周りに集まる。戻しているな、ということは直ぐに分かった。
キラキラと光る華奢な手元。不覚にも目を奪われる。弱くても、それにどんなにイライラさせられてもこの能力だけは格別だ。悔しいが美しい以外の表現が浮かばない。
食い入るように見つめていると、彼女の手中のものがムクリと起き上がる。それと同時に月下の女もオレの存在に気付いたようだ。
『サソリさん』
唇の動きと同時にふわりと羽が舞う。彼女の手から一羽の鳥が飛び立っていった。
安堵の瞳でその姿を追う月下の女。
『よかった、ちゃんと戻りましたね』
「…何やってんだ」
『クナイがあの子に刺さってしまって。息があったので、まだ間に合うかなと』
わざわざそんなことのために時を戻したのか、と少々呆れてしまう。例え一羽の鳥であっても、彼女が負うリスクはそれなりにあるだろう。
ただの自己満足だ。生物は死ぬ時は死ぬ。それに逆らうのは、オレのような余程の覚悟を持った人間のみで十分だ。
しかし月下の女は呑気に木の上の鳥を眺めている。
『珍しい鳥ですね。フクロウの仲間でしょうか』
「あれはミミズクだ」
『ミミズク?』
「フクロウと違って羽角がある。この辺りでは珍しい鳥ではない」
ミミズクですか、と月下。
『雲にも木ノ葉にもいませんでした』
「この辺りは野生動物の宝庫だからな。過ごしやすいんだろ」
『…なるほど』
ミミズクは先程からじっと月下を見ている。それなりに知能のある動物だ。命の恩人の顔を覚えているのかもしれない。
「で?」
『はい?』
「こんなに遅くまで修行してたからには、それなりの成果を得たんだろうな?」
月下の目が泳ぐ。オレは失笑する気も起きなかった。
「お前、本当に優秀な忍びだったのか?」
『優秀かはわかりませんが、一応上忍だったんですけどね…』
木ノ葉も大分レベルが下がったものだ。穏健派と言えば聞こえがいいが、トップがそれでは軍事力の低下は免れない。人数が多いからカバーできているだけでコイツのような中途半端な忍びも多いのだろう。
もし今の時代に両親が生きていたら、こんなに緩い木ノ葉に殺されることもなかったのかもしれないとくだらない考えが頭を過ぎる。
もしも、というのは無駄な考えだ。オレは無駄なことは嫌いだ。
「小南が呼んでいる。早く戻れ」
『はい……』
用件を伝えた刹那、月下の足の力が抜ける。ガサッと足元の葉が音を奏でた。
『…すみません、多分チャクラが切れました』
「は?」
『今戻してしまったので。そのせいかと』
「それくらい自分で管理しろよ。アカデミーで習うレベルだろ」
すみません、と月下は小さな声で言った。説教をしたところでチャクラ切れが改善されるわけでもない。心底呆れているオレと、虚な瞳でオレを見上げる月下。丸い月が彼女の瞳に反射してぼんやりしている。
『少し休んで戻ります。小南さんにそうお伝えください』
休むと言っても、この辺りは毒虫や毒蛇が日常的に出る。気を失ってしまえば明日の朝まで生きていられる保証もない。
オレはそれでも構わないが、小南は許さないだろう。
仕方なくオレはその場に跪いた。膝の裏に手を差し込み、背中を支える。月下が驚いた様子でオレを見た。
『え…』
「大人しくしていろ」
所謂お姫様抱っこというやつである。放置できないなら無理矢理連れて帰る他選択肢は無い。
月下は完全に硬直している。それを無視してアジトに足を進めた。
長い髪が腕にはらりと落ちる。もしも感覚があるなら鬱陶しいという表現がしっくりくるだろう。
月下は落ち着かない様子で忙しなく瞳を動かしている。
『…すみません、重いですよね』
「問題ない。寧ろ筋肉量が少なすぎる。もっと鍛えろよ」
はぁ、と力無い返答。その素っ気ない声色にどうやら照れているようだということを察した。何を今更。
「頼んでもねぇのに全裸見せつけておいてこれで照れるのかよ」
『べ!別に見せつけてないです!サソリさんが勝手に見たんじゃないですか!』
「人聞きの悪いことを言うな。お前が勝手に脱いだんだろ」
そっちこそ人聞きの悪いこと言わないでください、と月下。しかし事実である。オレは何処ぞの小僧と違ってこんな小娘に毛ほども興味がない。
月下はオレの腕の中でムスッとしている。こいつは状況が如何に危機的だとしても態度が悪い。このまま手を離して落としてしまいたい衝動に駆られた。やらねぇけど。オレはコイツと違ってそれなりに理性的な人間である。
遠くでミミズクの鳴き声が聞こえる。コイツが戻したミミズクか、それとも別の奴か。その判断がつかないくらいにはこの地域にはミミズクが多い。
『…サソリさんは、』
野生の音以外は静まり返った森で、呟くように月下はオレの名前を呼んだ。彼女の声は声量はないものの落ち着いていて聞き取りやすい。
『時を戻したいと思ったことがありますか?』
月下を見ないままオレは答えた。
「なんだそのくだらない質問は」
『ただの雑談ですよ』
「雑談や無駄話の類がオレは嫌いでね」
『つまんない人ですね』
「殺されたいのかよ」
いえ、と月下は笑った。殺されるとは微塵も思っていなさそうな顔である。
月下が頭をオレの胸に押し付ける。側から見たら甘えているようにも見えるが、単純に疲れて頭を預けているだけなのだろう。
他人と接触する機会がないからか、なんとなく落ち着かない気持ちになる。
『じゃあ話さなくていいです。私の戯言を聞いてください』
「……」
『私はあります。両親が殺された時です』
月下の両親は、木ノ葉の根のものに殺されていると聞いている。しかし親が殺されるなど珍しいことでもない。月下しかり、オレしかり。忍びの日常といっても過言ではない。
月下は暫く口をつぐんだ。言い淀んでいるわけではなく、続けて話すのは疲れるのだろう。黙っていればいいのに、女というものはつくづく無駄なことが好きな生き物である。
しかし何故か、彼女の声を聞きたいと思ってしまった。
月下の薄い唇が開くのを黙って見届ける。
『でも、できませんでした』
「……」
『それは悪いことだ、時送りは禁術だからと散々教えられてきましたから』
「……」
『悲しくてもこれが正しいのだと、そう信じて私は、両親を見捨てました。呼吸が止まっていくのを、ただ黙って見ていました』
「……」
『今思えば、私達を守ってくれなかった里の規則に従って両親を見殺しにするなんて、馬鹿げた話ですよね』
この口ぶりからして、後悔しているのは明白だった。
彼女は両親の時を戻すことができたのに、あえてしなかった。その事実が、自分が両親を殺してしまったかのような罪悪感を植え付けたのだろう。
能力を持っているからこその苦悩。それを使えない歯痒さ。愛するものを失った悲しみと、葛藤。
死に向かっている配偶者を救ったあの時の彼女は、一体どんな気持ちだったのだろう。
少なくともあの男は、両親よりも大切な存在だったということなのだろうか。いや、恐らくそんな単純な話で片付けられる問題でもない。人間はそういう生き物だ。複雑で、面倒で、脆くて、弱い。
オレも昔は、彼女と変わらない人間だったのだ。
「この世は弱いものから死んでいく。お前の両親は弱かった。だから死んだ。それだけだ」
考えるより先に口が動いていた。
その言葉は、弱い自分に何度も言い聞かせた言葉だった。この場で言うつもりなど微塵もなかったのに。
何故かこの時、幼き日の自分と月下が重なって見えた。
月下は目蓋を落としながら静かな声でそうですね、と言った。
喋るのも限界に到達したのだろう。呼吸がどんどん深くなっていく。眠りの世界に落ちる愚かな人間の姿を、ただ黙って見ていた。
『…慰めてくれて、ありがとうございます』
月下はそう言って、オレの腕の中で意識を手放した。
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